第58話

 よく考えれば、何の肉を使っているか分からない謎のカツサンドイッチを、僕は歩きながら、ガツガツと食べてしまっていた。

 この辺の魔物の肉を使用しているのならば、多分、カエルか、イノシシのどちらかだろう。何だか、カマボコのような味だけど……。


「えっーと、イーノ。この肉は何の肉を使っているんだ?」


 女剣士の事を流石に、「お前」と呼ぶのも、そろそろヤバイ。

 冒険者ギルドに着く前に名前で呼ぶ事にした。

 同じベッドに寝た親密なお友達同士ならば、お互いの名前を呼び合うのが当然だ。


「んっ? 蜘蛛肉だよ。美味しいでしょう」

「へぇー、そう……」


 通りで鶏肉の味がしないはずだ。

 カエルの肉は鶏肉の味に近いと聞いた事がある。この肉はかにのような味がする。

 まあ、蜘蛛の肉ならいいか。流石にミミズの肉は吐き出すけど。


「ここが冒険者ギルドだよ。まずは簡単な登録をするんだけど……」

「何だ?」


 パステルグリーンの建物の前で、僕の顔を見て、何やら女剣士は心配そうな顔で考え込んでいる。

 登録するには顔を見せないといけないのなら、それは無理だ。

 顔出しNGなんだから、替え玉登録させる人間を連れて来ないといけない。


「そのぉ、簡単な登録をするんだけど、名前、年齢、性別、レベルを書かないといけなくて……普通に書けるよね? 年齢二千歳とか書かないよね?」

「そんな事か……名前はトオル、年齢は十五歳、性別は男で、レベルは15ぐらいでいいんだろう? ほら、さっさと入るぞ」

「ほっ……それなら大丈夫かも」


 何を心配しているのかと思ったら、くだらない。

 子供じゃないんだ。レベル100とか、そんな嘘を書くつもりはない。

 それどころか、全部本当の事を書いてやる。

 これで嘘を吐くなと言われても、嘘は絶対に吐いてないと、堂々と言い切れる。


「まぁ……レベル15なら、私と3つ上だからギリギリ行けるかな」

「フッ。何だ、俺よりも下か。ちなみに年齢は何歳なんだ? 知り合いなら年齢ぐらいは知っていないと怪しまれるからな」


 サラッと自然な流れで、女剣士の年齢を聞いてみた。

 この見た目で五十六歳とかだったら、女剣士から昨日吸い出したものを路上にブチ撒いてやる。


「十八だよ。トオルは私よりも年下なんだから、人前では敬語を使ってよね。怪しまれるから」

「へぇー、十八ねぇ……」


 何故だか、年上だからというだけで、女剣士が急に上から目線で言ってきた。

 相変わらず自分の立場が分かっていない。

 まあ、それはいい。十八歳なら、ほぼ女子高生と同じ年齢だ。

 予想よりは一つ下なのは良かったけど、出来れば十六か、十七ぐらいが良かった。

 それでも女子大生なら十分に合格点だな。


「さあ、覚悟を決めて入るよ」

「ああっ……」


 女剣士の後ろに続いて、冒険者ギルドの建物に入ると、すぐに白色の受付カウンターが見えてきた。

 会社のロビーにあるような四角い仕切りのカウンターの中には、ゲームの町とは違って、微笑みを浮かべる愛想の良い、二十代前半の若い女性が二人立っている。

 二人の女性は、銀行員が着るような白の長袖オーバーブラウスに、紺色の袖なしガウンと紺色のスカートを着ている。

 首元に巻いているスカーフの色だけが、グリーンとピンクの違う色だけど、何かしら意味があるのだろうか?


「すみません。この人の冒険者登録をお願いします。ちょっと顔は見せられないんですけど……極度の恥ずかしがり屋なんです。ほら、前に行きなさいよ!」

「このぉ……」


 女剣士が軽く僕の背中を押して、グイグイとカウンターに押して行く。

 人前ならば、僕がセクハラしないと思って、調子に乗っているようだ。

 だったら、人前じゃない所で、タップリと可愛がってやるしかない。


「構いませんよ。顔が良くても、仕事の出来ない屑男は沢山いますから。どうぞ、こちらに名前、年齢、性別、レベル、使える魔法などがあれば、ご記入してください」

「どうも……」


 ニコリと金色の長い髪の女性が笑って、僕に木の板とペンを差し出してきた。

 顔が良い男に酷い目に遭った過去でもあるのだろうか?

 まあ、女の過去は詮索しない方がいい。ドロドロした聞きたくない過去が沢山ありそうだ。


「えっーと……」


 木の板に取り付けられた白い紙には、変テコ文字が並んでいた。回答欄を埋めるタイプのようだ。

 異世界の文字で書かれているようだけど、文字は何となく理解できる。

 変コテ文字の上に日本語訳が浮かんで見えるし、日本語で書こうと思った事は、頭の中で変テコ文字に変換されて、自然に浮かんで来る。


「まるで韓国語みたいだな……」


 カキカキと不慣れな変テコ文字に苦戦しながらも何とか、回答欄を埋める事が出来た。

 とりあえず、魔法は基本属性の火・水・風・地を習得している事にしている。

 残りは風だけなので、あながち間違いでもないはずだ。

 優秀さはしっかりとアピールしないと、良い仕事というものは回って来ないはずだ。

 

「書き終わりました」

「はい、ちょっと確認しますね」


 木の板とペンを金髪の女性に返した。

 この金髪女性は丁寧な口調なのに、声にどことなく艶というか、色っぽさが含まれている感じがする。

 もしかすると、イケメンセンサーというものがあって、フードから見える僕のセクシーな唇に反応しているんじゃないのか?

