第22話 今日も食堂へ行こう ① これは聞いてないよ 

「オセリアさん、隣にいる人も護衛官に任命された人なんですよね」


 隣にいる女性護衛官の人眼見た印象は、華奢きゃしゃな体型だということ。

 護衛官としては、ちょっと頼りなさそうに感じる。

 装着してる鎧もオセリアさんみたいな、重厚な鎧じゃなくて軽装の革のベストだし。

 オセリアさんが重厚な長剣を肩から吊っているのに対して、この女性護衛官は腰に下げたレイピアが1本だけで装備も大分貧弱に見えた。

 マントの色はオセリアさんとお揃いの紫色で、なにやら大きな紋章が付いてる。


「ああ、そうだ、紹介しよう、護衛担当に配属になったベスネシスだ」

「宜しく、シルアちゃん、私のことはベスって呼んでね」

「はい、宜しくです。ベスさん」


 軽い口調で挨拶を交わす私達。

 その過程で軽く握手を交わすと、ベスさんの身体が微かに震えてるように感じ取れた。


(あれ?もしかして、私、ベスさんに怖がられてる?)


 このベスさんの顔も、何処となく見覚えがある気がする。


(あっそうだ、ロゼルハルト様と一緒に遅れて部屋に入って来た人だ)


 震えてる原因は解った。私を怖れてるだけだ。

 昨日の場面をいきなり見たら、そうなるのも解る気がする。

 あの場面にもし、私が遭遇そうぐうしたら、絶対ベスさんよりブルブル震えてるもん。


「昨日は色々迷惑を掛けてごめんなさい。私もあんな風になるなんて思いもしなくって」


「昨日、あの後何度も謝っていたじゃないですか。もう気にしてませんよ」


 ベスさんは引きつって苦笑いしてたけど、怒ってはなさそうだ。

 その後少しの時間、ベスさんとお互いに話の掛け合いをしていたら、優しそうな人だと印象を変える。

 その間のオセリアさんのお顔は無表情のままで、そっと私達の挨拶を見守っていたけど、


「挨拶を終えたなら、とっとと食堂にいくぞ」

 

 と、そう言葉を締めくくると、私達は階段を下りて一番下の階まで降りていき、そのまま宿舎を後にした。


 そこで私は驚きの光景を目にする。


 昨日ぶりの食堂に再び向かおうとする私は、自分がやらかした事態の深刻さを改めて痛感した。


(何なの?この扱いは?)

(此れは幾ら何でも、やり過ぎじゃないの)


 2人だけだと思っていた護衛はまず2人じゃなかった。


 宿舎の外に出てみると、まだ20人近く警備隊員がその場で隊列を組み待機してて、戦闘馬に騎乗した警備隊員も10人程離れて待機してた。


 外の様子を見て愕然がくぜんとした私は、手前にいるオセリアさんに「オセリアさん、ちょっと止まって」と呼び止めると、彼女はクルリと後ろに振りかえる。


 オセリアさんは、真面目な目付きをして口先だけ笑ってる。なんて器用な。

 ベスさんも同じく笑みを浮かべてる。

 女性なのに男性のような体型のオセリアさんは、引き締まった腹筋がピクピクしてる。


(どうせ、私がこうゆう反応をするのを知ってて、教えなかったと思うな)

(は─、性格ワルッ)


「ご飯食べにいくだけなのに、なんでこんなに護衛が必要なんですか」


 オセリアさんに、そう聞くと──。


「今のシルアには、これでも足らんぞ」


 真面目な顔でこう言われた。


 そして、2人して私の横に並ぶように寄ってくると、同じ歩幅で歩きながら、2人してくどくどと説明しだした。


 その説明は長そうだったから、あまりしっかりと聞く気になれない。

 後で端折はしょって説明すればいいでしょ。


 それよりも──。


(私ってば、そこまで偉くないって。ただの奴隷だよ)

(確かに身体再生は、凄いと思うけど、聖女様だって出来るんじゃないの?)


 この場に整列している警備隊員の大人達は、普段の気を抜けたような顔をしてる人は1人も見当たらない。


 全員が規律ある隊列で護衛対象者の歩く速度に合わせて行進する。

 私が意図的に足を止めたら、その都度、警備隊の皆も同じ動きをする。

 ちょっと、ベスさんが困った顔をしてるけど、構うものか。

 10歩歩いて止まると、やっぱり、警備隊は同じ動きをしてくれた。


(何これ、面白い)


 無性に前方を向いたまま、後ろに下がってみたい。

 1歩進んで2歩下がるみたいな感じでさ。

 警備隊員の人達はどういう反応をしてくれるのか?

