僕と読者と仲間たち

月夜桜

プロローグ

「んっと……ふぅ。書き終わったっと。プロットとキャラデータが全部消えた時はどうなるかと思ったけど……」


 そう呟きながら、保存ボタンをクリックし、Dコードと呼ばれるチャットアプリを開く。

 このアプリ、200MBまでのファイルが送れたり、音声通話が出来たり等と、とても便利で有能なのだ。


「『小説、書き終わったよ』っと。流石に、あいつもこの時間は寝てるだろ」


 そう思い、アプリを閉じようとするとピコンっと、通話が開始されたことを報せる通知が飛んでくる。

 急いでヘッドセットを用意し、装着。通話に参加する。


『私も校正終わったよ。いつも通り、赤字で差し込みしてるから。それと、イラスト、いる?』

「ん。ハル、いつもありがと。1枚5,000円か1時間1,000円でどう?」

『いつも通り、時間当たり1,000円で』

「らじゃ~、後で注文書発行しとく」

『お願い。っと、これ、ファイル』


 送られてきたドキュメントファイルをダウンロードし、保存。すぐに開いて校正案を確認する。

 ふむふむ。確かに、ここはこの表現の方が良さそうだ。

 この量だと──うん。10分もあれば直せる。


『あのさ』


 修正しつつ、ハルに返答する。


「ん~」

『いつも私の言った時間でお金払ってくれるけど、誤魔化してるとかって思わないの?』

「僕はね、小説を書く上で決めていることがあるんだ。1つ目は、プライドを持つこと。そして、もう1つは、ファンアートを描いてくれた人とかイラストレーターさん、読者さんを尊重し、最大限の感謝を捧げること。だから、僕は貰ったファンアートを近況報告とかを使って紹介してる。それに、実際問題、時間当たり1,000円とか言ってるのは、その方が注文書を書く時間を短縮してるだけだしね。ほんとは言い値でおっけー。今度からそうする?」

『……ねぇ、ビデオ通話にしない?』

「おっけー、ちょっと待ってね」


 Webカメラの電源を入れ、通話方式を変更する。

 映し出された画面には、茶髪で長髪。目元には隈が出来ている綺麗で可愛らしい少女が居た。

 対して、僕の方はと言うと──ふふ、やめておこう。そこはほら、ご想像におまかせしますということで。


「ハル、また何徹もしてるでしょ?」

『それはキミも──』

「はい、言い訳は無し~。……いつも付き合ってくれてありがとね。よし、書き終えた。ハル、あれ以外に気になるところとかなかった?」

『うん、なかったよ』

「それじゃあ、サイトを開いて──」


 ブックマークから小説投稿サイト──カキコムのマイページへ跳び、続編物の更新作業に取り掛かる。

 と言っても、エクスポートコピーしたものをサイトにペーストするだけだ。

 あとは、サイト側の機能である【一括ルビ】をクリックして、サイト側でも振り仮名ルビを表示出来るようにする。

 題名は──


『泉と精霊』

「ん? 何が?」

『題名、考えてるんでしょ?』

「よくわかったね。……でも、そうか。泉と精霊──うん。採用」


 ──泉と精霊っと。

 ……投稿。

 この作業、もう5年は続けてるけど、未だに緊張する。

 ……──っ!!

 PVが付いたっ!


『もう読まれたの?』

「逆に聞くけど、なんでわかったの?」

『顔に出てる。とても嬉しそう』

「~~~~~~~っ!!」


 恐らく、今の僕の顔はとても紅くなっていることだろう。

 ハルに見られるのは恥ずかしいので、Webカメラの電源を切る。


『むぅ……顔見せてよ~』

「やだ」

『ツキヨミせんせ~、お顔をみせてくださ~い。うりうり~』

「……ハルミヤ先生が弄ってくるので嫌ですっ!」


 ハルと戯れていると、イベントログがポップアップし、カキコムで何かしらのアクションがあったことを報せてくる。


『ツキヨミ先生! いつも面白い小説ありがとうございますっ! ファンアートを描きました!! 見てくださいっ!』

「っ!!」


 貼られているURLを開き、イラストを見る。


 ──……。


『キミ、どしたの?』

「ううん。なんでもない」

『ふ~ん。ファンア貰って嬉しかったんだ?』

「なんで分かるのさ」

『私とツキヨミ先生で5年以上タッグを組んでるからね。これぐらいは分かるよ。ところで、カメラつけてくれない?』

「ん~。はい」


 カメラの電源を入れるために少しだけ立ち上がり、ディスプレイから目を離す。


「──っ!!」


 再び椅子に座った瞬間、目に飛び込んできたのは、ヒロインの絵を掲げたハル。

 悪戯が成功したかのような可愛らしい笑顔を見せながらこう言ってきた。


『ツキヨミ先生、ファンアートです。いつもありがとうございます。そして──これからもよろしくお願いしますっ!』

「ハルミヤ先生。こちらこそ、これからもよろしくお願いします!!」


 これは僕と彼女と読者で紡いでいく物語。

 何物にも替え難い、たった一つの物語。

 その序章である。

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