俺の冒険の果てに熱いお茶を。

@ns_ky_20151225

俺の冒険の果てに熱いお茶を。

 黒龍には攻撃魔法は効かない。巣とそこへの行き方とともに、老賢人はそう教えてくれた。

 しかし確かめずにはおられなかった。私の修行の成果、轟雷ならば通るかもしれない。これは並の攻撃魔法ではない。雷系統の最上級の術をさらに超える秘術だ。


 だが、電光が散ってしまっても、磨き上げた金属のようなうろこに傷ひとつつけられなかった。


 私は胸の前で指を動かし、宙に逆の星を描いた。魔法を白に切り替える。ならば防御や回復といった補助役に徹するしかあるまい。


 戦士が前に出た。黒龍はこちらをにらんで息をためている。間に合わせてみせる。


 氷の加護を我ら二人に付与し終えたと同時に黒龍の火炎が押し寄せてきた。間にあったらしく熱は平気だったが、勢いに押されないようにこらえているだけで体力を消耗する。炎に包まれながら回復の呪文を唱え、戦士の剣に鋭利のまじないをかけた。

 炎の息が途切れた瞬間、彼女は光を帯びた刃を見てこちらにうなずくと、まっすぐ黒龍に向かい、首の付け根を深々と刺した。


 叫びは天地を揺るがすがごとく轟き、雲を突き抜け空を汚した。だが、それが黒龍の最後だった。もはや悪がこのあたり一帯にはびこることはない。本当の平安が訪れたのだ。

 我ら二人は満足げに微笑むと、周囲を見回した。黒龍の蓄えた宝で地面や壁が見えない。

 被害を受けた人々に配った後、領地と城を手に入れてもなお余るだろう。


 財宝をうっとりと見たその目つきのまま、戦士は兜を外し、私の肩に手を回す。彼女はいつもそうだ。闘いが人間だれしもが持つある種の欲に火をつけるらしい。もしかしたら黒龍よりも手ごわいかもしれないぞ、と私は帯をゆるめながら近づいてくる彼女の唇に応え……、


「おい、やめろ。またこの展開か」

 彼女はあきれたように俺をこづく。

「受けるんだよ。この手の描写は」頭をかいて言う。

「だからと言って毎回はいけないだろう。小さい子だって読んでるんだぞ」

「でも受けなかったら元も子もない。みんな嘘話になっちまう。あんなに苦労した冒険がただの物語になるんだ。堪えられないよ」


 俺たちは物語の冒険を始めてだいぶんになる。両手では数えきれないくらい危険な目にあい、あまたの悪を滅ぼしてきた。

 冒険は魔法により自動的に本となって出版される。そして十分な数の人々が読み、心の中で一瞬でも真実のようにとらえてくれれば物語は事実となる。

 俺とこいつは物語の中の情報ではなく、血と肉を備えた人になれるのだ。


 そのためにはまず人々に知られなければならない。その段階で失敗する者は多い。ほとんど読まれず、ほこりをかぶっているのに中は新品のようにきれいな本。そういうのはたいてい物語がつまらない。つぎつぎと読もうという気を起こさせないのだ。


 幸運にも俺たちはその段階は脱した。出版されれば読まれるし、俺らの名前も町では知られたものだ。


 だが、その先に行けない。壁を越えられない。いつまでも物語の中の情報に過ぎない。

 俺はあせっている。最近飽きられ始めたのを感じたからだ。魔法と剣による闘いは下火になりつつある。近頃はかならず入れるようにしている『欲』の描写のおかげで持ち直しはしたが、彼女に言われるまでもなく、いつまでも続くものではないとわかっている。


 何がちがうのだろう。人々の心に、『これは真実を描いている』と思わせる物語と、いつまでたっても読み捨てられるだけの嘘話。


 俺は真の存在になりたい。


 いつのまにか、俺は泣いていて、彼女も泣いていた。


 ただの情報であるこの涙になんの意味があるのだろう?


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