第8話 どうかおそばに置いて下さい
建物から出てきたケータと名乗る少年が片手を挙げて話し掛けると、暗闇から滲み出てきた男トビが、僕とケータの間を割った。
銀さんも身構えて一瞬、緊張が走る。
さっきから話し掛けてきたであろうこの男が、そんな真近に居たのかと思い、ゾゾッとした。
冗談じゃない !! 殺る気ならいつでも可能だってことかよ ?
影に身を隠す、恐ろしいスキルだ。
「だーかーら、大丈夫だって !」
ケータがニコニコと笑って、トビの肩をポンポンとたたく。
トビとは対称的に、物腰は柔らかそうで、優しげな人だ。
「お前がそう言うなら構わないが、まっ、一応な !」
ふたりのやり取りから察するると、急に襲われたりということは無さそうかな。
それに、この人だったら話が通じるかも知れない。
「夜分にすみません。仲間が高熱で…… もう、明日まで持たないかもしれないんです !」
「そうかい、それはまずいね」
「はい、できれば先生を呼んできて欲しいのですが ?」
「ぷっ、ぶぶっ !! おいおいこいつがお前の言う先生だよ」
彼の笑いで、場の緊張は一気に和らいだ。
それにしても、先生なんていうから、てっきりおじさんだとばかり思っていた。まさか、僕と同い年くらいに見える、ケータが噂の先生だったとは驚いた。
「おーー ! 若い先生なのですね、失礼しました。では先生。ホントにすぐ近くなので一緒に来て欲しいのですが、何とかお願いできませんか ? 仲間を助けて下さい !!」
「そういうことなら、もちろん良いよ。トビ、行くよ !」
「まったく安うけ合いだが、オマエがそう言うなら仕方がないな。了解 !!」
先生は気安く了承し、説明を聞くとコタローに乗って、僕はウルボスに、トビさんはウルトに乗って出発したんだ。
やがて少し走ると、すぐに我がアジトに着いた。
「おーい、なんじゃこりゃ、ゴブリンの巣穴かよ ! やっぱ罠なんじゃねーのか ?」
「すみません、ここは僕がテイムしたゴブリン達の家なんです。実は、一緒に住んでいるんですよ」
「へー、君って変わってるねー。えっ、どうした ? トビ、恐いのかい ?」
「恐いわ !!! へんてこなダークウルフ20頭が家に来たのも恐かったけどな。お前のまたがってる奴はもっと最悪だ ! おまけにこの洞窟の中の気配は20や30じゃないぞ ! 」
「今日加入した者も入れて138名です !」
(おいおい銀さんや。今は正確な情報が欲しい流れじゃないでしょ ? 君は相当頭もキレるハズなのにどうして分からないのかなあ ? 空気読もうよー !!)
「ほら来たやっぱり。はあああ ??? 138いー ?? コイツら全部テイムってなぁ、その辺の魔王並みだろ。そんなヤツ聞いたことがねぇよ !!!!」
「リョーマ様は誇り高きテイムマスターでいらっしゃいますゆえに !」
(だから銀さん ! ダメだって。もしかしてキミ、そういうキャラなの ?! これ以上トビさんを煽らないでくれーー !! )
「分かった、分かった、恐いのならトビはそこで待っててよ」
「じゃあ恐いからここで待ってまーすって、おい !! 恐くなんかないわっっっ !!!」
「じゃあ行くよ !」
「しょうがねえなぁ」
△△△うーん、この感じはなんだろう ? 全然恐がって無いし、怒ってもないのかな ? だってさ、ちゃんと乗ってから突っ込んでいるからね ? ヤバイなこの人 !
「ボス ! お帰りなさい。そちらは ?」
なんだかんだで、噂の名医を連れて来ることができたんだけど。
「皆、お医者さんが来てくれたよ !!」
「あっ、ありがとうございます !」
「うわぁ本当に巣穴だぜぇ !」
「でも広いし、わりとキレイになってるよね」
「先生、お願いします。こちらです」
「どれどれ ? 犬耳族のこの子だね。ああ、とても熱が高い。まだ身体が小さいからなぁ。うーん、流行り病で間違いないかな ?」
「じゃあ難しいんですか ?」
「治す前に大丈夫とは言いにくいけど、流行り病なら今までに、たくさん治療したからね !」
年若い先生は気安く答えたが、本当に大丈夫なのだろうか ?
