「どうして副委員長を決める方法として、くじ引きを提案したのですか? 確かに僕自身は推薦することを拒否しました。とはいえ、二十四人全員がくじを引く必要はありましたか?」

 先輩は、今の話のどこに疑問を持っているのだろう? 美化委員の副委員長を決めるのだから、全員の中から選ぶことにおかしな点なんてなさそうだけど。

 そう不思議に思っていると、倉科先輩は答えをくれるかのように続きを話してくれた。

「くじを作成するところから始まり、列を作らせ一人ずつ引かせる……余計な手間と時間が掛かりましたね。猫田先生、貴方も暇ではないでしょう。効率主義者の貴方には、珍しいのではありませんか?」

「そうでしょうか……生徒たち一人一人が納得する方法を選択することに、効率は関係ないと思うのですけれど」

「しかし役職に就くのは、基本的には三年生です。他の委員の役職メンバーには、三年生以外の学年の人間はいないはずですよ。貴方は新任でも、赴任してきたばかりでも何でもない。例年の傾向はご存じのはずだ。まだ何もわからない一年生まで対象にするのは、この学園では基本的にあり得ません。副委員長は、三年生の八人の中で決めるべきでした」

「確かにそうかもしれませんね。けれど、一年生に任せてはならないという決まりもないはずですよ。非効率だったとしても、チャンスは平等に与えられるべきではないでしょうか?」

 猫田先生は、まるでそれはこじつけだとでも言うように、挑発的な瞳を倉科先輩へと向けた。

 しかし倉科先輩は、そんなことで怯みはしない。

「もちろん、それだけではありません」

 先輩の言葉に、瞳を細める猫田先生。明らかに不機嫌だ。

 静かに散る双方間の火花。それは穏やかに見えて高温な、青い炎のようだった。

 私は邪魔にならないよう、ただ黙って成り行きを見守る。

「では、他にも何か?」

「はい。先生には、ハトちゃんが『当たり』くじを引くと、あらかじめわかっていたのです」

 驚く私をよそに、猫田先生はくすくすと笑い出した。彼女に似合った、とても上品な笑い方だ。

 何をおかしなことを、とでも思っているのかもしれない。

「あらかじめわかっていた、ですか。まさか倉科くん。ここで神代さんのように、予言や予知能力がどうなどとは、言い出しはしませんよね?」

「ええ、残念ながらもっと簡単な話ですよ。きちんと証明できますから、安心してください」

「証明ですか……しかしくじ引きで当たりを引く確率が一定だということは、倉科くんも先程認めたはずですよ。それに、引いたのは生徒たち自身です。作成時にしても、そばには白瀬さんがいました。美化委員全員の目を欺けるような何かをしたと、倉科くんはそう言うのですか? あのくじに何か仕掛けがあったとでも? それとも白瀬さんが、私の息が掛かったサクラだった、とか」

「いいえ、くじに仕掛けはないでしょうね。ハトちゃんがサクラとは面白い話です。しかし、彼女は何も知らない被害者ですから、それはあり得ません。他に協力者もいない。貴方は一人でやり遂げたのですよ、猫田先生」

 くじに仕掛けはない?

 協力者もいないなら、だったらイカサマをするなんて、不可能なんじゃないの?

「では、何故あらかじめわかっていたと言えるのですか? まさか、倉科くんともあろう人が、適当なことを言っているのではありませんよね?」

「もちろんですよ、猫田先生。ちなみに伺いますが、僕が貴方のそばへ行き『猫田先生、決まりましたよ』とお伝えしたことを覚えておられますか?」

「ええ、覚えていますよ。そのおかげで、副委員長が決まったのだとわかったのですから」

「では先生。貴方はその時、僕へ何と口にされたのか、覚えておられますか?」

「え?」

 あの時に先生が言った言葉? もう数十分も前のことだ。考えてみるも、全然思い出せない。

 私が記憶を辿りながら唸っていると、倉科先輩は胡乱顔の先生へと答えを差し出した。

「先生はあの時『では、白瀬さんが引いたのですね』と仰いました」

「それがどうし――っ!」

 急に視線を逸らし、口を噤む猫田先生。

 まるで何かに気付いたかのように、その表情からは笑みが消えている。

「どうして先生は、あの時にハトちゃんが『当たりくじ』を引いたとわかったのですか? ハトちゃんが僕のそばにいたわけでもなく、ハトちゃんの後ろに並んでいた他の一年生も既にくじを手にしていた。貴方は目の前の生徒へと視線を注いでいたために、誰のくじまでを僕が確認していたかなど、見てはいなかったはずですよ。それだというのに、何故わかったのですか?」

「そ、れは……見えたのよ。そう、思い出したわ。白瀬さんの手元にあるくじに文字が書かれているのが見えました。だから、白瀬さんが引いたのだとわかったのですよ」

「見えた、と。そうですか」

「ええ、そうですよ。まさか、そんな証拠も何もない状態で、憶測で、疑われていたというのですか? その状態で、証明できると豪語していたというの? ……いいえ、仕方がないですね。天才である倉科くんも、やはりまだ高校生。探偵ごっこでもしたかったのでしょうか? しかし残念でしたね。ご期待に添えず申し訳ないけれど、そういったことはお友達とされることをおすすめしますよ」

 そこまでを捲し立てて、肩を竦める猫田先生。

 その反応を受けて、倉科先輩はじっと彼女を見つめていたかと思いきや、ふいに息を一つ吐いた。

 それは、溜息でも吐息でもない――嘆息だと思った。

「猫田先生。貴方は、もう少し賢い方だと思っていました。ですので、非常に残念です」

「何を……」

「ハトちゃん、どうやら彼女は自白をしないらしい。やはり、ゴミは自力でゴミ箱へは行けないようだ」

 悲しみを滲ませた声音で告げて、そうして倉科先輩は斜に構えながら、猫田先生を見据えた。

「種明かしをしようか。これが謎を解く鍵だよ」

「鍵?」

「ああ……その証拠となる鍵は――フォーシングバッグ」

「――!」

「ふぉーしんぐ、ばっぐ?」

 聞き慣れない単語に、首を傾げる私。

 しかし、先生の顔を見て驚いた。

 目を見開いた彼女の顔からは、一切の笑みが消えていたからだ。

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