魔王からの問いかけ

足玉煮穴

魔王からの問いかけ

「ついに辿り着いたぞ、魔王!」



息を切らせた勇者アベルとその一行が、魔王城の玉座の間へと駆け込んでくる。

光を反射しないその巨大な玉座は光を食っているかのように見え、また闇色の光を放っているかのようにも見えた。

圧迫感を感じるほどの魔力が込められた紫がかった黒い石材で統一された作りの城においてさえ、一際の存在感があった。


しかし、玉座になど意識を向けている余裕は勇者一行には無い。

眠っているかのように静かでありながら圧倒的な力を感じさせる存在が自分達に意識を向けていることを、痛むほどに感じているからだ。


後退りしそうな自分を感じながら、下腹に力を入れ、逆に一歩を踏み出して勇者が吠える。



「悪逆の限りを尽くして皆を苦しめてきたお前を許すことはできない!

 正義の名の下に、お前を倒す!」



蛇に睨まれた蛙のように固まっていた勇者の仲間たちもその声で我を取り戻し、各々の武器を構えなおした。

引き絞られた矢のように、一触即発の感を発する勇者一行。


しかし、魔王は先程からと変わらず静かに座したまま、勇者達を見つめているだけだった。

勇者が全霊を込めて吠えたにもかかわらず凪いだままの気配の魔王に痺れを切らそうとしたところに被せるように、魔王が呟く。



「悪、正義か……。」


「――っ、そうだ!

 お前の悪行を終わらせる。今日、ここで!」



人類最高の力をもつ勇者が殺意と共に発気するのに対し、魔王が上に目を逸らしながら溜息を吐く姿は呆れているように見えた。

予想していなかった反応に訝しむ勇者達。

一呼吸間を置いた魔王が、勇者達に問いかけた。



「……私はずっとお前達を見てきた。

 人々の期待に応え、絶望に暮れる者に希望を齎し、

 助けを求める声に救いを与えてきた。」


「そうだ!

 もうお前に泣かされる人を見たくなくてここまで来たんだ!

 なんであんなことをしてきたんだ!」


「お前と同じことをしているだけだ。」


「なんだって―――?」



思ってもいなかった言葉に、勇者は返答に詰まる。



「からかっているのか!?」


「からかってなどいない。嘘を吐く気もない。

 なんなら『虚言の咎』でもかけようか。」


「な―――」



『虚言の咎』とは、設定された条件を破った者から生命力を奪い死の一歩手前まで衰弱させる、裁判などで使われる強力な「神の呪い」である。



「『虚言の咎』――勇者とその仲間達との問答において、嘘も誤魔化しもせず

 本心を述べると誓う。――発動エンター



勇者達が絶句する間に魔王が躊躇も見せずそれを唱えきってしまう。

想定外の連続で、勇者達は完全に困惑してしまっていた。



「本当にやっちまったぞ……」



勇者の仲間の女戦士が呆然と呟いた。

そしてそれは勇者一行全員の思いと一致していた。



「続けよう。

 私のやってきたことは、お前達と全く同じことだ。

 そしてそれは、私のやってきたことは、

 お前達も同じくやってきたことでもあるということだ。」


「ふざけるなぁー!!」



一瞬のうちに激昂した勇者が斬りかかるが、手応えを感じないほどに受け流され、斬りかかった勢いそのままに仲間達の元へと投げ返された。



「アベル!」

「ぐ…!くそ!」



洗練された技の練度に、勇者の仲間達は武術に頼る者ほど人の寿命では到底届かない研鑽を感じ、息を飲んでいた。


魔王は何事も無かったかのように続ける。



「お前達は魔族を見れば逃すことは無かった。

 襲いかかってくる魔族を殺し、人を襲う魔族を殺し、

 目に付く魔族は全て殺してきた。

 だが―――」




「魔族も皆お前達と同じ思いで、同じ考えで、戦っているとは考えなかったか?」


「――っ!?」



心臓を鷲掴みされたような衝撃が、勇者一行を襲った。



「仲間の期待に応え、絶望した者に希望を齎すため、助けが必要な者を救うため、

 戦ってきた者達こそ、お前達が殺してきたものだ。

 人を、村や町を襲った魔族を、お前達は殺してきた。

 そしてお前達は魔族の集落を襲い、そこに居た魔族を皆殺しにしてきた。

 それを許せない者達が、大切な者のために平穏を求めた者達が、

 戦うことを決め―――皆、お前達に殺されていった。」



魔王の言葉に、勇者達は動くことも言葉を発することも出来ない。



「見ろ、これが魔族の暮らしだ。」



魔王の後ろに映像が映し出される。

そこには人型の多種多様な種族の魔族達の営みがあった。

人間に程近い見た目の者も居る。

子供とその頭を撫でる大人の顔。

重い荷物を持つ者とそれを助ける者の顔。

番いと思われる男女の顔。

そこには確かな愛情が感じられた。


人の最も尊いところを選んだ映像を、ただ姿だけ変えたかのようだった。



「嘘だ!」


「嘘ではない。『虚言の咎』を忘れたか?」


「ぐ…!」



勇者達は魔族の集落があれば遠くから大魔法による奇襲をかけ、反撃に出てきた者たちを順に倒すやり方で殲滅してきた。

魔族の子供は安全のため集落の中心部に集めて育てられる。

集落の中心を狙って魔法が撃たれるということは、子供が集められる場所こそが爆心地ということだった。

未来の禍根を断つため、子供も残らずできるのは都合が良いとしか考えていなかった。

故に幸か不幸か、生きた子供を見る機会は無かった。



「人の村や町を襲った魔族達を、

 お前達は使命感を、正義の、慈悲の、救世の心を持って討伐してきた。

 しかし、彼らの行いは魔族の集落を襲ってきたお前達と何も変わらないはずだ。

 ならば、お前達の言う正義とは、悪とは、なんなのだろうか。」



勇者は自分の息が荒いことに気付いていない。涙が溢れ続けている自覚がない。体が震えていることを認識できない。

勇者の中はただ混乱だけで満たされていた。

仲間達も含め、彼らは自分の最も大事な芯となるものが崩れていくように感じていた。

自分達が普遍の正義と信じてやってきたことは―――




「念のため言っておくが、お前達を責めるつもりはない。

 お前達のやってきたことは正しい。

 同族の生活を守り、外敵を殺す。そのために戦う。

 何も間違っていない。」



勇者達は皆、何も言うことが出来ない。



「我々はただ、生存競争をしてきただけなのだ。

 それにお前達はついに勝ち、魔族は滅びる。

 大昔、共生してきた我々が、

 差別を受け、排斥され、生存圏を奪われ続け、

 もはや種の保存が叶わぬほど減らされ、ついには滅ぼされる。

 ただそれだけだ。」



勇者一行にも亜人種が混じっている。

魔王討伐の旗印の下、人と手を取り合っている彼ら。

魔王にはその行く末が見えていた。


魔王が立ち上がる。



「だが、自分達を正義と謳い、相手を悪と断じ、

 自らの行いの醜さを虚飾で覆い隠し、その自覚がない。

 それは、耐え難いほどおぞましいことだと思うのだ。」




「勇者を名乗る者よ。お前はどう思う?」

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魔王からの問いかけ 足玉煮穴 @ashitamaniana

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