第18話 そんで、やっぱり捕まった

 ところ変わって、ここは訓練棟内の1室。

 今は室内の地べたに腰を落として、神妙に座っている。

 普通の座り方じゃない。孤児院でよく同じように座った記憶がある。

 反省を促す場合に強要させる座り方。

 座った姿勢を保ち続けると、つま先から順に痺れていく座り方。

 そう、正座である。


(う~ん、足がもうジンジンしてきた)


 私の真横に並ぶ、白い毛並みをした5匹の猫人ニャダルも、創造主の姿勢を真似て正座を初体験していた。

 5匹揃ってニャンニャンマスターズって呼び名まで考えたんだけど……。

 グループ結成からの初出動がご覧の有様。

 只今、初っ端の大失態から同じく反省のポーズを実践中。

 そんな猫隊員達は、小柄な身体全体がプルプル震わせていた。

 普段の取り調べなら、緊張した空気を感じるもんだけど、今日の空気はいつもとは様子が少し違う。


「ぷっクス」

「ふふふ」


 何とも言えない猫隊員達の動作を見まもる警備隊の人達からは、静かな微笑の音が漏れ出ていた。

 猫人ニャダル達からは情けない声が上がる。

 

「もう駄目ニャ~命令されただけなのニャ~」

「無理ニャ~、もう嫌ニャ~」

「痛いのニャ~」

「丸まりたいのニャ~」

「許して欲しいのニャ~」

「エル様、助けて欲しいのニャ~」


(後先が見えてない馬鹿な創造主だったよ)

(イッちゃん、ニちゃん、サンちゃん、ヨンちゃん、ゴちゃん、御免ね)

(後、私の目の前で、その名前を呼ばないで頂戴)


 

 警備隊の人から聞いたら、私達の事情聴取は、まだ始まらないみたいだ。

 もうしばらく、このままの姿勢で待機するように言われた。

 今日はいい日だと思っていたら、そんな訳がなかったな。

 やっぱり、大どんでん返しが用意されていた。

 思い通りに行かなかったから、なんだか、むしゃくしゃしてくる。

(もう少し、周りに気を配れば良かったかも) 

(まあ、いまさら、遅いか) 

(でもさ、こんな目に合うのは、正直、割に合わない)

 仕方ない、時間潰しに試食会の情景でも振り返ってみるとするか

 




 あれから、すったもんだのたまご初試食会を終えた私達は、何の事はない、結局、仕組まれていたかのように御用となった。


 なんと、新人研修を統括する3兄弟達も、その付き添いや警備をしてる人達も、バッチリ試食会に参加していたらしい。3兄弟等は、密かに農奴達に紛れ込むと、農奴達に色々指示をだしては、配給の列に並ばせて私の能力を検証していたようだ。


 その検証の結果、この場にいた五体不満足の新人農奴達は、全員完治したって後から聞いて知った。


 私には、そのことに気付くほど、心に余裕がなかったんだ。

 まあ、言い方を悪くいうと、1つのことに集中しすぎた大間抜けってことかな。

 もっと早く気づけよって、今更ながらにそう思う。


 最初にたまごを配り始めるときに、たまごお1人様1個、合成・変換合わせて5回までって、縛りを掛かたのがいけなかったと思う。これじゃあ、1つのたまごに掛ける作業工程が多すぎだ。

 

 普通に【茹でたまご】を【たまご召喚】して渡していくだけなら、もっと作業が楽だったし、早く試食会を切り上げられたはず。


 合成やら変換やらの工程が入ると、途端に作業工程がややこしくなるから面倒なのだ。


 忙しくなってきた時を見計らい、作業工程の見直しを提案したんだけど、農奴達からの怒号の嵐で収拾がつかなくなって、敢え無く断念。


 やっぱり、今更その縛りを外すことが出来なくて、提案を諦めた私はその後の対処に大わらわになったんだ。


 試食会の中盤になると、面倒臭くなって【たまご合成】【たまご変換】【たまご創造】【たまご付与】【たまご操作】の5つのスキルを合計22980SPを消費してレベル30まで上げたから、たまご30個まで同時に召喚して作業出来るようにしたんだけどさ。


