第2話
「んんっ……んっ? ハッ!」
街の喧騒、人の気配、冷たい石の地面の感触。
意識を取り戻した僕は急いで飛び起きた。
どこも痛くはない。階段から転げ落ちたのは覚えている。
身体が痛くないなら、それはつまりそういう事だ。
「おおっ! おおっ~! 凄い凄い! お腹が凹んでいるし、背も高くなっている! 肌は小麦色だからダークエルフみたいだけど、こっちの方がミステリアスな危険な男の色気が半端ない! よっしゃー! 一生モテ期の始まりだい!」
建物のガラスに映る顔はまさに褐色の美少年だった。僕は大いに喜んだ。
エメラルドグリーンの瞳に、特徴的な先端が尖ったエルフ耳、光沢のある薄紫色のサラサラした髪は肩まで届いている。
身長は百七十センチ以上、体重は五十二、三キロぐらいはありそうだ。
とにかく身体が軽くて、目も耳も良く見えるし、良く聞こえる。
もしかすると、この身体なら百メートル七秒台とか出せるかもしれない。
「うーん? どっちらかというと、女っぽい美少年顔だと、年上女性に好かれそうなんだよなぁ~。もうちょっとクールなちょい悪顔の方が、十代の女子が、『今日はめちゃくちゃにしてください』とか言いそうなのに……」
ちょっとだけ今の顔に不満はあるけど、歳を取れば、そのうちにクールなちょい悪顔になるはずだ。
それまでは年上のお姉さん達の玩具になるのもアリよりのアリだ。
とりあえず軽く街を歩いてみよう。
僕、まだ未成年なのに困っちゃうなぁ~。まあ、異世界なら平気かな?
「でも、迂闊に動かない方がいい。まずはここから街を観察しないと……」
現在、僕がいるのは街の建物と建物の間の隙間のような場所だ。
人一人がやっと通れる狭い路地裏といった感じで、四方八方にある建物の隙間から街の様子が良く見える。
誰にも見られないような場所に天使の少女が転生させてくれたんだろう。
ここから見える街中を歩く人の髪の色は黒や茶が多く、金髪は少ない。
顔は西洋人よりも東洋人に近いので、僕としては親近感がある。
街の中には、エルフやダークエルフっぽい人はいないので、この街に住んでいるのは人間だけのようだ。
「車は無さそうだけど、多分、中世の街レベルの品物ぐらいはあると思う。でも、買うにも、お金が無いんだよな。この世界には、どんな仕事があるんだろう?」
街の人達の服装は、男も女も海賊が着るような、白い長袖シャツに、赤や青、緑や黄色のブカっとしたズボンを履いている人が多い。
男はスネ辺りまで、女は膝よりも少し下が一般的なズボンの長さのようだ。
建物の窓にはガラスが使われていて、木造の骨組みに硬い白土が塗り込まれている。
街の文明レベルは十七世紀以上で、治安は良いと思う。
路上にゴミは落ちていないし、着ている服も汚れていない。
聞こえる言語は日本語で、暮らすには問題ないけど、お金が無い。仕事をする必要がある。
今、僕が着ている服は、街の人達が着ている服と同じような物で、白の長袖シャツに黒ズボン、靴は焦げ茶色の足首革ブーツを履いている。
でも、それ以外の持ち物は持っていない。この美しすぎる容姿以外は……。
「ふっ♪ それだけあれば十分という事か。ならば行こう!」
右手を頭、左手を股間に置いて悩ましげなセクシーポーズを決めると、ガラス窓に映る僕、いや、俺様を見た。
美しすぎる。もう誰にも、ひでぶぅとは言わせない。
今の俺様ならば、学校の女教師から女生徒、通学中に出会った幼児から美魔女まで、そのハートを根こそぎ鷲掴みに出来る。
それだけ、ガラス窓に映る今日の俺様はセクシーだ。
「さあ、記念すべき異世界デビューだ」
チュッ♡ ガラス窓に映る美しい俺様とキスの練習をした。
次は街に溢れる子猫ちゃん達との本番が待っている。
お城をお忍びで抜け出して来たプリンスのような気分で、俺様は暗い路地裏から光溢れる街中に飛び出した。
「えっ、えっ、嘘⁉︎ なんで、嘘よ……きゃああああッッッ‼︎」
たった三秒……ちぇっ。やれやれ、もう子猫ちゃんに見つかっちまったぜ。
鼓膜を突き破るような女子の大絶叫がすぐに聞こえてきた。
これだから俺様は城から出たくなかったんだよ。
「おい! ダークエルフが現れたぞ!」
「誰か街の警備兵を急いで呼べ!」
「女子供は家に隠れていろ!」
「きゃああああっ! いやぁッッッ! まだ死にたくないッッッ!」
「……えっ?」
街の住民達が悲鳴を上げながら建物の中に逃げ込んで行く。
僕はなぜか屈強な身体をガクブルさせて、ファイティングポーズを取る男六人に囲まれてしまった。
『プルルルル♪ プルルルル♪ 女神様からの電話だよ♪ プルルルル♪ プルルルル♪ 女神様からの電話だよ♪』
突然頭の中に天使の少女の可愛らしい声が聞こえて来た。
でも、今は電話で話している余裕はない。それに通話ボタンが見つかりません。
「まだダークエルフが生き残っていやがったのか! 俺達の街を絶対に破壊させないからな!」
「ダークエルフは首だけでも生きられるらしいぞ。徹底的に叩き潰してやる!」
「一言でも喋らせたら魔法が飛んで来る。一気に殺さないと、一気に殺さないと」
「⁉︎」
僕を囲む六人から凄い殺意を感じる。
話し合いをしようと「あ」の一言でも喋ろうとしたら、六人全員が絶対に襲い掛かって来る。
そうだ! ジェスチャーなら……駄目だ! ジェスチャーは何かやりそうな動きにしか見えない。
『ガチャン……あっ、もしもし? 私、女神のルミエルだよ。ごめんね。間違ってダークエルフを敵対視している街に送っちゃった。まだ街の人に見つかっていないなら、急いで街の外に逃げてね。殺されるから。じゃあ。ガチャン。ツゥツゥツゥ』
「⁉︎」
通話ボタンを押してないのに、天使の少女が一方的に話して、一方的に電話を切った。
ハァ、ハァ、ハァ、この状況どうすればいいんですか? もう見つかっちゃいましたけど……。
六人の男は睨むだけで自分達から積極的に動こうとはしない。ツゥーッと嫌な汗が額から流れ落ちて来る。
おそらく警備兵とは警察官のような人達の事だ。その人達が来るまで僕を見張るか牽制したいだけだ。
剣か槍か知らないけど、武器を持った人達がやって来たら逃げられない。逃げるなら、今しかない!
「シャアアッ!」
「ええっ⁉︎ おい、ダークエルフが逃げたぞ!」
「逃すんじゃない!」
「追え追え! 殺せ殺せ!」
全速力で路地裏に飛び込んで、狭い道を疾走する。
捕まったら殺されるなら全力で逃げないと駄目だ。
僕のあとを男達が追いかけて来るけど、ジョギングでペース配分は分かっている。
それに身体が風のように軽い。これなら行ける。
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