第22話
「トオル、お前ならばそう言ってくれると信じていたよ」
「いえいえ、同じ転生者同士助け合うのは当然です。それで僕は何をすればいいんですか?」
逆らえば殺されるのは分かっている。
ついでに機嫌を損ねても、殺されるのは分かっている。
ようするに、命令する人が女神様から、サリオスに変わった程度の違いしかない。
言われた事、命令された事を、「はいはい」と素直に聞いていればいいだけだ。
「なに、簡単な事だ。トオルには私の力をこの世界に広く伝える為の広告塔になってもらおうと思っている」
「広告塔? それって具体的にはどういう事をすればいいんですか?」
わざわざ聞かなくても、本当はもう分かっている。
広告といえば、テレビCMやスマホで調べものをしている時に見える、ゲームや美容グッズの紹介動画みたいなものだ。
つまりはこの俺様の美しい容姿を利用して、女の子達の人気を得たいという訳だ。
まあ、その気持ちは分からなくはない。
ダークエルフへの偏見と差別がなくなれば、この容姿端麗、頭脳明晰な俺様を世界が放っておくはずがない。
しょうがない。未来のスーパースターになる虹色に光る原石を、磨かせてあげよう。
ちょっとだけだぞ。
「具体的にか……そうだな。まずは見窄らし服を着てもらおう。首輪に手枷、足枷も必要だな。当然、身体には生傷が多少は必要だと思う。骨折は手と足に一つは欲しいが……トオルは手と足、どっちがいい?」
「ちょ、ちょ、ちょっーーーと待てくださいよぉ!」
僕は慌てて、サリオスの具体的な話をやめさせた。
どう考えて、酷い扱いを受けている惨めな奴隷の姿しか想像できなかった。
虐げられている奴隷の演技だと分かっているけど、まずは一人で決めずに、キチンと二人で話し合いをするべきだ。
「どうした、トオル? 何か足りないところでもあったか?」
そんな訳ねぇだろうが馬鹿野郎! 足りないどころか、足り過ぎだ!
こっちは意見がある訳じゃない。どちらかといえば苦情を言いたいんだ。
でも、それは言えない。言ったら殺されるからだ。
まずは落ち着いて話をする為に、僕は、「スゥ~ハァ~」と深呼吸で、高ぶった気持ちを一旦リセットさせた。
「足りないというより、明らかに暴行されている奴隷の姿にしか見えないんですけど」
「何だ、そんな事か。当たり前だろう。強いダークエルフを倒した勇者サリオス。そして、弱過ぎるダークエルフは殺す価値もないと、私はトオルを奴隷にしたんだ。その設定では駄目なのか?」
「いえ、駄目ではないと思いますけど、ほら、暴行されていたら、力でねじ伏せた感じに見えませんか? 綺麗な服を着せて、仲間の一人として迎えませんか? ほら、そうした方が力だけでなく、心の優しさもアピール出来ますよ」
「はぁっ? 優しさだと?」
でも、これがマズかったようだ。
サリオスの纏う雰囲気がピリピリしたものに変わっていく。
どうやら、僕は地雷を踏んでしまったようだ。
サリオスの表情から笑みが消えて、抑え切れない殺気が溢れて室内を満たしていく。
「巫山戯るな‼︎」
「ひいい⁉︎」
バキィ! と床板が割れて、スッポリとサリオスの右肘までが床下に消えてしまった。
サリオスは座ったまま、怒り任せに右拳で床板を打ち抜いた。
「優しさは敵をつけ上がらせるだけだ! 殺されないと分かれば、途端に反抗的になる。綺麗な服だと? そんな物を着せて、大事にしてどうする! 恐怖だ! 恐怖が人と魔物を安全に支配できる唯一の手段だ! 違うか!」
「はい! その通りです!」
ズルズルと床下から右腕を引き出しながら、サリオスは自分の経験論を語ってくる。
これは非常にマズイ。
僕は素早く立ち上がると、サリオスに向かって、右手をビシッと額に当てて、警察官のように敬礼した。
良かれと思った提案も、聞く耳を最初から持っていない相手には無意味だ。
むしろ、不愉快にさせるだけでしかない。
僕に許される言葉は、「はい」と「はい」しかないと思うしかない。
それによく考えたら、サリオスは武技の効果で殴る攻撃力が二倍に跳ね上がっている。
腕力228ならば、HPダメージは1368になる。
一発で僕を即死させる威力を持っている。
カァッー‼︎ と怒らせた瞬間に間違って殴られれば、僕は死んでしまう。
目の前にちょっとした事で爆発する危険物があったら、落ち着いて生活なんて出来ない。
やっぱり逃げ出さないとマズい気がしてきた。いや、もう絶対に逃げる!