 見たい、知りたい、やってみたい。

 でも、それをしたら、きっと怒られる。


 歩くスピードが遅い私に合わせて移動するのは、見た目が可也かなり変に見えるだろう。


(やばい、吹き出しそうだ)

(笑っちゃ駄目なんだけど、想像したら、笑いのツボにはまりそう)


 真面目な顔して奴隷を警護する警備隊員の皆さん。

 何故か皆さん、私に話しかけてこない。

 そして、意図的に目を合わせようとすらしない。

 黙々と警備のお仕事を従事してる。

 これってなんか、明らかに変だよね。

 やっぱり、ここにいる皆、昨日の件で怒ってるんだろうな。

 離れて見たら、子供を連行してるように見えそうだけど。

 まあ、実際に逃げられないしね。


 オセリアさん達の説明を適当に聞き流しながら、足を止めたり、再び歩き出すのを繰り返していたら、


「シルア、私の話を真面目に聞け」


 とオセリアさんのお叱りをやっぱり受けちゃった。


(ふんだ、子供に難しい説明しても、聞くわけないのに)

(もっと、簡単に解りやすく説明するんなら、しっかり聞くけどさ)

(まあ、いいや──)

 

 それじゃ、そろそろ解説しようか。


 オセリアさん達の自動解説情報によれば、この大農場の総人口が大凡おおよそ4000人いるそうで、超広大な大農場の敷地内には、普通の平民もここで働きながら暮らしているそうだ。


 どうしてこんな辺鄙へんぴな場所にある大農場に、数多くの人が暮らしてるかと言えば、公爵領の政策の一貫いっかんだと言う。


 大農場の地主であるケンプグリム家には、いずれ貴族の爵位を授かり正式に公爵家の寄子よりこになるという大きな野望があるらしく、その野望を叶える為に、公爵家の政策を推し進めているらしい。


 オセリアさん達警備隊の皆さんも元々は領団騎士団に所属していたけど、出向命令に従ったというか左遷させんされて、今はここ一帯の地主であるケンプグリム家の下で働いてるそうで、公爵領でも辺境へんきょうにあたる区域の開拓かいたくをする為に、大勢の人員や資金が投入されてるんだって。


 農場内では平民と奴隷を意図的に分けてるらしく、奴隷区域のほうで生産が集中していて、平民区域のほうは、農作物の研究やら農作業に必要な魔道具の製造なんかもやってるって言ってた。


 そんで、今オセリアさんが話している内容を要約すると、聖女が行使するのと変わらない神聖な御力を疲れること無く自由自在に使える私の存在が知れ渡れば、遠からず、大農場内で働いて暮らす住人が押し寄せたり、話が広まれば大農場周辺の町からも人が流れ込んでくるだろうから、今の内からあらゆる想定をした訓練をする必要があるんだって。


(なんか、昨日1日のやらかし案件だけで、ここまで状況が一変するものなの?)

(真面目にこんな風に成るなんて、思いもしなかった)


「シルア、そういう訳だから、食事を終えたら私達の訓練に同行してもらおう」


 不敵な笑みをみせるオセリアさん。

 これは、嫌らしい悪巧みの合間にする仕草のような気がした。


「えっ、私も辛そうな訓練に参加しなきゃいけないんですか」


 なんだか、とっても嫌な予感がしてくるんだけど…。


「そうだ、護衛対象者とも意思疎通が出来てないと、いざと言う時、全く役に立たんからな」


「それにシルア自身は、馬にも乗ったことが無いだろう」


 訓練に馬?

 ますます悪い予感がしてきたよ。


「無いですよ、運動は全般的に苦手なんです。そもそも馬に乗るなんて、そんな発想は無かったですね。だから、誰にも教わったこともないです。どうせ私には馬が大きすぎて乗れませんから」


「でも、馬のお世話はここに来てから、何回かさせて貰いましたよ」


 訓練中に馬の世話をするのも出来れば勘弁して欲しい。

 何度も馬に頭をかじられそうに成ったから。

 だけど、オセリアさんの発言の意図が、これじゃ無いのは直ぐに解った。


「そうか。後で私の馬の背に乗せてやる」


 怖れていた発言がやっぱりあったよ。

 OH MY GOG!!


「え~、私が乗ったら自分の力だけじゃ、きっと、身体を支えられないから嫌です」


 これは、絶対回避事案だ。

 折角のお休みなんだから、お部屋の中でゴロゴロしたいのに。


「安心しろ。初めは私の後ろに乗って捕まっていればいい」


「私の力の数値は3しかないんですよ。無理です。落ちます。絶対に落ちます。落ちたら痛いから、嫌ですよ。私、遠くから訓練を見てます。今日は初っ端だしそうしましょう。訓練してる人達が疲れてきたら、たまごの差し入れだったら何でもします。たまごは美味しいよ。やみつきになる味だよ。なんなら、今から出すから食べてみませんか?」


 運動大嫌い人間の私は、ガンガントークでオセリアさんを説得しようと踏ん張るが……。


 オセリアさんの容赦ない言葉の槍が私の心に突き刺さった。


「話から逃げるな、というか逃がさんからな、馬に乗るのは、今日の訓練の決定事項だ」


 これって、やっぱオセリアさんも昨日の件で絶対根に持ってる。

 絶対確定だよ~。


「え~~、そんな~~」


 そんなのぷっぷちゃんに、また、助けてもらわないとやってけないよ。

 馬を操るなんて、高度な運動能力を私に求められても困るんだ。

 だって自分で自覚してるのも何だと思うけど、私はただの木偶でくの坊。

 体力面では改善したけど、腕力ではまだまだ皆の足元にも及ばない。


「なに、最初は優しく教えてやるから安心しろ」


 大人は平気で子供に嘘をつくから嫌いだ。


「ううっ…最初はってことは、後は辛くするってことですよね」

 

