“私”時間の作り方

茉白

“私”を保つために

ブブブ ブブブ ブブブ…

バイブの目覚ましで目を覚ます。

隣で眠る夫を起こさないためだ。

時刻は早朝5時。

…眠い


何とか体を起こしそっとベッドから這い出る。

静かにドアを開け、階段を下りる。

キッチンに向かい子供のお弁当を作りながら朝食の準備をする。


5時30分、“私”時間の始まり。

パソコンを起動させ、サイトを開く。

趣味で投稿している短編小説を書くためだ。

過去の作品には、時に温かく、時に辛辣なコメントが寄せられている。

“私”のつたない文章を読んでくれただけでありがたいと思う。


そんな楽しい時間も6時には終わる。

夫の準備、子供の準備、私の準備をして、

7時前には出勤しなければいけないからだ。


8時から仕事。

お昼休憩にぼんやりとプロットを練る。

スマホにメモしておかないと、すぐに霧散してしまう。


17時に仕事が終わると急いで買い物に向かう。

18時帰宅、急いで夕ご飯準備、食事、片付けをする。

19時、洗濯しながらお風呂に入る。


20時過ぎ、明日の準備が終わり、子供が自室へ行くとやっと再び“私”時間。

パソコンを起動させ、いつものサイトを開く。

休憩時間に浮かんだアイデアたちをかき集めて整理する。

時間が限られているので、とにかくまとめて、


21時過ぎ、スマホが鳴る。

内容は見なくてもわかるが、一応確認する。

「今から帰る」

タイムリミットはあと30分。

ため息をつきながら、

「分かった 気を付けて」

返信する。


実のところ、この趣味は夫には秘密だ。

身内に読まれるほど恥ずかしいものはないと思っているから。

今日も仕上げるのは難しいかな?

そう思いながらも追われるように一心不乱にパソコンに打ち込んでいく。


ガチャガチャ、玄関でカギを開ける音がする。

タイムアップ。

急いでサイトを閉じ、ショッピングページへ飛ぶ。

子供たちが部屋から降りてくる。

一家団欒タイムの始まり。


ふとアイデアが降りてくる。

やばい。

スマホを片手にトイレに駆け込む。

早く、早くしないとどこかに消えてしまう。

急いでメモを残していく。


23時30分、子供たちが部屋へ引き上げてく。

その後しばらく、夫との本日の情報交換時間。

気が付けば日付は変わり、寝室へと行く。


元来夜型の“私”は、夜のほうが頭が冴えている。

しかし“私”は妻になり、母になった。

“私”が“私”になれる時間は確実に少なくなった。

“私”は実に不自由だ。


夫や子供がいる事が嫌なんじゃない。

胸を張って言えない自分が悪いのは分かっている。

でも、まだその時じゃない。

もう少し内緒にさせてほしい。


という訳で、ばれないために夜活が制限される。

仕方なく苦手な朝活を行う羽目になっている。

しょうがないよ、趣味だもの。

何かを削らないと“私”が“私”でいられないから、

今のところ削れるのは睡眠時間だけという話。


ベッドに入り、アラームを5時にセットする。

明日は土曜日、皆朝はゆっくり寝ているはず。

明日には仕上げるぞ、と心の中で宣言し、

あくびをしながら4時間の快楽に身をゆだねた。

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“私”時間の作り方 茉白 @yasuebi

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