伝える

 

 アグルス様がお屋敷に帰って来て夕食を終えた後、湯浴みを終えてから寝室へと戻ってきました。


 寝室はアグルス様と同じ部屋を使用しています。ただ、同じベッドを使用している訳ではなく別々の物を使用しています。

 さらにアグルス様と私のベッドの間には衝立があり、寝姿を見ることは出来なくなっています。衝立については、いずれ無くすとの事ですが、それはアグルス様のお仕事が落ち着いた上で私がこのお屋敷の生活に慣れてからなので、まだ先の話になりそうです。


 執事長について話すのはアグルス様が寝室に戻って来てからの予定なのですが、まだお戻りにならないようですので、もう少し待つことになりそうですね。


 ベッドの所に居ると寝てしまいかねないので、近くに置いてある机の所で待っていることにしましょう。




「トーア?」


 近くから声が聞こえて目を開けます。ああ、どうやらアグルス様を待っている間に眠ってしまったようです。

 それで今の声は…………アグルス様っ!?


 聞こえてきた声が誰の物かがわかった瞬間、まだ寝起きでぼんやりしている頭を振り払い、突っ伏していた机から置き上がりました。そして案の定、顔を上げて見上げた先にはこちらを眺めているアグルス様の姿がありました。


「あ、え、すいません。いつの間にか眠ってしまっていたようです」


 寝起きの顔を見られてしまうことはとても恥ずかしいですが、それよりも待っていたにも関わらず寝てしまっていたのは良くありません。

 形式上は夫婦になったとはいえ、立場はアグルス様の方が上ですから、話があると予定を立てて貰ったのですから起きて待っていなければならないのです。


「いや、謝る必要は無い。戻って来るのが遅かった私のせいだ」

「いえ、そんなことは……」


 私が否定しようとしたところで、アグルス様の手が私の頬に触れました。アグルス様の指が優しく私の頬を撫で、机に触れていたせいで少し冷えていた頬に掌の暖かさが頬に伝わってきます。


「もうよい。それよりも話したいことがあったのだろう?」

「え、あ、はい」


 ああ、この問答で時間を使うのはアグルス様にとっても良くないですね。ただでさえお仕事されて疲れているのに、さらに寝る時間を少なくしてしまうのは良くありません。

 すぐに必要なことを話して、お休みになられるようにしなければなりませんね。


「えっと、執事長の事なのですけれど……」





「なるほど。確かに不自然だな」


 執事長のあの行動についてアグルス様にできる限り正確に伝えました。残念ながら相手がどのような見た目だったかは、フードを被っていたため伝えることは出来ませんでしたが、執事長よりも背が低かったこと、やや恰幅がよさそうなシルエットであったことは伝えました。


「その日、グシスが外部の者と会う予定はなかったはずだ。屋敷に物を届けに来た者の可能性が否定できないが、それならあのような場所で受け取るのはおかしい」

「そうですね」

「しかし、グシスに何をしていたか聞いたところで素直に答えるとは思えない。それに下手に突けば今まで以上に警戒して、さらに何をしているのかがわからなくなるな。……ふむ」


 アグルス様の言う通り下手なことは出来ません。私があの場を見つけたのも執事長が、お屋敷にアグルス様が居ないからと油断していたからでしょうし、見られていたことに気付けば証拠となる物などが処分されかねません。

 そうなれば、執事長の行動を阻止できませんし、最悪状況が悪化してしまう可能性があります。


「グシスの事だ。そう易々と尻尾を出すとは思えん。何かを渡した後に受け取っていた物がまだあればいいが、既に処分されている可能性が高そうだ。……しかし、会っていたという人物に思い当たる者が数人いるな。確実とは言えないが、今までのグシスの発言と合わせれば、何をやろうとしているのかもわかるかもしれない」


 どうやらアグルス様には私が伝えた特徴だけで思い当たる方が居るようです。もしかしたら、これまでに怪しい動きをしていた方に会ったことがあるのかもしれません。


「いい情報だった。上手くいけばグシスを排除できるかもしれないな。ありがとう、トーア」

「アグルス様の助けになれたのなら嬉しいです」


 これでアグルス様の負担になっている厄介ごとの一つが解決できると良いのですけれど。

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