第55話

 順調にワイルドボア、虎蜂二匹目と、友達を増やしながら、僕はノイジーの森を抜け出した。

 あとは夜の街道を進んだ先にある、『ペールラブ』の街に到着するだけだ。


 街の名前の由来は、淡い恋という意味で、街の建物の壁はパステルカラーのブルー、イエロー、オレンジ、ピンク、グリーンに塗られているらしい。

 ペールラブの街が、まだまだ小さな村だった頃の、初々しい気持ちを忘れないようにという思いで、建物の壁の色が薄い色で統一されているとの事だ。

 僕としては、変態キノコ村の進化版の気配しかしないので、そこまで期待していない。


「そろそろ、頭を隠す物が必要なんだけど……」


 前方には街の灯りが見えてきた。

 街の出入り口は東西に一ヶ所ずつあり、茶色い煉瓦造りの大きなアーチ門があるそうだ。

 女剣士の話では検問というものはないらしいけど、街中に明らかに怪しい人物がいれば、街の警備兵がやって来るらしい。

 つまりは最初の街と同じで、住民達に追い回されたあげく、捕まってしまえば、盾と警棒を持った警備兵に袋叩きに遭うという事だ。


「とりあえず、これでいいか」


 女剣士が持っていた収納ボックス緑から、フードの付いた、茶色の革製レインコートを取り出した。

 フードをしっかりと被っていれば、尖った耳は見えないだろう。


 問題は肌の色だ。ポモナ村には結構日焼けした人間はいたけど、何故だか村娘は、僕を一目見ただけでダークエルフだと騒ぎ出した。

 耳は髪を膨らませて見えにくいようにしていたから、あの時、僕がダークエルフだと見破られた原因は肌の色しかない。


「どうだ? これで普通の人間にしか見えないだろう?」


 前を歩いている女剣士に聞いてみた。

 茶色の革製レインコートをしっかりと被ったので、俯いて歩けば、もうほとんど顔は見えていないような状態だ。これならば、絶対にバレる事はない。


「……うん。でも、不審者に見えるから捕まると思うよ」

「なるほど……そう来たか」


 振り返った女剣士は冷静に上から下まで僕を観察した後に、そう言った。

 確かに不審人物だ。僕も街中でレインコートマンを見つけたら、市民の義務として、警察に通報する。


「じゃあ、どうすればいい? どうせ、肌の色と耳で僕がダークエルフだと分かるんだろう?」

「それもあるけど、一番は髪の色と身体から発する気配だと思う。何だか、見ているだけでゾワゾワと鳥肌が立つというか、まるで、喋るゴキブリとかムカデを見ているような、そんな気持ちになるんです」

「へぇー……」


 なるほど。確かに薄紫色の髪は珍しい。

 ポモナ村には日焼けした村人が沢山いたのに、僕がダークエルフだとバレたのは、髪の色の所為かもしれない。

 まあ、単純に村の人口が少ないから、知らない人間がいたら、すぐにバレただけかもしれないけど……。

 でも、今は髪の問題は放っておいていい。

 何やら、女剣士が僕の悪口を言っていたような気がする。


「まさかとは思うけど、髪の色以外は個人的な感想じゃないだろうな?」

「ええっ⁉︎ 違います違います! そんな事、一度も思った事ありませんから!」

「ちっ……」


 どう見ても、女剣士は図星を突かれて動揺している。目が泳ぎまくっている。

 明らかに自分が思っている事を、正直に言ってしまったんだ。

 あとでしっかりと鞭で罰を与えないといけない。

 この女は何度調教しても、僕の恐ろしさが分からないようだ。


 いや、待てよ?

 気持ち良い調教をしているから反省せずに、また身体が調教を欲しがっているんじゃないのか?

 おいおい、それだと、毎日何回調教すればいいんだよ。僕の身体が持たないぞ!


「とりあえず、街中では不審者に見られないように、お前が俺の隣にベッタリくっ付いていれば問題ない。裸の付き合いをしたんだ。恋人同士の演技ぐらいは出来るよな?」

「はうっ、うぅっ……」


 とりあえず、ド変態女の調教問題は後回しにしないといけない。

 まずは街中じゃないけど、僕は恋人同士の演技を開始した。

 お尻を撫で回されて、女剣士は嫌がっている演技をしているけど、本心は分かっている。

 でも、僕はもうお腹が空いているから、夜の調教をするつもりはない。

 食事を済ませたら、さっさと寝るつもりだ。まったく勘弁してほしいよ。


 ♦︎


 高さ四十メートルはある、茶色の大きなアーチ門を抜けた先にあるペールラブの街は、女剣士に聞いた通りのパステルカラーの街並みだった。

 街の建物は二階建てが多く、巨大な三角屋根からは小さな煙突が三、四本突き出している。


 街に住む男達は黒と茶の短髪が多く、顎髭を生やしてのが半分、剃っているのが半分といった感じだ。

 女達は逆に長い髪が多く、髪の色は黒が少なく、茶と金が多かった。

 住民達の性格は、街と同じように明るくて陽気な感じがする。

 顔立ちは気の良い二十代前半のお兄さん、お姉さん顔が多い。

 僕としては、もうちょっとロリ顔が欲しいところだった。

 