「五月蝿い。話をさえぎるな」


 どうやら、図星のようだ。

 決まりだ。絶対に逃げてやる。


「お前ははまだ子供だから1人で馬を操るのは無理だが、もしもの場合に誰かと一緒に馬に乗って逃走する事態も想定しなければならん」


 なんか正論じみた建前をいってるけど、これって本音では絶対私にさ晴らしをしたいだけだって透けて聞こえるよ。今話してるのも、言い訳に過ぎないって、話の流れから何となく解る。


「お前自身が自分で身を守る技術があるだけで、我々も護衛がしやすくなるんだ。だから、馬の背にまたがる方法と手綱をさばく技術を学んでもらう。」


 こんちくしょ~う。私は無実なのにって叫んでやりたい。


「そんな練習必要ないですよ、だって襲いかかってきたら、撃退すればいいじゃないですか」


 詳しい説明は、また今度にするけど、あの取り調べでぷっぷちゃんが大暴走しちゃって、部屋の中にいた警備隊の皆さんを返り討ちにしっちゃったの。


 ぷっぷちゃんに簡単に撃退される人達の訓練なんか時間の無駄だと思わない?

 そんな役にも立たない練習なんか必要ないと私は思う。


「昨日の取り調べで、オセリアさんも激怒ぷんぷんのぷっぷちゃんに倒されてたから、ぷっぷちゃんの凄さが解るでしょ」


 私の発言に言葉を失うオセリアさん。

 歯ぎしりしてるのが聞こえてきそうだけど、そんなオセリアさんをすぐ側から見守るベスさんも黙ったままだ。


 ふん、雑魚め。

 弱い者同士で傷のめあいでもしてなさい。


 オセリアさん達が束になっても、うちのぷっぷちゃんには叶わないんだから。

 うちのぷっぷちゃんはとっても凄いんだから。


 ぷっぷちゃんってね、なんと、私のたまごスキルとたまご魔法を自由に使えたんだ。

 スキルツリーからスキル発動出来るんだもん。当然ぷっぷちゃんも自分で操作できるはず。

 まあ、それだけでも凄いんだけど……。


 激怒ぷんぷんのぷっぷちゃんったら、私もまだ使い方も知らないたまご魔法をバンバン使って、オセリアさん達を玉子の殻製の彫像にしちゃったの。


 使用した魔法名は【神殻吹雪ラ・シェルブリザード】。


 そのたまご魔法を無詠唱で行使する正義の味方──ぷっぷちゃん。


 しかも部屋にいた全員の顔の口までおおってしゃべることすら、出来なくする念にいれよう。

 目と鼻だけは穴が空いてて、全身が固まったまま、ぷっぷちゃんに手も足も出なかった皆さん。

 そんで、遅れて部屋に入ってきたロゼルハルト様は、部屋の様子を見渡すと頭を抱えたとさ。

 皆さん、お疲れ様でした。

 ──お仕舞い。


「私にはぷっぷちゃんがいるから大丈夫です」


 私は何も悪くないし、犯人はぷっぷちゃんだから。

 八つ当たりするのは、相手が違うから迷惑だ。

 オセリアさん達の仕返しはぷっぷちゃんに直接して欲しい。


「練習は無駄だし、嫌だし、やりたくないです」


 警備隊の皆さんを返り打ちにしちゃう私の味方──ぷっぷちゃんが、私の側にずっといるんだ。

 だから、そんな疲れる訓練なんかやらなくてもいいと思うんだ。


「つべこべ弱音を吐くなら、今から訓練してもいいんだぞ」


 昨日のことは大分腹にえかねているご様子だ。

 こうなると、私の話術では、太刀打ち出来そうもない。

 つまりはゲームオーバー。

 ちっくしょ~。


「うぅ~、やっぱり大人って大暴だ」


「シルアは魔術の訓練もしたいんだったろ。だったら喜べ、馬術の訓練が終わったら、私の横にいるベスネシスがお前の魔術の訓練に付き合ってくれるそうだぞ」


(うひょ、それを聞くとなんだか、興味が湧いてきた)

(その言葉を真っ先に言ってくれれば、よかったのにさ)

(それを先に言わない所に、オセリアの性格がにじみ出てる感じがするよ)


「馬術の訓練を真面目に終えたら、ちゃんと初歩から教えますよ。だから、さっきみたいに遊ばないで真剣に学ぼうね、シルアちゃん」


「そんなら、受けるよ。だからしっかり教えてね。約束だよ」


 そんな風に今日の予定を話し合いながら、目的地に向けて進む私達は、何事もなく無事に、行きつけの食堂にたどり着いた。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る