フィアータに愛を込めて 〜好きなゲームに転生したけど魔法が使えないクソザコ悪役貴族だったので人生上手くいきません〜
肉巻きありそーす
第1話
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つまらない。なんてつまらない日々なんだ。それなりの会社で死ぬ気で働いて、帰ってきたら死ぬように眠る。金もそれほど持ってないから、適当に安い飯を食う。もちろん、服に使う金なんてない。結婚もしてなければ、彼女なんて作ったこともない。自分には必要ないと言い聞かせながらでもなんだかんだで欲しい。
そんな俺の人生のオアシスはゲームだ。ゲームは素晴らしい。俺がなし得なかったものが手に入る。虚しくないかって?ナンセンスな質問だ。現実では手に入らないからこそのゲームだよ。
特にこの『グレイロード』は一度やってみるといい。人生観は変わらないが、王道で普通に楽しい。難易度選択が幅広く、初心者向けのイージーから廃人向けのアルティメットまである。さらに、魅力的なキャラクター、ボリューミーなシナリオ。何をとっても名作だね。
明日は休日だからアルティメットのRTAをするつもりだ。この前のクリア時間は6:02:12だったから今度は6時間切りを目指す。さて、このストロングも4缶目か。今日はこれぐらいにして、もう寝よう。うっぷ
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─チチチチチ─
やけにうるさい鳥の鳴き声。今は秋から冬への季節の変わり目だぞ。季節外れにもほどがある。
身体を起こそうとすると、いつもの倦怠感がなかった。大抵、二日酔いで起き上がるのも一苦労なのだが。とにかく、スマホで時間を確認しようとうつ伏せで布団の周りをまさぐる。
「ん?」
布団じゃない。なんだこの柔らかさは。俺は飛び起きた。瞬間、目に入ってきたのはギラギラとした装飾に豪華な家具たち。思わず、目を瞑ってしまった。そして、瞬時にこれが夢であると理解した。だからといって、どうすることもできない。世の中には明晰夢というものがあるらしいが、俺は夢だと理解しても思い通りに夢を動かせたことはないからだ。所詮夢も現実と変わりない。理不尽に過ぎ去って、理不尽に終わるのだ。
「まだ眠っているのかしら?」
「そうみたい。やっぱり出来損ないは起きるのも愚図なのね」
「馬鹿。もし聞かれてたらどうするの。私たち、首が飛ぶわよ」
部屋の外からだろうか。女性が誰かの陰口をしているようだ。夢だとしても、それは気分が良いものではない。俺は早く場面変われと思いつつ、羽毛布団ような掛け布団に身をくるんだ。
だが、いつまで経っても一向に場面が変わらない。目よ、覚めろと念じてみても己が起きる気配すら感じられない。いつもならこれで起きられるのだが。
最終手段だ。夢か確認するテンプレ、頬つねりならぬ脛叩き。俺はリアリティーのある夢のときはいつもこれをする。両手を組んでベ◯ータよろしく脛に思いっきり叩きつける。夢ならばなんともないが、現実なら叫ぶほど痛い。さあ、いくぞ!
「痛っええええええ!」
無茶苦茶痛い。涙が滲んでくる。この痛みは学生の頃に階段から転げ落ちたとき以来だ!
「どうされましたか!ディード様」
俺が脛を抑えながら転げ回っていると、端麗な女性が入ってきた。
「大丈夫、大丈夫です」
思わず、返事をして驚いた。俺の声、こんなに高かったか?子供の頃の夢?いや、この痛みは紛れもない現実。それにさっき、聞き捨てならない言葉が...
「そうですか。お食事はそこに置いてありますのでお早めに摂りなさってください」
女性は呆れたようにテーブルを指差して、部屋を出ていった。
「あ」
状況も飲み込めぬまま、部屋に取り残された。呆けたまま、俺は食事の席につき、スープに口をつけた。
冷たい。これが冷スープであるなら納得できたがどうみても作ってから時間が経っている。膜が張ってるし。スープだけでなく、他の料理も冷めていた。パンはおいといて、スクランブルエッグとかスープは冷めたら不味いに決まってる。
それでも、俺が普段食っている料理よりも何倍も美味しかった。
「何が起こってるんだ?」
食事を終えたら、段々と頭に血が通い、思考がはっきりとしてくる。この非現実的な状況を現実的事象として理解しようとする。
「なら、これか」
俺は食事に使ったナイフを手に取って、指にあてがう。先ほどの脛の痛みも食事の味も記憶が見せた虚構かもしれない。俺はまだこれが夢である可能性を疑っている。
なら、現実で感じたことのない痛みをこの身体に与えればいい。ステーキを切るかのように指にナイフを切り込ます。
「ぐっ!」
痛い。凄く痛いがこれも虚構かもしれない。包丁で指を切ったことぐらいあるからな。だから、早く目を覚ませ早く目を覚ませ早く目を覚ませ!
「ひぃ!何をしてるんですか!?」
先程とは違う、あどけなさが残った少女に取り押さえられた。俺の指はまだ繋がっている。流れ出る血は"これは現実だ"といわんばかりに白のテーブルクロスを朱で染める。
「確かに貴方様の境遇には同情しますけどこんなことされると私達従者の生活が終わるんですよ!」
彼女の怒号は今の俺には響かない。それよりも重い事実が俺にのし掛かっているから。食事のときからなんとなく、察しはついていた。俺は何者かに転生したんじゃないかって。でも、そんな非現実的なことが起きるはずがない。だから、夢だと思った。夢であって欲しかった。俺に他人の人生を背負うほどの覚悟はないから。
「まったく、天下のオルネーソ家からこんなのが産まれるなんて、公爵様もお気の毒に」
廊下から聞こえる嘲笑と侮蔑。ディード様、オルネーソ家。その二つの言葉が俺の脳内で何度も反芻される。
「俺は、ディード・オルネーソか。あの失敗作の」
「お気を!確かに!狂っちゃいました!?」
俺の脳内処理は既に許容量を越えている。少女は何かを訴えかけているが何も聞こえない。闇は徐々に視界を蝕み、やがて意識さえも喰い尽くした。
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