第7話 とても面白いじゃないか
「それは、また」
クリエイターは顔をしかめた。
「おかしいだろ? そんなの。異常だよな?」
「確かに、異常性癖と言ってよさそうだね。もっとも、人間をそうするよりはましかもしれないけれど」
「ば、ばらばら」
トールはいささか引きつっていた。
「ねえ、マスター! だから言ったじゃないですか。この界隈は怖いんですよ!」
「知っているよ、そんなことは。だから私は君に、店で待っているように言ったじゃないか」
「マスターをひとりで危ないとこになんかやれません!」
「そう言い張るから、連れてきたんだ。さらわれないようにしてね、トール」
冗談めかしてマスターは言ったが、トールは笑わなかった。
「大丈夫だよ。普通に歩いていればいきなり身ぐるみはがれることもないさ。〈アリス〉はこの辺の女神でもあるから、彼女の『医者』だと言えばまず問題ないだろうという目論見もあってね」
「それは目論見と言うよりただの楽観です、マスター」
「手厳しいねえ」
トールの
「しかし、そのミスタ・ジョバンニとは話をしてみたいものだね」
彼は言い、トールは目を白黒させた。
「な、何言うんです、マスター。そんな、危なそうな人物と話だなんて」
「興味が湧くよ。いったい何を思ってそんなことをするのか」
「異常性欲者だと言ったじゃないか、あんた自身が」
チェスは顔をしかめた。
「性癖とは言ったが、性欲とは言っていないよ」
〈クレイフィザ〉店主は訂正した。
「破壊衝動かもしれないし、知識欲かもしれない。もっとも、どんな理由であれ、ばらばらにされてはたまらないけれどね。クリエイターもオーナーも……」
肩をすくめて彼は続けた。
「ロイド自身も」
少しだけ、沈黙が下りた。
「言っとくが、ジョバンニはジャンク街の人間じゃないぞ。……俺が勝手に、こっちに逃げてきただけだから」
それからチェスは呟くように言った。
「ああ、そうなのか。それじゃこの辺の治安の悪さとは関係がない。安心していいよ、トール」
「大して、できません」
助手はもっともな言葉を返した。
「君たちを追っているのがそのジョバンニなのかい」
「あいつはそんなことで走り回ったりしない。連絡を待って近くにはいるかもしれないけど、追ってきてるのはほかの手下たちさ」
「手下」
男はくすっと笑った。
「ミスタ・ルロイが大げさに言っているのかと思ったが、本当にマフィアの類に追われているのか」
「マスター。笑うところじゃないです」
助手が指摘した。
「私はあまり詳しくないんだが、この辺は誰の縄張りなの? いや、誰でもいいんだけれど、〈ヴァネッサ〉の所有者はマフィアのボスだったりするのかい」
「それは……」
チェスは躊躇った。
「その……」
「マスター。そんな話なら、もう手を引いた方がいいですよ。帰りましょう、ね?」
「怖いの? トール」
「怖いに決まってます。マスターは怖くないんですか」
「暴力は嫌だねえ。殴られたり撃たれたりされたくはないね」
「されたい人も、普通いません」
「もっともだ。じゃあ気の毒だけれどこれで」
〈クレイフィザ〉店主はにっこりとした。
「と言うと思う?」
「思いません。言ってくれたらなあとは思いますけど」
「危険な連中に追われる若者と、彼が守る、意図的に動力を絶たれたリンツェロイド。それもダイレクト製品。とても面白いじゃないか?」
ちっとも、と助手は呟いた。主人は笑った。若者は――。
「いくら、かかる」
「うん?」
「いつまでもヴァネッサを抱きかかえて逃げるのは難しい。何より、目立つから」
「確かにね」
「だから、彼女に動いてもらって、それから……」
「手に手を取って逃避行?」
「馬鹿にするのか」
「いいや、チェス」
彼は首を振った。
「しないとも」
「いまは手持ちがないが、動けるようになれば当てがある。払えるから」
チェスは、床に膝を着いた。
「ヴァネッサを動けるようにしてくれ。頼む」
「ちょ、ちょっと、そんなことしないでください」
慌てるのはトールだ。
「僕は勝手なことを言いましたけど、マスターはもっと勝手なこと言ってますから。そんなふうに頭を下げなくても、お話は聞きます」
「引き受けて、もらえるのか」
彼らを見上げてチェスは尋ねた。
「これ以上の電力の使用は、ミスタ・ルロイに許可をもらわらないとね。使用量の不自然な増加には調査が入ることもあるから」
まず、クリエイターはそう言った。
「それから充電と各種チェック。一部設定の変更。手間としては、そうだね、百クーラン程度の仕事かな」
「け、けっこう取るんだな」
チェスは少し怯んだ。払えない金額ではないが、数十程度で済むかと思ったのだ。彼の感想に、店主はにっこりした。
「驚くところじゃないよ。口止め料としてあと五百はもらおうと思っているから」
「なっ」
チェスはぱかっと口を開けた。
「ご、五百!?」
「本来の料金と足して六百でいいよ」
「マスター、何てこと言うんですかっ」
助手まで非難するような叫び声を上げた。
「君だって危ないと言ったじゃないか、トール」
「それとこれとは違うじゃありませんかっ。慈善事業されると困るから適正料金は請求していただきますが、脅迫なんてもってのほかですっ」
「脅迫だなんて。人聞きの悪い。それに、とんでもない高額だというほどでもないだろう。ダイレクト社にメンテを頼んだら一千じゃ済まないはずだ」
あくまでも笑みを浮かべて、店主は語った。
「どうしますか? ミスタ・チェス」
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