「はうっ~~、どこまでついて来るんですか?」

「はぁっ⁉︎ お前の家に泊まるに決まっているだろう!」

「えっ~~~⁉︎」


 ペールラブの街に入ってから、しばらく経った頃に、女剣士が信じられない事を聞いてきた。

 今の僕は金無し状態だ。宿屋に泊まるお金も無ければ、食事をするお金も無い。

 ポモナ村のタンスの引き出しから、変な鉛色の硬貨を数枚盗んで来たけど、あの貧乏村の端金で泊まれる宿屋なんてない。

 じゃあ、何処に泊まるかというと、知り合いの家を頼るしかない。

 つまりはお前だ。


「無理無理無理です‼︎ 絶対に無理です‼︎」

「安心しろ。金が無いから宿屋に泊まれないだけだ。今日一日だけで、明日からは宿屋に泊まる」

「じゃあ、宿屋代払います! それでいいでしょう!」


 明らかに女剣士は僕を泊めたくないと必死だけど、これは、お金の問題じゃない。男と女の問題だ。

 僕が泊まりたいから、泊まるんだ。お前に拒否権はない。


「駄目だ。絶対に泊まる。ついでに手料理も食べさせてもらう」

「嫌です! 絶対に嫌です!」

「大丈夫だ。何もしないし、家族にはバレないようにする。まあ、バレた時はバレた時だ……さあ、家に連れて行け。十分以内に案内するんだぞ。出来なかったら、分かっているな?」

「でも、えっ、嘘……」


 かなり狼狽えている。もしかすると、結婚していて、子供がいるんじゃないのか? 

 いや、年齢的には彼氏か。彼氏と同棲しているんじゃないのか?

 だとしたら、彼氏を始末して、俺が新しい彼氏になるしかない。

 人の女に手を出した事を後悔させてやる。


「分かった。同棲中の元彼と別れる時間を五分だけやる。五分経過したら、俺が力尽くで別れさせてやる。これで文句ないな?」

「へぇっ? 彼氏なんていませんよ」


 別れる時間を与えるなんて、僕も甘くなったと思っていたら、彼氏はいないそうだ。


「んっ? じゃあ、家族が口煩いのか。安心しろ。脅す人数が一人から、五人ぐらいに増えても問題ない」

「いえ、私、一人暮らしです」

「……」


 だったら、何が問題だ? 

 一人暮らし、彼氏無し、この状況で僕を家に泊めない理由は何だ?

 分かった。物凄く汚い部屋なんだな。

 家賃五千円ぐらいで、トイレも風呂も無いような狭くて汚い部屋なんだ。

 恥ずかしくて、誰にも見せられないような部屋なんだ。


 ああっ、なるほどね。確かにそれは女子として恥ずかしい。

 でも、僕の目当ては部屋じゃない。勘違いするな。

 壁があって、屋根があって、外から見えないなら、それで何も問題ない。


「俺を泊めるのが、嫌なのは分かった。けれども、自分の立場が分かっていないようだな。俺はお願いしているんじゃない。さっさと家に案内しろと言っているんだ。残り七分だ。七分過ぎたら、一分毎に街の住民を殺して魔物の餌にしてやる。泊めるのと、殺されるの、本当に嫌な方を選べ」

「あわわわわわっ~~~‼︎ どうしよう、どうしよう⁉︎」


 女剣士はかなりパニック状態だ。どちらにしようか迷っている。

 でも、街の住民を犠牲にしてまで、家に泊めたくないと思う方がおかしい。

 こんなの考えるまでもない事だ。さっさと泊めろよ。


「あと五分だ。殺すなら、男だな。男なら、子供から老人まで容赦なく、殺れる。可哀想に、どこかの酷い女が、俺を家に泊めないから殺されるなんてなぁ~」


 決断力のない女剣士は、一人では決められないようだ。

 僕は助けるつもりで、チクチクと口撃した。これで泊めないと言える薄情な人間は、まずいない。


「うっ! うぅっ、分かりました。家に案内します。でも、本当に一日だけですよ」

「当たり前だろう。俺は約束を守る。今日一晩だけだ」

「分かりました。こっちです。絶対に変な事もしないでくださいよ」

「当たり前だろう。俺を誰だと思っているんだ。人間の小娘に興味はない。疲れているんだ。さっさと寝かせろ」

「はい……」


 乳白色の石畳の路を進みながら、女剣士は何度も振り返っては、僕に聞いてくる。

 振り返っては聞いて、またトボトボと女剣士は僕の前を項垂れた状態で歩いていく。

 そんなにハッキリと『嫌々案内していますよ』、とアピールしなくてもいいはずだ。

 その姿を見せて、僕のハートを罪悪感でチクチクと攻撃しているつもりなんだろうけど、僕のハートは女子部屋に行ける喜びでいっぱいだ。

 

「はぁー、ここです。あんまり大きな声を出さないでくださいね」

「ああ、分かっている……」


 ようやく到着したようだ。

 女剣士はため息は吐きながら、右手をオレンジ色の建物に向けた。

 目の前には二階建ての大きな建物が建っている。

 どうやら、アパートのような所に住んでいるようだ。

 早速、お宅を拝見させてもらう事にしよう。

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