第3話 地学研究部の巡検
五月になり、以前から計画していた巡検に出かけた。
行き先は和歌山の湯浅町付近。白亜紀の地層が出ているところで、これまで多くの化石が産出しており、何らかの化石は出るだろうと期待された。
学校で待ち合わせをして、広教の車に、芦田、二年のあかり、すずか、一年のよし君を乗せて、高速道路で和歌山を目指す。
芦田は助手席に座り、あかりとすずかは、よし君を挟むように後部席のまん中に座った。
それぞれがおやつを持ち寄って、それを車内で順番に開けていく。芦田は上等のチョコレートの詰め合わせ、あかりは不思議な味のグミを多数、すずかは手作りだというクッキーを、よし君は、うまい棒のさまざまな味をそろえてきた。
車内はにぎやかで、笑いが絶えなかった。
広教は笑いながらも、事故を起こさないように慎重な運転を心がけた。大事な命を預かっている、そう思うと身が引き締まる。
二時間弱で目的地の湯浅町に着いた。町中の狭い道をナビで確かめながら通り抜ける。
目的の産地、ミカン畑のある山の斜面に着いた。地権者には事前に電話をして採集の許可を取っておいた。
先に昼食を取って、昼過ぎからそれぞれ採集にかかった。
現地は道路から斜面を登り、崖になった所である。ミカン畑を造成するため、切り崩された面が露頭で、かつてそこから化石が大量に産出した。
崖から転げ落ちている黒い泥岩をハンマーで割って、化石が入っていないかを確認していく。地味な作業だが、時折、植物片や何かの化石の一部が出ると、生徒から歓声が起こり、見に集まってくる。何の化石か、どう割れば、上手く取り出せるか、相談し合って、採集を続ける。
おしゃべりなものや黙々とハンマーを振るうもの、それぞれ個性が出ていておもしろい。
広教は、全員に目を配っていると、あることに気づいた。
一年生のよし君は、自分からは人に話しかけることがほとんどない。二年のあかりとすずかが時折、よし君に話しかけると、それには言葉を返している。二人が気を使って話しかけているようだ。広教の心に引っかかるものがあった。
芦田は時折、これ何と言って、石を広教に見せに来る。今日の芦田は無邪気である。
休憩を挟みながら二時間弱で、採集を終えた。
アンモナイトの完全なものが二つ。イノセラムスが大小、破片も併せて多数。その他、名前不明の二枚貝も多数。全員、それなりに何らかの化石は取れたようで、初めての巡検は無事終了のようだ。
満足して撤収するとき、芦田に荷物の一部をもってもらうように頼んだ。その芦田が下りの山道で足を滑らせて転び、右足を強く挫いてしまった。
本人は大丈夫だというのだが、芦田の足は腫れがひどくなり、広教がおんぶして駐車場まで下ろして運んだ。
近くの病院で見てもらうことにして、電話をすると、さいわい診察してくれるところがすぐに見つかり、車で向かった。
検査をすると、骨折はしておらず、応急処置をしてもらった。診察代は広教が立て替えた。
軽く済んでよかったと広教が言うと、足に巻かれた包帯が痛々しい芦田は、迷惑を掛けてごめんねとみんなに謝る。すると、部員たちは、口々に謝らなくてよい、誰にでも起こることだから、気にしないで、と言った。
広教は芦田の家に電話を入れて、母親に怪我の様子を伝え、車で送り届けると言うと、先生もたいへんでしたねとねぎらわれた。生徒が部活動でけがをすると、顧問の責任だとクレームを言ってくる親もいるのだが、芦田の母親はそんなことも言わなかったので、広教はホッとした。
帰りの車内は疲れたのか、後ろの三人は寝てしまい、芦田だけが起きていた。ずっと黙っていた。
西宮まで帰り、北口で他の生徒を下ろして、芦田を家まで送った。
ここだと言う芦田の家は、お屋敷が立ち並ぶ一角でも一段と立派な邸宅だった。
「この邸宅が芦田のうち?」
「普通の家ですよ」
「いや、この大きさは普通じゃない」
肩を貸して芦田を玄関まで連れて行き、ベルを鳴らすと、すぐに芦田の母が出てきた。
広教はあいさつをして、お嬢さんを怪我させてしまい、申し訳ありませんと頭を下げた。
母親は、謝る必要はない、この娘は不注意なことが多くて、よく怪我をするからと言った。怪我をしたときの状況と病院での診察結果を詳しく話した。学校で入っている保険の手続きをすれば診察代は返金されること、通学と学校の中での移動が、しばらくは不便であろうが、できるだけ配慮をしたい旨を話して、辞した。
帰りの車の中で、ひとりになると広教は、芦田を怪我させてしまったことが深刻に感じられた。今後、生徒への言動は慎重でなければならない、と反省した。
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