No.04:この人、かなりチョロい。


「ありがとうございました」


 次の日の夕方。

 僕はシフト通り、駅前のマックドーナッツでバイト中だ。

 今日はレジとフロアの担当。


 もうここでは1年以上バイトしているので、一通りのことはできるようになった。

 僕自身部活もないので、学校の時間以外はある程度融通がきく。

 なので店側も僕をユーティリティープレイヤー的に使ってくれている。


 6時45分。

 自動ドアが開き、女性客が一人入ってきた。


「いらっしゃいま、せ……」


 本当に来た。

 桐島さんだ。


 ブラウンの軽いウェーブヘア。

 軽くメイクを施したその表情は、一目で美人とわかる。

 サマーセーターに白のパンツスタイル。

 格好はシンプルだが、その美貌は思いっきり輝いていた。


 彼女は僕のレジの前に来た。


「こんにちは、翔君。こんばんは、かな?」


 スマイル¥5,000くらいの笑顔だ。

 他のスタッフ達が、息をのむのが分かった。


「こんにちは。本当に来てくれたんですね」


「うん、えーと、アイスコーヒーのSをもらおうかな」


「はい、店内でお召し上がりでよろしいですか?」


「うん。それでね、翔君」


 桐島さんの声が小さくなる。


「シフト7時までだよね? 終わったら、一緒にご飯食べにいかない? ご馳走するから」


 うわー、美人のお姉さんから晩御飯のお誘いだ!

 そんなの行くに決まってる。


「え、いいんですか?」


「うん、じゃあ、あそこの奥でまってるから」


 お会計をしてアイスコーヒーを渡すと、桐島さんは「じゃあね」と笑って奥の席へ向かった。


 それを見ていた他のスタッフが、わらわらと集まってきた。

 結構忙しい時間にもかかわらず、だ。


「瀬戸川君、誰? お姉さん?」

「きれいな人だね。年上の彼女?」

「めっちゃ可愛い! モデルさんか何か?」

「瀬戸川君、合コンを企画するようにお願いして」

 最後のは店長だ。


 7時きっかりにフロアを出て、タイムカードを打刻する。

 急いでフロアの席で待ってる桐島さんのところへ向かった。


「お待たせしました。僕、制服なんですけどいいですか?」


「全然大丈夫だよ。どこに行こうか?」


「どこでもいいですよ」


「うーん、予算もそんなにないしなー。ファミレスとかでもいい?」


「じゃあ、サンゼリアとかどうですか?」


「え、そんなところでいいの?」


 サンゼリアは低価格で楽しめるイタリアンのファミレスだ。


「はい。僕あそこの骨付きチキンが大好きなんです」


「ほんと? じゃあそうしよっか」


 サンゼリアならここから歩いて2-3分だ

 二人並んで歩道を歩いた。

 あたりはずいぶん薄暗い。

 こうして歩くと、姉弟みたいな感じなのかな。


 サンゼリアは比較的空いていた。

 4人がけの席に僕と桐島さんは向かい合った。


「もー好きなの頼んでいいよ!」


「本当ですか? やったー」


 僕は骨付きチキンとドリアを頼んだ。

 桐島さんは、スパゲティとサラダ。

 シェア用に、ピザをもう一枚。

 ドリンクバー2人分も併せて注文した。


 僕はコーラ、桐島さんはウーロン茶を持ってドリンクバーから戻ってきた。


「改めまして、昨日はありがとうね」


「いえいえ。あれから探していた家にはたどり着けましたか?」


「うん。そこには行けたんだけどね。でも他を探すことにしたの」


「そうなんですか?」


「うん。今入っている人が男の子2人で、3人目を探しているらしいんだけど……なんかちょっと、ね」


「あー、それはちょっとですね」


 そんなとこに入ったら、桐島さん絶対に餌食えじきになってしまう。


 いろんな話をしていたら、料理が運ばれてきた。

 桐島さんがスパゲッティを巻きながら、話を続ける。


「早く住むところ見つけたいんだけどねぇ。昨日もちょっとネットカフェで、色々あってさ」


「色々って?」


「うん、個室に戻ってきて鍵を閉めようとしたら、男の人がいきなり入ろうとしてきてね。『お前パンツ見せてたよな? 誘ってんのか?』って」


「ぶっッ」


 僕はコーラを吹き出した。

 だから言わんこっちゃない。

 パンツに対する貞操観をもっと持とうよ。


「ケホケホッ、だから気をつけないとダメですって!」


「うん、これでもちゃんと気をつけてるんだけどねぇ」


 だめだ、この人多分わかってない。


「桐島さんは美人で可愛いし、スタイルもいいんですから。周りの男は全員あわよくばって考えてる、ぐらいに思っといたほうがいいですよ」


 僕は骨付きチキンにかぶりついた。

 ふと見ると、桐島さんの動きが止まっている。

 頬を少し朱色に染めている。


「桐島さん?」


「え? あ、ご、ごめん」


「僕、変なこと言いましたか?」


「ん? あ、えーと、そんな風に言ってもらったの、なんか、久しぶりというか……ごめん、気にしないで?」


 そんな風?

 美人とか可愛いとか?


「えーと、夜のバイトでお客さんから何百回と言われてません?」


「それは言われるよ。でもそんなのは下心丸出しだからね。翔君みたいにさ、そんな感じで言ってくれるとさ……お姉さんちょっと、嬉しいかも」


 顔をまだ少し赤らめたまま、ふふっと嬉しそうに体を左右に揺らしている。


 だめだ。

 この人、かなりチョロい。

 いままで痛い思いしてきたことないのかな……

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