第20話 別視点 アスバール公爵領の神殿にて 聖女ユリスシ─ア 第3階級聖女 ②

 足を踏み入れた室内は明るい光で満たしていて、強い光が暗闇に慣れたわたくしの目に突き刺さります。


 その眩しい光に目が痛くなったので、何度か瞬きをしました。


 少し時間を要しましたが目の調子も戻り、もう、大丈夫です。


 室内には、すでに出席者が全員揃っていました。


 養父ようふ様であるバゼルダナン・ディア・アスバール公爵様。

 アスバール領区神殿長のダヤルネラ様。

 アスバール領区神官長のクルセドル様。


 そして、お三方の担当秘書官と領都文官達が、ズラリと首を揃えていました。


 ツカツカとヒールの足音を立てて進むわたくしは、部屋の中で一番位の高い養父様が腰を下ろす座席の手前まで近づきます。


 その場で貴族が公式の場でする格式ある挨拶の最後に「養父様、お久しぶりです」と笑顔で言葉を付け加えました。


「久しいな、ユリス、元気そうで何よりだ」


 養父様は、わたくしの頭に手を添えて軽く撫でてくれました。


 騒然として収拾が未だつかない神殿内で、何事にも動じない大岩のような、おごかな養父様にお会い出来たことで、何より安堵あんどの心に満たされます。


 目元を細めてわたしを愛でている様子ですけど、お顔がどうにもいかつい顔立ちをしていますから、養父様には少し苦手意識を持っていたのですが、今ではそのお姿が頼もしいとすら思えてしまいます。


 もしかしたら、此れすらも養父様の策略なのかもしれませんが──。


 わたくしも自分の心の内を、バカ正直に有りのままさらけ出すほど、子供でもありませんから仮面の笑顔で答えます。


「養父様もいつもわたしに目をかけて頂きありがとう存じます」

「可愛い娘には、目をかけるのは当然のことだ」

「久方ぶりの再会になるのだ。もっと甘えてもいいのだぞ」


 口元を緩めてわたくしを見詰める養父様は、常に領民のことを思い気遣う、そんなお優しいお心をお持ちです。ここに訪れたのも、領民の為に何か出来ることはないかと、情報を求めてお出でになったのでしょう。ですが、養父様はかなり非常な一面も併せ持っているのも、わたくしは知っています。


 そして、根っからの女好きの性欲のカタマリなのは、もはや領内では知らない者が居ない程の常識なのです。


「養父様のお心使いには感謝しています。何かわたくし事でご相談する機会が訪れるかもしれませんので、その時まで養父様のお言葉を胸の内に留めておきましょう」


 養父様のお年はそろそろ50歳半ばに差し掛かったはずですが、公爵家の御当主様というブランドを最大限にいかして、その年になっても子種を領内に撒き散らしていると領民達から噂されているようです。この地を収める公爵家当主の御自身が、この上なく自由奔放じゆうほんぽうなお方ですから、この地に暮らす領民が御当主様を見習い、力のある男が多くの妻をめとる風習が根付いてしまうのも、仕方が無いことだと思います。


 そして、この頃は養父様が、聖女のわたくしも攻略対象として見ているという噂をよく耳にします。


「では、その時が訪れるのを楽しみにしていよう。ユリス、席に着くがいい」

「はい、養父様」

 

 わたくしは養父様の指示に従い、自分に用意された席に着きます。


 もう緊急会合は始まっており、領都文官達と交渉担当神官達の話し合いが続いています。


「ユリス、神殿内部は見てきた状況を説明してくれないか?」


 このお声はわたくしの隣に座る神殿長ダヤルネラ様です。

 朝から神殿中の事態に対応して指示を出していますから、大分お疲れになっているご様子です。


 わたくしはいままで見にしてきた神殿内部の情勢を、言葉を選びながら説明しました。

 焦燥しょうそうした顔から説明を求める顔になったダヤルネラ様は、じっくりわたくしの話を聞いています。

 説明が終えると、更に顔色が青ざめたダヤルネラ様が、近くに控えている神官達を呼び寄せ次々に指示を与えていきます。


 その間も会合の議論は白熱しているようでして、わたくしは机に置かれた魔導用紙の束を手に取りました。


 手にとった資料には、現在の信徒達の状況が書き込まれています。


 資料に載っている内容を、簡単にまとめますとこんな所でしょうか。


・信徒共有ホームのアクセス無効。

・信徒だけに伝わる裏コードが全て無効。

・敵対者識別アプリ 機能不全。

・天気予報アプリ 機能不全。

・日時表示アプリ 機能不全。

・信徒間念話アプリ 機能不全。

・魔素濃度分布地図アプリ 機能不全。

・友好指数検出アプリ 機能不全。

・HP自動回復アプリ 機能不全。

・MP自動回復アプリ 機能不全。

・一部信徒のレベルダウン。

・一部信徒のスキル消失。

・一部信徒の人体消失。

 