周りで息も絶え絶えのシンジを見守る者達が一様にそう思っていると、素早く魔法を唱えた。
「グレートヒール !!!!」
なんということだろう、その魔法は弱っていたシンジの周辺に金色の光を放ち、その優しい光が舞い降りていく。
僕達の誰も見たことも無い、超高度の魔法だった。
(スゲー、金色の魔法だ !)
「えーーー ? 夢みたいだ ☆☆ 信じられない !!」
僕は魔法にも、その魔法に放出されるドデカイ魔力量にも驚いた。
そして、まだ傍観者の歓声とざわめきが収まらないうちに……
「この子達も流行り病のようだね !」
「エリア グレートヒール !!!!!!」
さっきよりもずっと強く、そしてものすごく大きな魔力が放出された。驚くことに!グレートヒールの広域範囲魔法だ !
洞窟の中全体に眩い程の金色の光が放たれ、優しい光はハラハラと舞い降りていく。まるで、夢か幻の世界のようだった。
「えええーーー ??? 何だこりゃーー !!!」
なんて…… なんて魔法なんだ ! 驚いて身がすくんだ。そして、アゴが抜けそうなほど口を開けて驚いてしまった。
さっきの軽く唱えたグレートヒールも驚いたけど、この広域範囲魔法は、そのまた数倍の魔力が凝縮されて、一気に拡がっていったんだ。すぐ近くにいたボクは、全身の毛穴が開いたんじゃないかと思うくらいに、ビクッとしてしまったんだ。恥ずかしいよ。
魔法に精通した金さんたちと獣人っ子たちも涙を流して感動している。
全身に癒しの光を浴びると、先程まで青い顔をしていたジンとチエも、みるみる健康な身体を取り戻していった。
「頭が痛いのがなくなっちゃった !」
「なんだかさ、病気になる前よりも、身体が軽いよ !」
「うん、だったらもう、大丈夫そうだね」
「「ありがとうございました !」」
そしてしばらくすると、シンジも目を覚ました。
僕たちは大きな声を上げて、手を取り合って喜んだ。
それに、スラクもぴょんぴょん飛んで、ウルフ達もウォンウォン吠えて駆け回り、ゴブ人達はハグをしあって喜んでる。
「先生 ! ありがとうございました !」
「ああ、言い遅れたけどさ、先生は照れ臭いのでケータと呼んで欲しいんだ」
「分かったよケータ !! ありがとう、ありがとう !! えっと、だったらさ、僕のこともリョーマって呼んでよね」
「オーケー、リョーマ !」
仲間を助けてくれた恩もあるのだけれど、ケータの実力は尊敬に値するほどし、そのたたずまいや優しさにはとても好感が持てた。そして、名前を呼び合うことで、スゴく親近感がわいた。
どこか心の許せる、友だちができたように思えた。
だけど、だからといって治療費の問題は解決しないよね ?
ところが、ケータもリョーマと同様に、この異質な才能を感じさせるテイムマスターと呼ばれた少年に、何か特別なモノを感じていたんだ。
「ところでケータ、実は治療の料金のことだけど……」
「それなら大銅貨2枚(日本円で約2000円)だよ。あの二人は勝手に治療しちゃったからサービスしておくな !」
実は、ケータとその仲間たちは、教会などの悪質な高額治療に反発して、影ながら疫病とたたかう集団だった。治療費は良心的な金額で、弱く、貧しい者たちの味方だったのだ。
「みんなと生活するだけでも大変でさ、見た通り、あまり裕福じゃなくてね ! お値打ちで助かるー、ありがとう !!」
「教会だったら金貨20枚だぜ、ガハハハ !!」
きっとジョークだよね !
まさかトビさん、取り立てに来たりしないよね !
