守銭奴ピアニストのブルスケッタ

田村サブロウ

掌編小説

 とある田舎町での話。


 町になわばりを構えるギャングの一団が、本部からボスを迎える歓迎パーティーの余興に悩んでいた。


 ボスは音楽が好きと聞いてはいるが、ギャングの中に音楽の心得がある人はいない。


 このままではろくなおもてなしもできず、ボスを怒らせることになるのは目に見えていた。


 どうしたものかとギャング団員たちがそれぞれ一計を考えていると、下っ端のひとりがある提案を出した。


「ブルスケッタっていう女性ピアニストが今この街に来てるそうです。高い依頼料と引き換えになりますが、涙が止まらなくなるほど上手いピアノ演奏をしてくれるとの事ですぜ」


 他にろくな案が出なかったため、ギャング団は下っ端の提案を採用した。


 ブルスケッタの元に依頼の手紙を出すと、返事は1日もかからずにきた。


 彼女のピアノの依頼料はギャング団の予想をはるかに超えるものだったが、通常の値段の3分の1で済む『1曲のみコース』というものがあるそうだ。


 通常は3曲演奏するが、1曲の演奏のみに絞ってコストを抑えた『1曲のみコース』。


 金を惜しんだギャング団は、その『1曲のみコース』を注文したのだった。




 * * *




 数日後。


 ボスを迎えたギャング団の歓迎パーティーにて、ピアニストのブルスケッタがついに現れた。


「1曲のみコースを承りました、ブルスケッタと申します。アンコールは2回まで可能ですが、同額の1.2倍の追加料金が必要になります」


 ブルスケッタの確認を、ギャングたちは聞き流した。その件は彼女の手紙にも書いてあったのを確認済みだからだ。


 もし『1曲のみコース』を2回アンコールしてしまえば、元から3曲演奏する通常の値段より高くかかってしまう。しかしそれはあくまでアンコールすればの話。


 今回のパーティーのVIPであるボスが満足してしまえば、アンコールなどする必要など無いのだから。


「それでは演奏させていただきます。一曲目、『抗争』!」


 ブルスケッタは演奏を始めた。


 男の闘争本能に火をつけるような、激しく熱いアップテンポな戦闘曲だった。 


 演奏が終わったころには、ボスは今すぐにでも他ギャングとの抗争に向かいそうなほど張り切っていた。


 ボスはブルスケッタに札束を渡し、独断でアンコールを行ってしまう。


「では、次の演奏をさせていただきます。二曲目、『前に進め』!」


 ブルスケッタは演奏を始めた。


 敵陣のまっただ中を切り裂いていくような、楽しさと熱さを兼ね備えた戦闘曲だった。


 演奏が終わったころには、ボスはうきうき気分で他ギャングのアジトに乗り込みそうなほど張り切っていた。

 

 またもやボスはブルスケッタに札束を渡し、独断でアンコールを行ってしまう。


「それでは、最後の演奏をさせていただきます。三曲目、『涙はいらない』!」


 ブルスケッタは演奏を始めた。


 大切なものを守るために自己犠牲に出る男の生き様を見届けるような、切なさと熱さを兼ね備えた曲だった。


 演奏が終わったころには、ボスは男泣きで前が見えなくなっていた。


 ボスはブルスケッタに札束を渡し、3度めのアンコールを試みた。


「これ以上はアンコールを受け入れられません」


「なぜだ」


 ボスはブルスケッタに問う。


「あなた方の魂を熱くできる曲を、これ以上持ち合わせていないからです。プロとして、ベストでない曲を提供することはできません」


「なら、その札束はチップ代わりだ。素晴らしい演奏だったから、俺の感謝の気持ちだ。遠慮せず受け取ってくれ」


「……そういう事でしたら、ありがたく」


 ブルスケッタはボスから札束を受け取ると、優雅にギャングのパーティー会場を去っていった。


 音楽に気を良くしたボスは大喜び。パーティーを大成功させた地元ギャングも大喜びだ。


 大にぎわいを見せるパーティー会場を後にしたブルスケッタ。


 道中でよった銀行に札束を預け、再び外にでると背伸びしていきさつを振り返る。


「……普通に演奏して帰っちゃったなぁ。ギャングのパーティーって聞いたから、3曲目は泣き曲にして涙目で銃を狙えなくしてやろーって思ったのに」


 警戒しすぎて拍子抜けと声色に出しながらも、ブルスケッタの表情はどこか満足げな笑顔だった。

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守銭奴ピアニストのブルスケッタ 田村サブロウ @Shuchan_KKYM

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