マユケンー白夜ー

門前払 勝無

第1話

マユケンー白夜ー


 遮光カーテンの隙間に浮かぶ母親の顔は死人のようだった。手に光る包丁の危険さに怯えたが僕は母親の念いを受け止めようと思った。枕元に散らかる一万円札の破れた破片が母親の気持ちの表れだったように思える。


 満月の夜にまだ幼い姉と兄と僕は母親の帰りをひたすらに待っていた。寂しくて母親がこいしくて泣きじゃくると姉と兄にガムテープで縛られて押入に閉じ込められた。


 怒り、悲しみ、絶望感を感じたときに笑顔を作ると少し気持ちが落ち着いた。鼓動が早くなるのを押し殺して微笑むようになっていった。助けて欲しいときに助けを求めると説教されるのにうんざりしていた。


 何度も死のうと思った。

 自殺は人間の唯一の特権である。いつでも死ぬことは出来る。だから、死ぬまで生きようと思った。


 感情を露わにすると危険視されて周りは隠そうとする。家族に押し殺されてきた感情は心の奥深くにしまってしまい、いつしか忘れてしまった。他人には意味があってワタシには無意味の中で生きてきた。周りに合わせていたら自分が何処かに行ってしまっていた。夕暮れの中に手を離してしまった風船のように消えていったのかも知れない…。


 死ぬまで生きるー。

 その時が来るまでの暇潰しの人生である。隣で笑っている女は人形が隣に居ることを知らない。隣で泣いている女は隣に無感情の男がいるとこを知らない。与えられた事項をクリアして金を貰ってきた。そんな意味の無い金を貯める気にはなれなかった。

 寝る前にいつも微かに感じるものがあって、それだけが知りたかった。それを知るための旅をしているんだと思っていた。

 ほんの微かな光が何処かに輝いている。


 小さな手を握って人混みを歩いている。恥ずかしい事なんて無いのに、周りの目が気になる。ワタシは誰にも何にもしてないのに、皆がワタシを否定する。応援しているとか心配してるとか口先だけで近づいてくる人が気持ち悪いー。

 いつも住んでる所から離れたスーパーに買い物にきている。知り合いに会いたくないから…。


 ロッテのチョコパイにするかブルボンのバームロールとエリーゼにするか悩んでいると、隣に小さな女の子が俺をジッと見つめている。

「君はどっちが好き?」

俺はお菓子を差し出した。

 女の子は後ろに隠し持っていた歌舞伎揚げを差し出した。

 俺は渋いチョイスに笑ってしまった。


 お米をカーゴに乗せてるときにリコが居なくなった。ワタシは焦って店内を探した。大きな声を出したかったけど、必死に探した。お菓子コーナーの隣の缶詰コーナーで男の人と一緒にいるリコを見つけて慌てて近づいた。男の人からリコを引き離して後ずさった。

「ママ来てくれて良かったな!じゃあな歌舞伎揚げありがとな!」

俺は失礼な母親を無視して歌舞伎揚げを持ってレジに向かった。

 店を出て煙草を咥えていると、さっきの親子が追い掛けてきて母親が頭を下げてきた。

「さっきはごめんなさい!娘が急に居なくなって慌てていて失礼な態度してしまって、娘とワタシを探してくれていたなんて思わなくて…」

「歌舞伎揚げを薦めてくれたお礼に探しただけだから気にしないでください」

俺は煙草に火をつけてマンションへ歩き出した。


 やたらと星が輝く夜空だったー。


つづく

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