第10話 洗脳
◇水車10
「お兄ちゃん、たいへんだ!」
風鈴に叩き起こされた。
なにごとかと思いながら、もぞもぞと布団から這い出した。
朝のニュースを見て、僕は我が目を疑った。深夜さんの顔が映っていたからだ。
「またしても肉食の容疑で逮捕者が出ました。野村深夜、20歳です。警視庁の発表によると、野村は東京都西部や山梨県東部の山中で密猟し、肉食をくり返していたとのことで、本人は容疑を全面的に認めています。8月に肉食禁止法違反でカタツムリ側に引き渡された加賀源太とも面識があったとのことです」
衝撃を受けた。
深夜さんは肉食をしていた。あの登山家スタイルは、狩猟をするためのものだったのか・・・。
「あの人、お肉を食べていたんだよ。なんかヤバい人じゃないかと思ってたよ!」
風鈴はそう非難したが、僕には彼女を責める気持ちは起こらなかった。
驚きはした。まさかと思った。でも、僕は肉を食べるのがそれほど大きな罪だとは思っていない。ニュースを見ても、深夜さんが極悪の犯罪者だとかそういうふうには思わなかった。僕だって許されるなら、また肉を食べてみたい。人間にとって、動物の肉を食べるのは自然なことだ。高校時代まで、僕はもりもりと肉を食べていた。今はカタツムリに禁止されているから食べないだけだ。
だが地球はカタツムリの支配下にある。肉食をした深夜さんはカタツムリに引き渡される。
彼女はどうなってしまうのだろう。
カタツムリに殺されてしまうのだろうか。
テレビはくり返しくり返し野村深夜の映像を流し続けた。若く美しい女性が肉を食べたというのは、とびっきりの大ニュースであるようだった。
◇深夜10
私は警察からカタツムリに引き渡され、巨大な円盤型宇宙船に移送された。
白い壁の部屋に閉じ込められて数日が過ぎたが、今のところカタツムリから手荒な真似をされたりすることはなかった。
耐えがたいほど単調な食事しか与えられず、それが私にとって虐待と言えなくもないが、ここはカタツムリの宇宙船だ。やつらは草食性で、人類ほど多彩な食文化を持っていない。おそらくカタツムリに私を虐待しているという認識はないだろう。
これからどうなるのだろうか。いっそ早く殺してくれと思うこともある。
1匹のカタツムリが白い部屋に入ってきた。体調1メートルの奇妙な宇宙のカタツムリ。おまえらが地球に来て、私の人生はめちゃくちゃになった。両親が戦死し、肉食が禁止され、私は捕まった。
カタツムリが触手を伸ばして、私の頭の上に乗せた。
なぜ肉食をしたか、と頭の中に声が響いた。カタツムリのテレパシーだ。
「食べたかったからよ」私は声に出して言った。
なぜ食べたかったのか。
「美味しいからよ。決まってるじゃない」
人間は植物だけを食べても生きていける生物だ。なぜ動物を殺して肉を食べるのか。
「美味しくて栄養があるからよ。あなたたちが来るまで、人間はずっと肉を食べていたわ。人間だけじゃない。地球上の多くの生物が肉を食べるわ。それは自然なことなの」
人間は知的生命体である。動物を殺すのが残酷な行為であるという認識があることはわかっている。それなのになぜ食べるのか。
「命は他の命を食べて生きていく。逆に聞きたいんだけど、植物だって命じゃない。植物を食べるのはいけないことじゃないの?」
植物には意識がない。痛みもない。
「どこだかわからないほど遠くから来たあなたたちに、食べ物のことまで指図されたくない。放っておいてよ!」
我々カタツムリは人類と友好関係を結んだ。両種族はこれから長く交流を続けていく。すべての人類が野蛮な行為をやめ、知的に進化しなければならない。
「よけいなお世話よ!」
私がわめくと、カタツムリはより強いテレパシーを送ってきた。
自らの意志で肉食をやめることができない個体は、洗脳しなければならない! 私はあなたを洗脳する!
そして私の脳に、異様なイメージが流れ込んできた。意識が変性して人間ではなくなり、私は川の中を泳ぐヤマメになっていた。目の前に川虫がよぎり、反射的に食いつくと、突然理不尽なほど強烈な力で水面から空中に引きずり出された。口の中に釣り針が刺さっていて、抵抗できない。生きたまま人間に串刺しにされ、火であぶられた。ヤマメである私は死んだ。すさまじい苦痛だった。
次の瞬間、私はイノシシになっていた。森の中で罠にかかり、脚を強烈に固定された。もがいたが、逃げられない。人間がやってきて、私を槍で突いた。痛い! 痛みは2度、3度とくり返され、私は死んだ。
その次の瞬間、私はウサギだった。いい匂いに誘われ、食べ物を見つけた。食べ終えた直後、私は檻の中にいることに気づいた。逃げられなくなっていた。長い時間、私は恐怖に震えていた。やがて人間が現れ、私を殺した。
そのようにして、私はさまざまな動物に変身し、人間に殺され続けた。
テレパシーによる拷問であり、洗脳だった。
私は泣いた。泣きわめいた。
洗脳が終わったとき、もう肉なんてひとかけらだって食べたくなくなっていた。
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