PVを増やしたい

千石綾子

PVを増やしたい

 PVが伸びない。

 どんなに一生懸命書いても宣伝しても、PVが伸びないのだ。


「何がいけないんだろう」


 僕は夕食のパンをちぎってシチューに浸しながらため息をついた。


「タイトルがいまいちだな」


 干し葡萄を口に放り込んで、弓使いのジルが言った。


「心外だな。良いタイトルだろ」


「『私と勇者と仲間たち』は良いタイトルとは言い難いわね」


 幼児体型の魔法使い、ラナがワインを片手に首を横に振った。

 ショックだ。良いタイトルだと思ったのに。どこがいけないんだろう。


「『部屋とYシャツと私』みたいでイマドキっぽくはないなあ」


 異世界からやって来た勇者のマサトは相変わらず言っている事が良く分からない。


「とにかくもっとPV増やしてレベル上げてくれよ。薬草代ばかりかかってちっとも装備に金がかけられないじゃないか」


 酒臭いため息を吐き出すのはおっさん剣士のバルト。毛深い手でビールをぐいっとあおった。


 僕は詩人だ。詩人っていうジョブは繊細な心で魔法を紡ぎ、パーティーのメンバーの傷を癒すのだ。そのレベルは戦闘ではなく、書いた物語が読まれた数で上がっていく。

 僕が書いた物語は冒険者の宿の書斎に並んだうちの一つだ。そこには沢山の本が並んでいる。その数ある本の中から実際に手に取ってもらうのはなかなか難しい。


 詩人の中にも色々ある。愛の詩、故郷を想う詩、王国の繁栄を詠う詩。僕の場合はリアルな戦闘を詠む。実際に僕たちが体験した冒険を物語にしているのだ。所謂ノンフィクションとかいう奴だ。


「僕らの戦いがまだ未熟すぎるんだよ。スライムを倒すだけで小一時間戦うなんて、退屈で誰も読みたくないさ」


 僕の言葉はそのまま僕の繊細な心をえぐったが、真実だ。ドラゴンとは言わないが、せめて狼や大蛇、巨大ネズミくらい倒さないとそれこそお話にならない。


「その辺はうまいこと捏造すればいいじゃないか。想像力を膨らませて、ドラゴンを狩っている話にすればいいんだよ」


 ジルはしれっと言い放つ。チビのくせに言う事はいつも偉そうだ。


「それはできない相談だ。僕はリアリティを求めているんだ。つるっと滑るスライムの肌を勇者の剣がかすめる様子をそのままに描き出したいんだよ」


 勇者のマサトがムっとした顔になる。ああ、そんな顔するな。鼻ペちゃのニキビ面がますます不細工になるぞ。


「なんだよ。それってかすり傷しか与えられてないってことじゃないか。カッコ悪い事書くなよ」


 カッコ悪いのは事実なんだから、仕方ないじゃないか。


「とにかく早いとこPV増やしてレベル上げないと、このパーティからサヨナラだからねっ」


 ラナが苛ついたように言い放った。マサトもあわせて頷く。僕は焦った。それは困る。レベルの低い僕を雇ってくれるのは、異世界からやってきて右も左も分からず仲間が欲しかったマサトくらいのものだったからだ。


「分かったよ、何か考えるから、クビだけは勘弁してくれよ」


 そう言ったものの、どうすればいいものやら。タイトルを変えるか、戦闘シーンを捏造するのか、それとも……。


 悩んだ末にタイトルと路線を変更した。読者は大事だ。読者が読んでくれなければ僕の物語は日の目も見ないし、僕のレベルも上がらないのだから。


 その日から僕のレベルは、ほんの少しずつだが上がっていった。以前はほぼゼロだった読者が増えていき、PVもそこそこ増えてきたのだ。


「やれば出来るんじゃねぇか」


 昼間っから赤ら顔のバルトが、僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「一体どんな作風にしたんだよ。見せてみろよ」


「いや、いいよ。これは仲間が読んでもPV増えないからさ」


 僕は後ろ手に本を隠した。


 ──と、その時。2匹のスライムが挟み込むように勇者に跳びかかって来た。長い金の髪をなびかせて、勇者はひらりと身をかわす。端正な横顔が不敵に笑ったかと思うと、逆手でスライムを薙ぎ払う。


 勇者の剣は僅かにスライムの表面を削ぎ落す。スライムが悲鳴を上げて間合いを取る。

 そのスライムに矢を放ったのは、銀髪で長身のエルフ、ジルだった。矢はスライムに命中。急所を外したものの、体力と攻撃力が大幅にダウン。


「あとは任せて!」


 魔法使いのラナは、魔法の杖をかざして中空に魔法陣を描く。彼女の動きと共にその豊満な胸が、スライムの如くぷるんと大きく揺れた。


 それと同時に大きな炎の渦が巻き起こり、傷ついたスライムを包み込む。断末魔が消えるその前に動いたのは、赤い巻き毛が美しい戦士、バルトだ。

 女性かと見まごう程の可憐な姿に似合わぬ長剣で、無傷のスライムに斬りかかる。


 バルトは果敢にも体当たりする勢いで、残ったスライムの急所へと剣を振るった。会心の一撃!

スライムは水風船のように弾けて溶けた。


「──くっ!」


 スライムは倒したものの、その毒を浴びた戦士バルトはそのまま倒れこむ。


「バルト!」


 すかさず駆け寄ったのは勇者だ。自らが毒におかされるのも構わずに抱き起こす。


「しっかりしろ。俺を置いて逝くな! ──愛してるんだ!」

「マサト……俺も前からお前のことが……」


 その時二人を淡い光が包んだ。艶やかな黒髪の詩人が紡いだ解毒の魔法が彼らの毒を消し去ったのだ。


「さすが俺達の詩人様だ。しびれる、憧れる──って、何だよこれ!」


 鼻ぺちゃの勇者が叫んだ。ああ、だから読むなって言ったのに!


「長身のエルフじゃなくて悪かったな」

「幼児体型の何が不満だって言うのよ!」

「俺と勇者がなんで乳繰り合わなきゃならねえんだ!」


 バルトは今にも吐きそうな顔色だ。


「だってこのパーティ、ビジュアル的に不利だったからさー。それにびーえるっていうのがウケるって以前マサトが言ってただろ!」


「近頃美形ぞろいのパーティがいるらしいっていう噂の元はこれかよ。あー、くだらない」


 勇者は僕の本『うちの美男勇者と剣士♂が恋仲のハズがない』をぽいと投げ捨てた。




               了


(お題:私と勇者と仲間たち)

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