第24話

「死ねばいいのよ! あんたなんて死ねばいいのよ‼︎」

「ちょ、ちょっと⁉︎ カリナさん! 殺さないように言ったじゃないですか!」


 やっと気づいたようだ。役立たずの見張りが慌ててやって来た。

 僕はこのまま頭を押さえて、痛がっているフリをする事に決めた。

 フリと言っても、実際に物凄く痛いけど……。


「あぐぐぐぐぅっ⁉︎」

「コイツを殺したら、本当にハムザもデールも無駄死にですよ! 今日はもういいでしょう! 明日、また来てください!」


 絶対に殺さないと約束させてから入れたようだけど、無駄だったようだ。

 息子を殺した犯人を目の前にして、冷静になれって言う方がおかしい。

 そして、明日は出来れば来ないでください。

 ダークエルフを撲殺するのは完全予約制です。

 二百年先まで予約で埋まっています。


「何で、殺さないのよ! エイダン! あんたはコイツの味方なの! コイツが殺したのよ! コイツが、コイツが」

「——いいから、今日は帰ってください!」

「カリナ、明日来よう。明日も明後日も来ればいいじゃないか。あいつはどこにも逃げられない。今日はデールの側にいよう」

「うぅっ、うわああぁぁぁ~~~‼︎」


 これだけ小母さんが大声で泣き叫んでいるのに、サリオスはやって来ない。

 見張りはサリオスの仲間三人のうちの、エイダンと呼ばれる男だけみたいだ。

 まあ、夜だし、手枷と足枷を付けて、どこに逃げても神フォンで追える。

 二十四時間、三人でずっと見張っている必要は確かにない。


 それに五人の仲間が三人に減ったんだ。

 単純に一人八時間の見張りでも、結構な重労働になる。

 村人と仲間の不満を抑える為に、見張りは本当に最小人数しか置いてないんだろう。

 つまりは今のポモナ村は、僕を生かしておく派と殺す派に分かれている状態だ。

 そして、圧倒的に殺す派が多いと思う。


「あぐぅぅぅ~~⁉︎」

「まったく……ほら、さっさと飯を食べて寝ろ」


 なんとか四人を追い返したようだ。疲れた様子のエイダンが戻ってきた。

 そして、まだまだ絶賛苦しみ中の僕の目の前に、リンゴ一個と回復アイテム一本を置くと、建物から出て行った。

 

「うぐぐっっ……二つとも足りないだろう」


 チラッと見て、エイダンが戻って来ないのを確認してから、僕は苦しむフリをやめて起き上がった。

 リンゴ一個で腹は膨れないし、回復アイテム一本じゃ、HPは満タンまで回復しない。

 それでも、ガブガブ、グビグビと食べて飲んだ。無いよりは有る方がやっぱりいい。


「さて、修行の再開だ」


 ゆっくりと立ち上がると、魔法の修行を再開した。

 小母さんにカチ割られた頭はまだズキズキと痛む。

 回復アイテムをHPの最大まで飲めば、傷口は完全に塞がる。

 中途半端な回復では、痛みを取る事さえ出来ない。

 両足の足首がヒリヒリとまだまだ痛む。


「♪キュゥキュルルゥ♪  ♪キュゥキュルルゥ♪」


 クルッ、パァ! クルッ、パァ!

 そもそも、冷静になって考えたら、僕が殴られる意味が分からない。

 僕は村に入っただけなのに、村人総出で追い回された。

 しかも、リンゴと桃で僕を先に攻撃してきたのは村の子供だ。

 日本ならば謝るのは、村人達の方だ。


 それなのに、剣で攻撃されたり、石を投げられたり、三人がかりでリンチされたり、最後にババアに木の棒で頭をカチ割られた。

 明らかに監禁と集団暴行だ。僕、無罪。そっち、有罪だ。


 まあ、僕がダークエルフで、この世界ではゴブリン扱いなのは分かっている。

 日本の感覚で考えれば、熊や猪が町に侵入してきたようなものだ。

 被害が出る前に、鉄砲で撃って駆除しようとするのは当たり前だ。

 でも、僕の方から見たら、何も悪い事をしてないのに、一方的に悪者にされて酷い目に遭わされているだけだ。

 しかも、最悪なのは、僕自身も自分が悪いと思っている事だ。


 えっ、えっ⁉︎ 僕は悪い事してないよね?

