第3話 リンツェロイド

 最新型のアンドロイド、LJ-5th。


 リンツェ博士が提唱した理論に基づいて「リンツェ博士のアンドロイド」の第一号が完成されたのは半世紀以上前のことになる。


 当初目指されたのは家事をはじめとする家庭使用を前提とした、いわゆる「お手伝いロボット」だ。


 しかしはじめの内は高価すぎて、とてもではないが庶民が買えるものではなかった。仮に思い切りよく買ったとしても、掃除や洗濯をさせるのは躊躇われただろう。高価な花瓶に花を活けず、ただ飾るのに似たことになっただろう。


 ダイレクト社の立役者、「伝説のリンツェロイド」〈アイラ〉が伝説なのは、初期型にもかかわらず最新型の外見や性能に遜色ないことだけではなく、子供の悪ふざけのようにゼロの並んだ開発費のためでもある。


 だが長いこと人々の夢のひとつであった「ヒトガタロボット」を望む声は大きく、廉価版の開発が急がれた。やがて「リンツェ博士のアンドロイド」は二種類の流れを生む。


 ダイレクト社やガイア社が選んだ、超高級志向。完全特注品の、人と見紛うばかりに、いや、場合によっては人よりも美しく、もちろん高性能なアンドロイド。「リンツェ博士のアンドロイド」転じて「リンツェロイド」と呼ばれるようになったそれは、正当な後継者と言える。


 もう一方の流れが、ニューワールド社の開発した廉価版、ニューエイジロイド。性能はリンツェロイドに劣り、外見に至ってははるかに劣るが、「人型」はしており、とにかく安い。少しばかり思い切りは必要だが、庶民でも購入できる。


 ニューエイジロイドの大きな功績のひとつに「ロイド」という通称を完全にごく普通の言葉にしてしまった、ということがある。


 最高級にして一大牙城「リンツェロイド」ブランドからノーブランド、ジャンク製品まで、「ヒトガタロボット」は総じて「ロイド」と呼ばれた。


 リンツェロイドとニューエイジロイドの目指すものは全く異なってしまったと言えた。


 しかし、その両極端で満足する者ばかりでもなかった。「超高級」は無理だが「高級」くらいで何とかなるリンツェロイドはないのか、と望む層も存在した。


 その需要と一致したのが個人工房である。


 大手企業から独立した設計者や技術者が小さな工房を開き、ダイレクト社の設立した〈リンツェロイド協会〉の規定項目を満たした製品を作った。


 彼らは時に注文主の特別注文に応じ、時にはプレーンな製品を作ってオプションで対応した。修理やメンテナンスも、自製品でなくても引き受けた。個人工房のあるじは、協会の制定する「ロイド技術士一級」の資格を持ち、「ロイド・マスター」「ロイド・クリエイター」などと呼ばれた。


 次第に企業と個人工房はバランスを取り、個人工房が企業製品のメンテナンスをやることにも正式な免許制度が整えられ、人々は気軽に近所の工房に向かい、ロイドに関する相談をした。


 だが、リンツェロイドにはある種の問題もあった。


 最新のLJタイプにまでなると、その外見は人間とまず区別がつかないのだ。


 詐欺などの犯罪を防ぐため、後追いで法が整備されていた。法は、リンツェロイドにもニューエイジロイドにも、手首に当たる部分に個体識別番号、または型番を明記することを義務づけた。それから爪をつけないこと。衣服や手袋などでこれらを隠してはならないとされた。


 しかしそれでもリンツェロイドの美しさは損なわることなく、それら、或いは彼らの所有者「マスター」は、リンツェロイドを友人や家族、時には恋人のように錯覚することもあった。


 冷たい雨の降る、薄汚れた町の一角。


 ひとりの若者がロイドを抱える姿は、恋人を案じているとしか、見えなかった。


「名前は?」


 ロイド・クリエイターを名乗った男は、それから彼に尋ねた。


「……チェス」


「チェス」


 男は繰り返してうなずいた。


「では、君の名前は?」


「だから、チェスだよ」


 何を言っているのか、と顔をしかめて彼はまた言った。


「ああ」


 相手は笑った。


「では、彼女の名前は?」


 「先生」は、ロイドの名前から尋ねたようだった。チェスは少し顔を赤らめて、口を開いた。


「――ヴァネッサ」

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