ウェルダン・ウィッチ

紙季与三郎

序章 魔女は学びを求めてる。入学編

第1話 この魔女は空を飛ばない。①


「お師匠様……いよいよ! いよいよなのですよー‼」

赤髪の魔女は震えた。長い旅路の果てに夢にまで見た目的地に辿り着く最後の一歩目。

それを今、彼女は踏み出そうとしている。


「エリアトラ魔法学院、入学オメデトウ‼ 私‼ ヒュウぅぅ!」


荘厳な美術的建築物を幾重にも折り重ねたような学院と外界を繋ぐ巨大な門の前で、彼女は叫ぶ。門前で独り、唐突に叫んだ少女に周囲を通りすがっていた民衆の視線は釘付けであった。


「さて。気合いも入りましたし……行くとしますか」

「ええっと……受付とか、入り口は……門を開けて入れば良いんでしょうか」

「おや、そういえば門番さんも居ませんね。うーん」

「もしもーし、今日からこの学校に通う事になったものですがー……」


「——返事がない。まるで正門のようですね」


「……お嬢ちゃん、もしかして今日がこの学校に通うのが初めてなのかい?」

「はっ、門番の登場ですね‼」

「門番じゃないよ、婆ちゃんさね」

「これはこれは、お婆様。なにゆえ私が初めてだと?」

「ふっふ、この学校の生徒は門なんか関係なくホウキで空を飛んで学校に通うからね」


「ああ、なるほど。そういう事でしたか」


「この正門はね、外から部外者が入れないようにする為のもんでもあるが、この学校の卒業生が卒業試験で使うのを主な目的としてるのさ」


「卒業試験?」

「ああ。立派に学校で力を身に付けましたって証に卒業生が門を破壊して出ていくのさ、この町の観光行事にもなっている程のイベントさね」

「ほう、それは興味深い風習ですね」

「だから、とりわけ……この門は頑丈に出来ている。嬢ちゃんも空を飛んで学校に入ると良いよ、中に入って正面に見える建物に受付があるから、そこで挨拶をすると良いね」


「なるほど、ご教授ご鞭撻、感謝しますお婆様」

「ああ、入学オメデトウ。これから頑張るんだよ」

「はい! 頑張ります‼」




「……」

「……」




「……どうしたんだ嬢ちゃん、行かないのかい?」

「私、ホウキで空を飛べませんので‼」


「……へ? ああ、それなら少し離れた所に外部者用の入り口が——」

「お師匠様‼ 訓示、その1‼」


「ちょっと待ちな、嬢ちゃん、まさか——」



「ムカつく壁はぁぁぁぁ、殴ってヨシ‼‼」



「壁は超える為にナシ、壊す為にナシ、穿つモノと見よ‼」

「……こ、こりゃ驚いた……門を壊して入学する子は初めて見たよ……」


「あ‼ そう言えば、紹介が遅れました‼ 私の名前はルーガス・キリティア。拳の魔女ルーガス・メイジの弟子なのです‼」


***

「……いったい、どういうつもりなのですかミス・ルーガス」

「はい、ミガルス教官どの‼ 私はまだ未熟なのでホウキで空が飛べません。なので今回のような行動をとらせていただきました‼」


「……入学案内に空が飛べない方は外部者用の入り口から来るようにと報せてあったはずですが?」

「ここに来るまでの道中で魔物に襲われ消失した為、詳細を読むことが出来ませんでした‼」


「なら、アナタは自分が何をしたかも分かっていないようね」

「いえ! あの門は壊しても良い壁だと聞きました」

「卒業生がね⁉ あの壁は、一年間ゆっくりと魔力を込めて硬度を上げていくのですよ‼」


「アナタが半年分の魔力の込められた壁を壊した所為で、今年度の卒業生の試験水準に到達しない可能性があるのです‼」

「では水準を下げるか、別の試験方法を考えてみては如何でしょうか‼」

「破門行進は我が院の伝統です‼ そう易々と変える事は出来ません‼」



「ミス・ルーガス……いずれアナタには罰が下されることを覚悟しておいてください」

「はっ。甘んじて罰を受ける所存ですミガルス教官どの‼」

「ミス・ルーガス……私の肩書は教官ではなく先生です。教頭でもいいですが。その軍人みたいな喋り方は変える事が出来ませんか? いちいち敬礼するのも辞めて頂きたいのだけれど」


「……私の師匠より学院は礼儀に厳しい所だと聞かされておりましたので。お気に召さないようでしたら普段のように振る舞えますが」


「そうね。ここの教員にはアナタが師匠に向けている態度のように振る舞ってくれればいいわ。少し肩の力を抜きなさい」

「……師匠と同じように、ですか」


「アナタの事情は学院長より伺っております。これから常識や教養というのもキチンと身に付けなければいけませんよ」

「こんな中途半端な時期で編入という事も相まって大変かとは思いますが、ルーガス・メイジの弟子という事も含めて教員はアナタを特別扱いしませんからね」

「はぁ、そーですか」




「魔法の実力のほどは問題ないとの事ですが……ん? 聞いていますか、ミス・ルーガス?」

「アレ……これは聞いていませんね。何処を向いているのです、こちらを見なさい、徐々に顔を外に背けない‼」

「ミス・ルーガス‼ ルーガス・キリティア‼」



「……なんですか?」

「予想以上に目が死んでいますね……なんですか、その態度は」

「いえ、シショーと同じ扱いで良いというので」


「……限度と言うものがあるでしょう。いったい、拳の魔女はどんな教育を」



「とにかく今後、その態度はアナタの師匠以外にはしないように。普通……いえ、師匠以外の年上に用いるような言葉遣いになさい」


「……」

「……」


「そうね……服屋で、買い物をする時に接客する店員のような口調かしら」

「なるほど分かりました! このような感じであれば如何ですか?」

「結構です。そのように振る舞いなさい」


「了解しました。所で、お師匠様は私より先に学院に到着予定だと仰っていたのですが何か聞いておられますか?」

「ああ。ルーガス・メイジでしたら、厄災級の魔物が現れたらしく、そちらに向かうと手紙が今朝早くに届いていました。くれぐれも弟子を宜しく、と」



「——……はぁあ⁉」


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