 もぉー、勘弁してほしい。街の中で暮らすにも、お面を着けないと駄目なのかよ。


「あら? 凄いですね。十五歳で四大属性を使えるなんて、魔法使いの素質があるんですね。きっとエルフの血が多少は残っているんじゃないんですか?」

「はいぃ⁉︎ 僕はエルフじゃないですよ‼︎」


 金髪女性は凄いと褒めているようだけど、エルフの血が残っているなんて言われて、素直に喜べるはずがない。

 僕は慌てて、両手をブンブン振って、エルフじゃないと否定した。

 

「あっはははは。はい、それは分かっています。エルフは絶滅した種族ですから。でも、美形の人や魔法が得意な人は、大昔の祖先に、エルフの血が混ざっている事があるそうなんです。なので、美形の人と魔法が得意な人は総じて、浮気者の屑野朗が多いんですよ。もちろん、迷信ですけどね」

「あっ、ああっ、そういう事ですか。でも、僕の顔は隠す程に不細工なので、エルフの血は多分一滴も入ってないでしょうね」


 明らかに顔の良い男に個人的な恨みがあるみたいだけど、そういう意味なら問題なさそうだ。

 ならば、不細工だと言っておけば、好感度は上がるはずだ。そう思っていたのに、意外と違うみたいだ。


「そうですか? 顎のラインと唇は綺麗ですよ。とても不細工には……」

「いや、本当に不細工なんです! 目が腐りますよ!」

「いえ、でも……」


 金髪女性はそう言いながら、ソッーと姿勢を低くして、フードの中の僕を覗き込もうとしている。

 やっぱりお面か、鉄兜を着けないと、マズイかもしれない。

 誰かが悪戯でフードを脱がしたら、正体が一発でバレてしまう。


「失礼します! さあ、仕事を探しましょう!」

「あっ、ちょっと……」


 女剣士が無理やり、金髪女性の視界の前に割り込むと、僕の左腕を掴んで、グイグイ引っ張って行く。

 確かに、これ以上は話すのは危険だったと思う。

 あの金髪女性は隙あらば、僕の顔を覗こうとしていた。


「まったく気をつけてくださいよ! あの金髪の人は、顔の良い、細マッチョがタイプなんです。油断しているとフードを脱がそうとしますよ!」

「分かった。気をつける」

「まったく、フルフェイスの鉄兜を着けてもらわないと落ち着けないよ。はい、ここに座って仕事を見つけて!」


 僕の左腕を文句を言いながら、女剣士は引っ張って行く。

 そして、案内されたのは小さな机と椅子が並んだ場所だった。

 机は横に並べられていて、左右に十ずつ分けられている。

 二十個の机には、すでに七人の男がまばらに座っていた。


 皆んな、机に置かれている分厚いファイルをパラパラと捲っているから、このファイルの中から、やりたい仕事を見つけるようだ。


「他のファイルの内容も一緒なのか?」

「そう、どれも一緒だよ。それに一人十分しか調べる時間がないから、さっさと決めた方がいいよ」

「へぇー、そうなんだ。でも、人がいない時は制限時間は必要ないだろうに」

「そういう決まりだから仕方ないよ。即決できないような冒険者は、判断力と決断力が足りないと思われているんじゃないの? 三回連続で仕事を失敗したら、冒険者登録は取り消しになるし」

「結構厳しいな……」


 机に座って、ファイルの中身をパラパラと捲りながら、後ろに立っている女剣士に色々と質問してみる。

 どうやら依頼は内容別ではなくて、場所別に分けられているようだ。ノイジーの森の名前もあった。

 それに三回失敗したら、冒険者登録が取り消しになるのなら、求められているのは達成率とか信頼性になる。

 まあ、どの世界でも確実に仕事をやってくれる人が信用させるという訳だ。


 でも、今はお金が欲しい。せこせこと信頼と小銭を稼いでいる時間はないのだ。

 居酒屋のメニューを端から端まで注文するように、一番報酬が高かった場所の依頼を全て受ける事にした。

 

「よし、この辺にしよう。イーノ、この場所の依頼を全て受けるぞ」

「えっ……本気?」

「もちろんだ」

「だって、十二個以上もあるよ。失敗したら、一発で登録抹消だよ」

「フッ。舐めるなよ。俺を誰だと思っている? 最強さんだぞ♪」

「……」


 僕は椅子からスッーと立ち上がると、レインコートをバッーとカッコよく広げて、中の白シャツを見せた。

 女剣士はポカーンとしているから、きっと異世界での斎藤さんの知名度はゼロだ。頑張れ、斎藤さん。

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