おとなのかのじょ ~おとかの~
八住 とき
三月 悠士編
桜の国の彼女 その一
都心から離れてしまえば、緑地帯や人通りも穏やかな場所も少なくはない。ここは、大通りや商業施設が目立つというより、最小限の生活品が調達できる店舗、住宅とアパートメントが配置される、そんな立地。
この時期は、テレビやラジオでも必ず話題になるのが桜に関する情報だ。日本人にとって特別な存在の一つなのだろうと毎年突き付けられる。
きっと、世界が滅びる寸前であっても、日本人は桜の開花時期・見頃やスポットへの関心を忘れないのではないか。そんな事すら考えてしまう。
世界にも桜の風景は存在するし、感覚を共有する他国もある。国にも有名な桜の名所はあって、イベントで言えばワシントンD.C.のナショナル・チェリー・ブロッサム・フェスティバルかな。
ジェフにピンク・タイ・パーティーを含め何度か案内されたが、行く度にもう二度と行きたくないと思った記憶しかない。人を見ているのか花を見ているのか分からないし、日本の花見とは根本的に違うと感じたものだ。
ルイジアナ州や一部を除き、アメリカでは屋外での飲酒が州法などで禁止されている。路上や公園で桜を見ながら、その場で飲食物を並べての飲酒宴会などまず無理だ。実際、アジア系の家族が花見をしようとしてアルコールを広げた時には事件にもなっていた。もう、何年も前の話だけど。
だから、本場の日本で花見風景を初めて見た時は異世界に来た気分になった。桜が咲いている場所を占拠して、集まってアルコールや食べ物を囲み、人数や参加者の温度差はあっても楽しそうに賑やかに過ごしていたから。
そこに、桜がある。ただ、それだけで人々は集まって来る。場所や性別、人種も関係なく引き寄せる桜。
ふと、彼女に借りた本から意識が離れた隙間。様々な思いを
それは、彼女が
スケールで重さを計って、ミルで手挽きしてくれて、温度管理した湯を注いで、時間を計って落としてくれたプアオーバーの珈琲。
俺にとって珈琲は、
それが、吉田さんの店でラテを飲み、彼女が淹れてくれる珈琲を飲んでしまうと、気付けば他の珈琲が珈琲と感じる事が出来なくなっていた。
同じ赤のソーサーにカップを戻し、俺が再び本に視線を戻そうとした時。プラスチック製の固まりを、リズミカルに爪で連打するような音がキッチンの一角にいる俺の耳に届く。
珈琲の香りからも、本の続きよりも注意を引かれた音の発生源には、少々歳を重ねた女性がPCモニターの前にいる。
仕事の名前は、
いつか見つめ合い、お互いの手を取り合って『
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