 信徒達の能力が著しく制限されているのが、資料から見て取れました。

 資料を見た限りでは、わたくしの思い描いていた事実よりも、更に酷い状況でした。

 神の怒りを買う者の心当たらりは、わたくしにはありません。

 この会合で何か解決の糸口でも見つかればいいのですが……。


 次は領区側の報告書にも目を通してみます。

 

 こちらの資料も書いてある内容を大きく捉えて説明しますと…。


・領都防御結界陣 機能不全。

・領都空調結界陣 機能不全。

・領都騎士団共有ホームアクセス無効。

・全職業の共有ホームアクセス無効。

・領内魔素濃度が上昇中。

・領都迷宮管理機構 機能不全。

・領内魔物分布地図アプリ 機能不全。

・グラシア国内全土がこの状況の対応に追われているとの報告あり。

・敵対国家であるルロマール帝国の状況は現在の所、不明。


 このような内容が載っていました。


 領内も大分酷い状況みたいです。


 ルロマール帝国の存在は相変わらず不気味です。


 養父様なら、何か独自の情報をお持ちでしょうけど、ここの場で話すには、重たすぎる話ですね。


 領内で特に注目するのは、領都迷宮のコアの管理権限を失ったことでしょうか。


 こうなると、もう一度コアを掌握しょうあくする必要がありますが、すぐに掌握するのは領内の戦力を集中する必要がありそうですから、実効性から考えても不可能に近いでしょう。


 この問題を解決するには、多くの時間と多くの冒険者の命が掛かると思います。


 まあ、わたくしは、戦いに関しても素人ですから、本当の所はどうなっているのか解りません。


 ですが、養父様には何かお考えがあるかもしれません。


 是非わたくしの考えの正しさを証明してほしいと養父様のご様子を伺いますが、養父様は目を瞑ったまま、発言者の言葉を集中して聞き入るようにしています。


 どうやら、養父様でもこの難題の解決方法はないようにお見受けしました。


 やはり、新たな聖女のお役目を命じられる予感がビンビンしてきます。

 

 わたくしの新たなお役目は、しばらく神託を授かる為に、強制的に何度も眠らされることになりそうですね。


 なんとしても、新たなアクセスコードを得られるように、しなければいけないのは解りますが…。


 また、あの辛い魔力奉納の日々が始まるのですね。


 神に願いを聞き届けていただくには、魔力奉納が欠かせませんから……。


 は─、憂鬱ゆううつです。誰か代わりに魔力奉納をしてくれないかしら。


 わたくしが持つ微かな手がかりは、夢の世界で見た記憶しかありません。


 夢の世界で見た、創造神エリアラヴィーダ神殿での出来事──。


 創造神エリアラヴィーダ様と命の女神イシュリアース様と一緒にいた幼い少女。


 幼い少女は、身なりが決していいとは言えません。


 ──薄汚れた灰色の衣装を着た少女。


 汚れた衣装とマッチしない白い髪色と白い肌が特に印象に残っています。


 妖精のような雰囲気を感じましたが、笑った屈託のない笑顔は、年相応で可愛らしく。


 それでいて、淋しげな表情を、譜とした合間に見せていました。

 

 なにやら、2柱の神と少女が親しげに話し合う情景が見えましたが、声までは届きませんでした。


 たまごで遊んでいるような不思議な夢でしたが、多分これが神託なのでしょう。


 その神と少女の話し合いの内容が解かれば、その少女を見つける手がかりが得られる所でしたのに。


 国内での未曾有みぞうの事態とこの神託の関わり合いは解りませんが、養父様なら何か解るのかもしれません。


 今の会合の中で発言して、他の視点からの意見も聞きたいものです。


 周りの発言に耳を傾けずに、考えあぐねていると、この会合の議長をしている神官長のクルセドル様から声が掛かりました。


「聖女ユリス様、何かこの場で報告すべき意見などは、お持ちでしょうか」


「はい、意見はありませんが、是非、この場にいる皆様にお話すべきことがございます」


「どうか、皆様、わたくしの話を最後までお聞きください」


 そして、わたくしは、ここの会合に居合わせた全ての人に、夢の神託について話して聞かせた。

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