ガハハハって笑う悪魔的なトビさんと、優しくて天使みたいなケータが親友だなんて、ちょっと信じられないな。
「それはそうと、ここは衛生状態も良くないし、もし良ければ僕らのところに来たらどうだい ?」
「えー、いいのかい ? ところで家賃や税金はいくらなの ?」
「ただだよ、ゼロGだ !」
「おおーー ! だったらーー ? 金さん、銀さんどうする ?」
「我ら138名、ボスの仰せのままに…… 」
おおおおーー ! 流石は金さんだ。使うタイミングが素晴らしいよ。
「私はボスに付いていきます !」
「じゃあ、お世話になりたいな。明日、あっ、もう今日か ? なら、お昼過ぎとかに遊びに行っても良いかな ?」
僕たちはお金も食料の蓄えも僅かしかなくて、とても苦しかった。ケータの救いの手はとても有り難い申し出だったんだよね。
「良いよ。やっぱり部屋とかも見たいよな !」
「うんうん !」
遊びに行く約束を交わすと、ケータ達は帰っていった。
とんでもない魔法を操りながらも善意に満ちて、ほんわりとした優しさを感じる不思議な人だった。それに引き換え、トビさんは怖かったけどね ! そもそも目つきからしてヤバいからな !
犬耳族の兄弟達は抱き合いながら、どん底の囚われの身から這い出した、ひとときの喜びを噛み締めていた。
「リョーマありがとう。君達には2度続けて、命を助けてもらったようなものだ。お礼のしようも無い。僕ら5兄弟は永遠の忠誠を誓うよ」
「ただ単に困っている人を、どうにかして助けたかっただけさ。そもそも直接治療したのはケータだしさ、負い目を感じる事はないよ !」
「そんなことないさ。ボクらは親も故郷も無くした。君には返しても返しきれないほどの施しを受けた。お願いします、僕らを配下にしてください !」
「私達も同じよ、リョーマが懸命に私達を助けようとする姿に、心打たれたわ。永遠の忠誠を誓い、あなたについていきます。どうか、そばに置いて下さい。お願いします !」
リリホも同時に、5兄弟に遅れをとることなく、心からの忠誠を誓った。
「私もお姉ちゃんと一緒に誓います !」
するとその時、5人の犬耳族は何の約束もしていないのにもかかわらず、淡く光りを帯び、やや人に近い見た目になってしまった。
彼らはテイムされたのだ。
なぜか既にテイムされていたリリホは、他の者より遥かに眩く光って、色気を伴った美獣人の妖弧に進化した。
「ええっ ? お姉ちゃん ! なんだかスゴくキレイになったよ !!」
「ホント ?? じゃあこれで御主人様にスペシャルご奉仕ができるかしら ?」
「ええーーーー ? お姉ちゃんだけズルいよーーーー !!」
(ちょっと待てー !!!! ナナホちゃん ? 君はスペシャルご奉仕の意味が分かって言ってるのか ? 君たち何かヤバい姉妹だったりするのかな ? )
そしてやはり、ナナホちゃんもちゃっかりとテイムされていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
僕のくだらない心配とは別に、リリホは更に、信頼の高さが忠誠の上限を大きく越えて、心酔しきっていた。それが進化に影響したのであった。
実は、スラクの進化も同様で信頼関係が大きく影響していたのである。
「ありがとうございます。頑張って尽くします !」
獣人達は自分を救い、必死になって仲間を助けてくれた恩人の使い魔になれたことがとても嬉しかった。
元々恩義に厚い種族であった。心の底からこの人の力になりたい、恩返しがしたいと強く願った。
また、彼らのおかげでステータスも更に上昇し、害意察知、気配感知、縮地、変化のスキルを得たんだ。
そもそも、以前は頼りないステータスだったけれど、数々のテイムでとてつもなく上昇し、結果的には相当なパワーアップに繋がった。
それがどれくらいのパワーアップかというと、少し前の時点では化け物のように思えていた、ゴブリンジェネラルの金さんのステータスをも、今では軽く超えるほどだった。
そればかりか、仲間の強さといい、仲間の数といい、下手な騎士団などはとっくに上回るくらいの集団になりつつあったのだ。
トビほどの隠密使いの実力者が、巣穴のただ中に入り込むのをためらうのもジョーダンばかりでなく、あながち不思議なことではなかったのだ。
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