「ハァ、ハァ……すまない。座ってくれ」
「は、はぁ……」
サリオスは少しは落ち着きを取り戻したようだ。
敬礼ポーズのまま待機していると、静かな声で座るように言ってきた。
いじめの前科もあるし、自殺しているし、感情的に行動する相手は少し怖い。
そもそも、自殺した理由は何だったのだろうか? いじめている方が自殺するって変だよね。
おデブ優等生の金持ちの親にいじめがバレて、社会的に抹殺されそうになったとかか?
「ふぅー……驚かせてしまって、すまない。私がいた異世界にも、人語が話せる魔物達の村や町は少なからず、あったのだよ。でも、どんなに友好的な関係を結ぼうとしても、結局は裏切られた。トオルも覚えておいた方がいい。優しさが通用する世界は日本も含めて、どこにもない。分かったな?」
「はい、分かりました。腕でも足でも好きな方を折ってください!」
その裏切った魔物達がどうなったのか聞きたいけど、サリオスが生きてる時点で答えは決まっている。
裏切れば死だ。
「はっはははは! やる気があるのは嬉しいけど、折るのは、まだまだ先だ。大勢の人が見ている前で折らないと効果的ではないだろう?」
「あっちゃー、そうですよね。僕としたことが先走っちゃいました」
「問題ない。では、具体的な話はまた今度にしよう。すぐに手枷と足枷を持ってくる。大人しくしているんだぞ」
「はい。待ってまぁ~す♪」
「はっはははは! おかしな奴だ」
どうやら機嫌は良くなったようだ。
僕は建物の出口から出て行く、サリオスを最後まで笑顔で見送った。
「……あいつ、やべぇぞぉ」
骨を折る事は決定事項のようだ。
それに多分、話していた事は全部これからやるつもりだ。
もしかして、この村を拠点に異世界征服とか考えているなら、かなりの馬鹿だ。
馬鹿は死んでも治らないと言うけど、前世の記憶を持ち越した転生は、死んだ事にはならないらしい。
確かに女神様の言う通り、悪い転生者だとは思う。
倒した方が被害者は少なくなると思う。
でも、武器も友達もいないのに勝てる相手じゃない。
「おい、手枷と足枷を持ってきたぞ。鍵は俺が持っている。良い子にしてないと海に投げ捨てるからな」
「……」
脱出方法を考えていたら、村人戦士三人が鎖の付いた鉄球二個と、二つの穴が空いた木製の分厚い板を持ってきた。
手枷が木製で、足枷が鉄製なのか。手枷が鉄製で、足枷が木製なのだろうか?
「おい、返事をしろよぉー!」
「ごっふぅぅっ⁉︎」
ボグッ‼︎ サリオスはペットの躾が出来てないようだ。
考えごとをしていたら、左拳が僕の右頬に飛んできた。
無抵抗な相手を殴るなんて、捕虜の扱い方も知らないらしい。
ああっ、でも、そうか。
僕は人間じゃないから捕虜には入らないのか。
だったら殴られても仕方ない。好きなだけ殴ればいい。
サリオスに怒られるのは僕じゃない。お前達だ。
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