第57話

【ピロリン♪ 条件を達成しました。

 初級火魔法『ファイヤーボール燃える球』を習得しました。

 詠唱呪文は『燃え盛れ、意思ある炎』です。

 消費MP=10。魔法攻撃力=知性×三倍】


「よし、習得した。よし、寝るぞ……」


 流石にフラフラする。

 僕の中のHP良いローションは、全て迷彩柄ボクサーパンツにとっくに使用した。

 その後は女剣士の凌辱動画を見ても、何も反応しなかった。僕は何も萌えなかった。

 風呂場で呪文を唱え続けるという孤独な戦いが始まって、そして、やっと終わった。

 時刻は午後十一時三十分を少し過ぎた辺りだった。


「フッフフフ、睡眠時間はまだまだ十分にあるぞ」


 空腹に眠気。精根尽き果てた状態だ。

 隣にトビウオ女が寝ていようと、僕のクロマグロはピクリとも反応しないだろう。

 パァタンとベッドに倒れると、毛布の中に潜り込んだ。

 毛布の中は女剣士の程良い体温で温められている状態だった。

 これならば、一分以内に眠れる自信がある。

 僕はゆっくりと目蓋を閉じると、深い眠りに落ちていった。


 ♦︎


「ねぇ……ねぇ……起きてよ……」


 ユサユサと僕の身体を誰かが揺らしている。まだ眠いし、動きたくない。

 気持ち的には、あと二時間は寝ていたい。


「ねぇ……早く……起きてよ……」

「んっ~……」


 でも、僕が自主的に起きるのを待つつもりはないようだ。

 ユサユサと身体を揺らす手は止まってくれない。


「やめろ。まだ、眠いんだ……」

「さっさと起きてよ! 家から出て行ってよ!」


 目蓋を閉じたまま、肌触りの良い毛布を頭から被った。

 このうるさい声は女剣士の声だ。だとしたら、起きる必要も、言う事を聞く必要もない。


 だけど、飴と鞭だ。あまり怒らせると、後々面倒な事になるかもしれない。

 それに街生活初日だ。今日だけは頑張って、暮らす準備をしないといけない。

 まずは仕事と食事だな。

 

「ふわぁ~ぁ……朝ご飯の準備は終わったのか?」

「する訳ないでしょう! もぉー、いいから家から出て行ってよぉー!」


 眠い目を擦って頑張って起きると、女剣士はとっくに花柄パジャマから、昨日と同じような黒革のジャケットとハーフパンツに着替えていた。

 これから外出するから、そのついでに、僕を家から追い出したいようだ。

 昨日の夜に一緒のベッドに寝てあげたのに、朝起きたら冷たい態度とか、マジで有り得ない。

 用が済んだら、ポイッかよ。冷たい女だなぁ~。


「待て、すぐに出掛ける準備をする。だから、少しだけ待っていろ」

「うっ⁉︎」


 僕はベッドから起きると、女剣士の目の前でお揃いのパジャマを脱ぎ始めた。

 その途端、サッと女剣士は僕から視線を外して、壁の方を黙って見つめ始めた。


「見てもいいんですよ。お姉さん?」と言おうかと思ったけど、僕の方が年上という事になっている。

 年上の男が若い女性を揶揄う方法を考えながら、パジャマを脱いでいく。

 パッと思い浮かんだのは、「はぁはぁ、お嬢ちゃん。大人の身体を教えてあげようか?」とヤバイ変態大人のイメージしかなかった。

 やれやれと自分に呆れながら、馬鹿な考えを強制終了させると、白シャツと黒ズボン、茶色のレインコートに素早く着替えて、女剣士に声をかけた。


「準備できたぞ。どこに出掛けるつもりなんだ?」

「えっ……また付いて来るつもりなの?」


 振り返った女剣士は、明らかに嫌そうな顔を隠してもしていない。

 

「当たり前だろう。まずは食事。それから、お前の仕事場に連れて行って、俺を雇わせろ。そこまで、やらないと付き纏い続ける。分かったな?」

「うぅっ、本当にそこまでやれば、二度と目の前に現れないんだよね?」

「約束する。二度と目の前には現れない」

「分かった。じゃあ、付いて来て。食事は安いのしか買ってあげないからね」

「フッ、安心しろ。すぐに借りた金は倍にして返してやるよ」


 当然、約束は破る為にあるものだ。

 金は返すかもしれないけど、二度と現れないというのは、ちょっと無理だ。

 女剣士と一緒に家を出ると、隣に立って、手を繋いで歩いた。

 レインコートで顔を隠した恥ずかしがり屋の彼氏という設定ならば、ギリギリ怪しく見えないはずだ。

 その証拠に街の住民達のヒソヒソ声が聞こえるだけで、誰も何も言って来ない。


「あれ、なに? 何で、彼氏の方はレインコートを着ているの?」

「そんなの決まっているでしょう! 彼氏の顔が不細工だから、人様に見られたくないのよ♪」

「あら、ヤダ! 不細工彼氏なの?」

「当たり前じゃない! 二人共、武器を持っているから冒険者カップルよ。まあ、彼女の方はまあまあ可愛いようだけど、彼氏の方は魔物に殴られて、顔面ボコボコで、鼻は潰れて、歯も所々抜け落ちているのよ。こんな風に、きっとヌボォーッとした魚人顔よ」