 殺されそうになったから、抵抗して、村の人間が二人死んだんだ。

 よくよく考えたら、正当防衛だ。

 村の男五人が剣を持って、襲いかかってきたから、身を守る為に攻撃しただけだ。

 親ならば、息子が人を殺そうとして、逆に返り討ちにあって、殺されたとしても、謝るのが先のはずだ。

 ババアが木の棒で頭をカチ割るなんて、息子と同じで正気じゃない。


「ハァ、ハァ……疲れた。全然魔法が習得できない。やっぱり、『♪キュゥキュルルゥ♪』が違うと思う」


 怒りのエネルギーも使って、呪文を唱えた回数は千回を超えたと思う。いや、超えていると思いたい。

 そもそも、「キュゥキュルルゥ」は日本語では何と言っているのか分からない。

 そもそも、「キュゥキュルルゥ」を千回言えば、魔法が習得できるのだろうか?

 そもそも、何で女神様は助けに来ない!

 ねぇ! どうして来ないの……ねぇ!


「あと百回ぐらいやったら寝よう」


 せめて、助けなくていいから、女神様にはキュゥキュルルゥを日本語に訳して欲しい。

 そのぐらいはやってくれてもいいはずだ。

 まあ、文句を言っても来ないのは知っている。

 僕に出来る事は、絶望の中で希望の呪文『♪キュゥキュルルゥ♪』を唱え続ける事だけだ。

 例え無駄だと分かっていたとしてもだ。


「♪キュゥキュルルゥ♪」

 

【ピロリン♪ 条件を達成しました。

 初級水魔法『アクアロアー水の咆哮』を習得しました。

 詠唱呪文は『叫べ、水の咆哮ほうこう』です。

 消費MP=10。魔法攻撃力=知性×三倍】


「うわぁ⁉︎ ……はいぃ~~?」


 軽快な音が頭の中に聞こえたと思ったら、目の前に見慣れた透明な画面が浮かび上がった。

 初級水魔法? アクアロアー? 詠唱呪文? 叫べ、水の咆哮? 

 ちょっと何が書かれているのか、一瞬分からなかった。

 いや、予想したものが予想通りにやって来ただけだ。

 でも、ちょっと待って欲しい。僕にも心の準備が必要だ。


「さて、どうする? 戦う力は手に入ったけど……」


 僕のMPは156、知性は181だ。

 十五発の魔法の弾丸を手に入れたかもしれないけど、それだけだ。


 見張り三人のレベルは分からないけど、リンチされながらも、一発の攻撃で減少したHP量は覚えている。

 奴らの腕力は大体78前後だ。防御力のある服越しでも、頭部でも、僕は本気で五発殴られたら死亡だ。

 しかも、今はHPが減少している状態で、残りHP700ちょっとしかない。

 今なら三発殴られたら、殺されてしまう。


「多分、アクアロアー二発で見張りのエイダンは倒せる。いや、死ぬんだ。HPが0になったら死ぬんだから」


 村から逃げるには、何人か殺さないといけない。

 まずは足枷を外す為に、足枷の鍵を持つ見張りを殺さないと駄目だ。

 最低でも一人は殺さないと逃げ切れない。でも、問題がある。

 村の出入り口に見張りが多数いれば、また包囲網に捕まってしまう。

 神フォンが無ければ、どこに何人いるか分からない。


 今すぐに見張りを襲って、闇夜に紛れても、簡単に逃げられると思わない方がいい。

 僕が逃げようとしているのは、村人達ではない。

 三年も魔物しかいない異世界で生き延びたサリオスだ。

 見張りをたった一人置いているだけとは思えない。


 多分、神フォンのマップを開いた状態で、別の場所から何人かが交替で、二十四時間監視しているはずだ。

 建物から青色が出た場合や見張りの桃色が消えた場合は、即座に警報が鳴らされるはずだ。

 そう思った方がいい。


「やっぱり殺るなら、ボス一人を狙った方が確実か」


 不意打ちで倒すなら、見張りの雑魚よりもサリオスを狙った方がいい。

 神フォンを取り返しつつ、目的も達成できる。

 まあ、その後は村人三百人との戦闘は避けられないけど……。


「いやいや! 神フォンを取り返せれば、HP回復アイテムもMP回復アイテムも補充できる。籠城して長期戦も可能だ!」


 戦うのも、逃げるのも、どっちも命懸けだ。

 逃げたとしても追われるのは分かっている。

 結局は倒さないと永遠に追われ続ける事になる。

 今日はもう寝よう。明日、サリオスと決着をつけてやる。

 たった三発だ。三発の水魔法を打つければ倒せるんだから。

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