チョコレート戦争

花色 木綿

チョコレート戦争

 突如、天から降って来た五センチ四方の一欠けらのチョコレート。その包み紙には、

「これを食べた者は、一つだけ願いが叶います」

と記されている。


 この事件は、あっという間に世界中に広まった。


 毎日テレビのニュース番組やネット、新聞、その他諸々の情報機関でそのことが話題となった。話のネタに上がらない日はない。


 今日はアメリカのニューヨークの資本家の男の元に落ちたと思えば、次の日はブラジルのコーヒー農業を営む老人に。


 毎日一粒だけ、世界中のどこかに落とされるのだ。それを拾った者は直ぐさま時の人として、報道陣が駆け寄った。


 始めは小さな都市伝説として話題になったチョコレートが、いつの間にか社会現象にまで発達していた。この神話に対する専門家までもが現れる始末な上、今日はどこでそのチョコレートが降って来るかを予測するソフトまで開発された。


 一体どこの誰が、このチョコレートをばら撒いているのか。そして、どうして願いが叶うのか。疑問ばかりが日々深まった。


 しかし次第にこれが原因で、大きな戦争へと発達していく。なんせ願いごとが何でも一つ叶うのだ。誰もがそのチョコレートを羨み、求めた。


 地球のどこかでは戦争が起き、どこかでは平和が祈られた。


 そして今日もまた一粒のチョコレートが、幸薄そうな青年の元へと降り落ちた。


 残念なことに、この青年は社会から孤立していた。家にテレビやパソコンといった娯楽的な電化製品はなかったし、携帯電話は料金未払いで止められている。テレビやパソコンは家賃が払えず、質屋に売ってしまったのだ。つい先月、小さいながらもなんとか経営を維持していた勤め先の会社が潰れてしまった。それなりに一般的な生活を送っていた彼の生活は、その日から一変した。


 朝から晩まで職を探し求め、疲労困憊な人生を送っている。


 その青年は突然頭にコツンと何かが当たる感触を覚えた。足元を見ると、一粒のチョコレート。青年はきょろきょろと周りを見渡し、誰もいないことを確認するとそれを拾い上げた。


 金欠状態の青年にとって、一粒のチョコレートさえ大事な栄養源である。覚束ない手で包みを開き、艶やかなそれを口へと運んだ。



「ああ、おいしい。たったチョコレート一粒が、こんなにおいしかったなんて……」



 青年は久しぶりに味わった甘味に、じんと心を震わせた。目からは自然と一粒の涙が流れ落ちる。



「仕事、今日こそ見つかるといいな……」



 こうして最後のチョコレートの仕事は、青年のささやかな願いの元に溶けて消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

チョコレート戦争 花色 木綿 @hanairo-momen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説