「やだぁ、ちょっとやめてよ、キャシー! そんな面白い顔の人間がいるはずないでしょう! あっはははは♪」


 おい、そこのババア二人組。聞こえているし、見えているぞ。

 四十代後半といった感じの茶色のお団子ヘアのポッチャリ小母さんが、僕の方を指差して笑っている。

 特に自分の鼻を人差し指で押し潰して、魚人顔にしているクソババアは万死に値する。


「おい、あのババア二人殺していいか?」


 隣の女剣士に聞いてみた。

 ゲームのルールでは、ダークエルフだとバレるまでは、街の住民は誰も殺してはいけない事になっている。

 でも、例外も必要だ。特に僕の外見を侮辱する行為は許せない。

 人を見た目で判断する奴は大嫌いだ。大事なのは心だろう!


「駄目だよ。それに顔は不細工じゃないし。気にせずに、さっさと行こう」

「んっ? ああっ、そうだな……」


 まあ、確かに僕は超絶イケメンだ。

 むしろ、僕のこの美しすぎる顔を見る事が出来ないババア二人には、同情するべきかもしれないな。

 うん、うん、そうかもしれない。


「そういえば、聞きたい事があったんだ……森で拾った、この硬貨はどのぐらいの価値があるんだ?」

 

 スロットマシーンに使われるような、大きさと硬さの鉛色の硬貨三枚を、ズボンのポケットから取り出して、女剣士に手渡した。

 ポモナ村のタンスの中から拾った物で、使う時が来るかもしれないと、ズボンの中に大事に忍び込ませていた物だ。


「何、これ? ゲームに使うようなコインみたいだけど……こんな玩具じゃあ何も買えないよ。はい」

「そうか、ガラクタだったか……」


 珍しい物でも眺めるようにコインを見た後に、女剣士はコインを使えない物として、僕に返してきた。

 残念ながら、大事に取っておいたコインはガラクタだったようだ。もう捨ててもいいかな。


「この街に住む冒険者は物々交換が基本だよ。お肉屋さんなら、魔物の肉と店の商品を交換してくれるし、植物系の魔物なら、服屋が服と交換してくれるよ」

「なるほど。つまりは偽造されやすい金属製の硬貨は使ってないのか……でも、それだと魔物を倒せない人は、商品が手に入らないんじゃないのか?」


 街の中の人間が全員冒険者という訳ではないはずだ。

 女剣士の説明だけでは辻褄が合わない。

 今の説明だと、物々交換できる品物が店によって違う事になる。

 そうなると、特定の魔物しか倒せない冒険者だと、物々交換できない物が出てきてしまう。


「そうだね。物々交換をするのは冒険者が多いと思うよ。冒険者の数はだいたい人口の二割ぐらいで、六割ぐらいは生産系やサービス業で働いているかな? 残り二割は引退したお年寄りの人達だったと思う」

「全体の二割が冒険者か。一つの職業に人口の二割なら、意外と人気と競争率が高い職業なんだな」

「まあ、そんな感じかな。冒険者以外の街の人達は、大抵は自分が働いているお店が発行している、小切手で買い物しているよ」


 そう言うと、女剣士がベルトについてある緑色の収納ボックスから、黄色に染められた紙の束を取り出して、僕に見せてきた。


「その紙切れがお金の代わりになるのか?」

「そう。これと身分証があれば、お店の商品と交換できるよ。でも、高額の商品との交換は、流石に手続きと調査を受けないといけないよ。まあ、ちょっとした物なら、すぐ交換してくれるから大丈夫だと思うけど……」


 なるほどね。紙幣のようなものだと考えればいいのか。

 ちょっと面倒なキャッシュレスだと思って慣れるしかないか。


「じゃあ、ちょっと使う見本を見せるから、あのお店屋に行くよ。サンドイッチでいいよね?」

「ああ、食べ物なら何でもいいよ」

「なっ⁉︎ むぅぅ……いい! 今度からは自分一人でやってよね。教えるのは今回だけだし、奢るのも今回だけだよ!」


 どうやら、食事を奢る行為を感謝して欲しいみたいだけど、僕は召使いにはお礼を言わない主義なんだ。

 さっさと帰って来い。


「はいはい。分かっているから、さっさと食べさせろ」

「むぅぅ……何で私がこんな目に遭わないと……」


 女剣士はぶつぶつと文句を言いながらも、揚げた肉が挟まったサンドイッチを四人分購入してくれた。

 腹が減った魔物を街の中に放置よりは、餌を与えた方が安全だと思ったのだろう。

 非常に賢い判断だ。奢ってくれなかったら、空き家を数軒物色する事になっていた。

 まあ、僕はどっちでもいいんだけどね。

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