没落記者
豊科奈義
没落記者
都心に本社をおく巨大出版社KADOGAWA。大衆雑誌からエロ本まで手広く扱う会社だ。
そんな会社の一室にあるのは、週刊雑誌の編集部だ。事件の真相や、政治家や芸能人のスキャンダルを扱う部署である。
何かスクープを見つけられると一気に売上が増加する反面、人の有る事無い事を書くという性質上やはり名誉毀損で訴えられることもある。その上、常に煽るような記事を書かなければ売れない以上、ある程度は誇張して書くのだ。
そんな中、編集部に所属している
『また妄想記事?』『こんなんで金もらえるんだから楽な仕事だよな』
ページをスクロールし、全ての意見を確認する。勿論、中には肯定的な意見の短文もあるが目につくのはどうしても否定的な意見だ。
「こんなの気にしてたら仕事できませんって咲呉さん。DV事件を報道して、報道大賞受賞したんですから、もっと堂々と胸を張りましょうよ。そんなことより、国会議員の息子の裏口入学説を追うって言ってませんでしたっけ」
咲呉に話しかけてきたのは、となりに座っている伊萩だ。咲呉よりも先輩に当たる。
咲呉は伊萩に言われてすぐさまパソコンに映った現在時刻を確認する。現在10時30分。情報提供者との約束は11時。幸いにも都内とはいえ、急がなければならない時刻だ。
「ああ、そうでした。ありがとうございます、今から行ってきます」
「いってらー」
伊萩に送り出された咲呉は、すぐさま情報提供者の元へと向かった。
◇
11時57分。咲呉は何とか待ち合わせの場所へと向かった。都内にある立派な一軒家だ。高級住宅街にあることから、数億円はするであろう邸宅だ。
「あなたがKADOGAWAの」
そう声を掛けてきたのは、長いひげをはやした高齢男性だ。齢70は下らないであろうというのが初見の感想だ。
「ええ、咲呉と申します。古塚さんですね。春興大学理事長の」
「ええ、そうです。立ち話もあれですから、どうぞ中で」
咲呉は古塚に導かれるがままに応接間に案内された。
「それで、情報提供の件ですが。某国会議員の息子さんが春興大学に入学されたと」
咲呉は、確認のために事前に得た情報を述べた。
「ええ、ですが断定はできないのです」
「どういうことでしょうか、理事長と伺いましたが」
「私が理事長になる前年の出来事でした。前の理事長が国会議員から多額の金銭を受領しているのを目視しました。そして翌年、その理事長は辞職し私が理事長になり、国会議員の息子が入ってきました。辞めたとはさしずめ、発覚した場合の責任を私になすりつけるためでしょうね……」
古塚はお茶を啜りながら語った。
「そうですか……」
その後、会社に戻った咲呉は、パソコンとレコーダーを接続し、文章の執筆を開始した。ここで重要となるのは、いかに誇張して書くかだ。生半可な記事では、読者に興味を引けない。関心を煽るようなものでなければ、今の時代週刊誌など売れないのだ。
『某国会議員息子の裏口入学。多額の賄賂か』
そして、記事を認めると編集会議になるが無事記事が乗ることが確定。
その後間もなく、咲呉の書いた記事が載った週刊誌は無事に発売された。
◇
発売されるや否や、途端にテレビやメディアで取り沙汰された。国会議員や春興大学に矛先が向くが、当然ながら編集部にも矛先は向く。春興大学の卒業生からは、大手を振って就活できないと言ったような具合だ。
だが、報道されて数日経つと事態は大きく動いた。国会議員と、前理事長が名誉毀損で訴えたのだ。とはいえ、週刊誌が訴えられるのは珍しいことではない。編集部は誰も気にしていなかった。
そんな中、国会議員が声明を発表した。多額の金銭のやり取りはあくまでも私的な関係であり、息子の入学については実力でもぎ取ったものだと。実際、元理事長はその国会議員から借金をしていることが判明し、あくまでも借金の返済であるとした。
次々に発掘される新たな情報は、全部編集部を苦しめるものばかりだ。そのせいか、意見がほとんど批判的なものへと変わっていった。
そんな中、咲呉は編集長に呼び出された。
「咲呉さん。なぜ呼び出されたかわかっているね?」
「はい……」
咲呉は身を縮ませて編集長に前に来た。
「そりゃ、週刊誌だもん。訴えられるのは覚悟しなきゃやっていけないよ。でもさ、もう少し考えられなかったのかなとは思うよ。証人一人だけで証拠もないんでしょう?」
「返す言葉もございません」
その後、咲呉は叱責を受けた。そういう職業のため、ある程度は勘案され叱責だけで済んだ。だが、咲呉の評判はだだ下がりである。社内からも、変な目で見られ始め本人の意識も低い。
「はぁ……」
「元気だしてくださいよ輝いてた頃の咲呉はどこに行っちゃったんですか?」
伊萩は事後も難なく咲呉とつるんでいる内の一人だった。いくら声を掛けて貰ったといえども、敗訴がほぼ確定したような状態で元気も出ない。
咲呉は諦めてパソコンを開くことにした。
『春興大学現理事長、認知症か。数年前から症状が』
「……」
もう、声も出なかった。咲呉が必死に聞いたあの話は全部認知症から来る妄想だったとでもいうのだろうか。全身から力が抜けたような感じがし、マウスを動かすことさえも億劫だ。
「元気をだせ、咲呉。なんで叱責だけで済んだのか理解していないようだな」
編集長がふと項垂れた咲呉の元まで来た。
「叱責で済んだのは、咲呉はまだやれるからだ。これ以上いても無駄と判断していたら、おまえはとっくにクビになっている。それを忘れんな」
そう吐き残し編集長は去っていく。
「そうは言われてもね……」
報道大賞を取ったとはいえ、それは過去の栄光。今あるのは虚偽報道をした記者。アンチまみれでも毎回欠かさず見ていた意見も、今となっては見るのが怖い。
「もう、どうにでもなれっ……」
案の定、出てきたのは百通を超える批判的な意見。これも覚悟の上だ。とはいえ、がっかりしないわけがないのだ。
「……ん?」
批判的な題名が並ぶ中、一通だけ肯定的な意見があった。咲呉は思わずクリックしてみる。
『咲呉記者へ。私は、先のDV報道の被害者の一人です。数年にも悩む問題をあっという間に解決してくれたあなたは、私からしたらヒーローです。実は、以前にも別の機関に相談していました。警察に言っても、家庭内の問題は家庭内で解決しろと。他のメディアに言っても、証拠がないの一点張り。そんな中、証拠もなにもない私を信じてくれたのが咲呉記者、あなたです。今回の報道、大変な反響を呼んでいることは知っています。いろいろ言われることはあるでしょうが、私はあなたを応援しています。また、ヒーローのような活躍をされている咲呉記者を見たいです』
咲呉は全部読み終えると、ため息をついた。
「伊萩くん。私、取材に行ってくる」
「いってらー」
元気に部屋から出る咲呉を、伊萩は嬉しそうに見送った。
週刊誌は、誇張してるだの煽っているだのいろいろ言われるが、それは仕方ないと思っている。それでも、一人が救えるならと。
咲呉は会社を出ると、元気に新たなスクープ探しのためにビルを出た。
没落記者 豊科奈義 @yaki-hiyashi-udonn
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