JSと、エッチ

しかも・かくの

第一章 莢とエッチ

第1話 手紙

 あまりに見え透いている。陣内じんないさやはそう思った。行方不明の外靴を探しに行って(先生用の昇降口で無事に確保)、戻ってみれば自分の下駄箱の中に一通の手紙があった。


“図工室に来てください。待ってます。”

 差出人は澤口さわぐち健太けんた、知ってる名前だ。同じクラスの男子なのだから当然だ。背は中くらいだが、サッカーのジュニアチームに所属してるらしくスポーツ万能、そのうえ勉強も結構できる。性格は真っ直ぐで明るくて、クラスの中心的な存在だ。


 もちろん女子からも人気がある、らしい。恋バナ的なことをする相手がいないので詳しくは知らないが、周りの子達の態度から自然と察せられることはある。

 莢は手紙を丁寧にたたみ直すと、ランドセルの中にしまった。せっかく見つけた外靴には履き替えず、廊下へと引き返す。図工室は校舎の端だ。近付くにつれて人の姿が減っていく。


 健太から告白される。そんな小6女子らしい想像を、莢はほとんどしていない。

 自分のことなら知っている。莢は男子に好かれるような、可愛い系の女の子の枠には入らない。むしろ逆だ。


 雑な感じに短くした髪に、適当な服装。スカートやワンピースなどは一枚も持っておらず、下はいつも飾り気のないインディゴのデニムで、上は季節によってTシャツになったりパーカーになったり。


 家事は一通りこなせるものの、母親がおらず父親はズボラでいい加減という環境で生き残るため必然的に身に付けたスキルであり、たぶん女子力とかとは関係ない。

 顔立ちは人並みだと自分では思っているが、愛想笑いが少ないせいか、周りからは微妙に怖がられている気もする。


 相手が女子でも男子でも用があれば普通に話す。だけどみんなで意味もなく騒いだり、ふざけてはしゃいだりする中に入るのは得意じゃない。

 淋しい? どうだろう。そうかも。たぶん。少しは。そしてそんな端っこ寄りの立ち位置さえ、最近は危うくなっている気配がある。


 例えば図工室に行っても誰もいないとかならまだいい。そのまま回れ右して帰るだけだ。

 もしいたずらを仕掛けた男子達に笑い者にされたとしても、むかついて睨みつけるぐらいするかもしれないが、基本放置で問題ない。


 問題は、莢のことをよく思っていないらしい子達が待ち構えていた場合だ。例えば小西こにし美優みゆとか。特に心当りもないのに、ここ二、三日ほどなんだか目の敵にされている。華やかでお洒落にこだわる美優からすれば、いかにも趣味の合わなそうな莢はうざい奴なのかもしれない。取り巻きみたいな子達と一緒になって、囲んで難癖をつけてきたりしたら相手に困る。


 想像するだけでもうんざりする。だけど呼び出しを無視しようとは思わなかった。

 万に一つ手紙が本物で、健太が勇気を出してくれたのかもしれない。

 正直どう返事をするかまでは全く考えていなかったが、とりあえず気にしなくていいだろう。どうせその可能性はごく小さい。

 図工室の扉を開ける。そして待っていた健太の表情をひと目見て、どんな未来だって起こり得るのだと莢は知った。




 ぐずぐずと咲き残っていた薄桃色の花片が前を横切る。手を伸ばせば掴めそうだったが、莢は風に運ばれるに任せた。買ったばかりのスニーカーは足先が少し余っていて、地面を上手く踏みしめられない。


 胸の鼓動はもうすっかり静まっていた。そもそも大して高鳴ってもいなかった。

 告白なんてされたのは生まれて初めての経験で、やっぱり驚いたし素直に嬉しくもあったけれど、なぜか自分のことという感じがしなかった。

 わずかの間ためらったのち、莢はごめんなさいをした。健太はまるでグーで殴られたみたいな顔をして、「そっか」と言ってうつむいた。思い出すと少し痛い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る