家政婦、葉多
約1分後、日吉に遅れて、少し左膝を気にしながら、背の低い高齢の女性がやって来た。茶髪のパーマだが、髪の分け目が白くなっており、染めているというのが分かる。俺は彼女に優しい口調で話し掛ける。自分が強面だという事は重々分かっているので、初対面の人には愛想よく振る舞うように気をつけている。
「お忙しい中、申し訳ありません。私は小牧と申します」
俺が会釈をすると、彼女も少し緊張した顔で会釈を返した。
「事件当時の事を教えて頂きたいのですが……」
「はい、何でも聞いてください」
「ありがとうございます。では葉多さん、今日の学さんの動向で不審な点はありませんでしたか?」
「学さんは犯人じゃないと思います」
家政婦、葉多は自信満々に言った。俺は意外な返しに戸惑いながら聞き返す。
「えっ?! 何か理由がありますか?」
「全く争った形跡が無かったです。学さんが部屋に入ってくれば、旦那様は怒鳴り散らすと思います」
「あの親子はそこまで仲が悪いんですか?」
「はい。だから、家から見えないよう、離れ側の窓の雨戸は基本閉じたままです。私が離れへ行く時に、その都度開けて、戻った時に閉めないと怒られます。2ヶ月程前から、顔も合わせていないと思います」
「2人が不仲になった原因は御存知ですか?」
「多分、女性関係じゃないかと思います。奥様が生きていらした時から不倫をしているかもと感じていました」
「と言うと、篠原美園さんですか?」
「私は会った事が無いので、断言出来ませんけど、旦那様のスマホの履歴にあったのなら、そうだと思います」
「葉多さんは篠原美園さんと会った事が無いんですか?」
「はい。旦那様も離れに呼んだ事は無いと思います。不倫がバレちゃいますし、それに……」
家政婦は少し近付き小声で話す。
「学さんの彼女でもあるんです」
「えっ?!」
日吉が声をあげた。俺達は学と美園が恋人だというのは聞いているが、家政婦も知っていたとは……。
「私も詳しく聞いてはいないですけど、学さんがそれらしい事を愚痴っていたのを聞いてしまいました」
「そうなんですね……。それなら、仲が悪くなるのも納得ですね」
「しかも、その人が旦那様の保険金受取人になっている事も気付いていたと思います」
「そうなんですか……。それは辛いですね」
「あと……」
「ん?」
「足跡がついていませんでした」
「足跡?」
「はい。今日は午後1時に昼食後の食器を離れへ取りに行った後、雨が降って来たので、2階ベランダの洗濯物を取り込んだんです。それで、午後3時に離れへ行く前足跡は無かったんです」
「なるほど。それはハッキリと覚えてらっしゃるのですか?」
「はい。サンダルが泥々になってしまうと感じて、地面を観察しましたから」
物凄く有力な情報を得られた。普通、そこまで覚えている人は希だろう。さらに、彼女は答えるのが早い。被害者の推理小説を読んでいるからなのだろうか? 俺は家政婦の洞察力を評価し、興味本位で彼女の推理を聞いてみた。
「葉多さんは何故、足跡がついていなかったと思いますか?」
すると、彼女の表情が強張り、少し震えながら言う。
「奥様の霊だと思うんです。不倫していた事を知って怒ったんです。幽霊に足は無いから足跡はつかないんです」
こいつ、何を言ってるんだ? と思った。ただ、冗談の可能性もあると考え、一応、話を続ける。
「葉多さんは霊感がお強いんですか?」
「霊感なんて無いです。旦那様の部屋から奥様の香水の残り香がしたんです。奥様がいらしたのは間違いありません」
俺は幽霊や UFO の類いを見たと言う人を否定したりはしない。もちろん、嘘で言っている人もいると思うが、おそらく、本当に見ているのだろう。ただ、それは錯覚であったり、夢と現実が混乱していたり、何らかの理由による勘違いの筈だ。そもそも、殺人犯が幽霊です、で解決した事件など無い。
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