 大量に作業するには座り込んだほうが作業がしやすいから、地べたに腰を下ろして作業に没頭していくけど、注文の数もそれに比例して増えて、もう、悪循環に突入。


 たまごが完成したそばから、接客担当のヨンちゃんとゴちゃんがたまごを渡していって。


 完成しては、渡していくの繰り返し。


 ただ、注文回転スピードだけは、ぐいぐい上がっていく。


 それからは、とうとう繁盛期はんじょうきのピークに突入。


 次第に注文する人の顔を見る余裕すらなくなって、聞こえる注文の声に無意識に反応しながら、たまごを自動魔導機器のように創造してたんだ。


 どうやら、その時間帯の時を見計らい農奴達に指示していた3兄弟は、農奴達からたまごを奪っては、何度も試食していたらしい。


 途中から、あれぼど騒騒そうぞうしい様子が少しずつ静かになってきたから、ちょっと変だなとは思ったけど、たまごを創造するのに集中して忙しかったし、注文の声だけはいつまで経っても途切れなかったから、気づくのが遅れたんだ。


(ナキベソさん達に、研修が始まる予兆に気づいたら、すぐに声を掛けるように頼んでおいたのに)


 ようやく「終了だ、今日はこれでいいだろう」と試食会の終わりの合図が掛かったから、立ち上がって振り返ると、なんとそこには、あの3兄弟が目の前にいたんだから、超ビックリしたんだ。


 こんな登場の仕方はやめてほしい、心臓に悪い、心臓の鼓動が止まるかと思った。


 3兄弟は、見た目がパッと見ただけで分かる。


 だから、こういう時は非常に困るんだ。


 彼らは3人共、緑色の髪とエメラルドグリーンの瞳をしてるし、着ている衣装の素材が全く違う。


 他の農奴達や、警備隊の人達との比較がしやすいから、すぐに分かった。


 私のすぐ側にいた3兄弟の長男ロゼルハルト様は、長身のスラッとした体型で、20代後半の趣のある美男子さん。


 興味深そうに私を見詰めるロゼルハルト様は、お付きの側使いの人達に、新人農奴達のここでの様子を詳しく聞き取りをするように、指示を次から次に出していた。


 私の視線に気づいたロゼルハルト様は、私の正面に立つと、


「毎日飽きもせず騒動を引き起こしてくれるが、君はその馬鹿げた趣味を、まず、どうにかしたほうがいい。それとも何かい、君の頭脳が筋肉に置き換わっていく不治の病にでも掛かっているのかい?」


 と皮肉を込めて話しかけてきた。

 まるで私が脳筋の暴れん坊だと決め付けるような口振りだ。

 その脳みそ筋肉説には、真っ向から否定する。

 今回は別に滅茶苦茶むちゃくちゃに暴れて、誰かに怪我を負わせた訳じゃない。

 寧ろ、無償の奉仕活動をしたんだから、賞賛してくれてもいいと思う。

 

「私だって好き好んでなんかいません。全部、状況が悪いんです。状況が!」


 事態をなるべく丸く収めようと必死だった。ただそれだけ。

 私の話術では、きっとナキベソおじちゃんの怒りを収めれなかっただろうし。

 あのまま喧嘩沙汰になるよりは、いいと思ったんだ。


「私には、ここまで事態を複雑化する状況が理解できないのだがな、何か目的があったのか?」


 あるわけない。そんな高尚こうしょうな頭脳なんか持ってないって。


「うぅ~ん、ただ、周りの状況に流されただけでした」


「は─、力ある異能持ちが阿呆だと周りが迷惑する。これは忠告だ、よく聞けシルア、まずはそのとんでもない力を磨く前に、その頭のアホさ加減をなんとかしたほうがいい」


 ロゼルハルト様には、色々助けて頂いて感謝してるけど、お口が悪いから、ロゼルハルト様はお口を交換されたほうがいいと思う。そしたらもっと女性から好かれるようになれるよ。


 私は、こんなスケコマシおじちゃんなんか、御免だけどね。


「無理です。治りません。だってここには、私に勉強を教える人が誰もいないから」

「だから、諦めてください」


「相変わらずの物言いだな。もう少し私に対しての言い方があるだろう」


「アホの私に、品位や上品なんて求めるほうがどうかしてますよ」


「それにだな、ここ数日は君に関する悪い報告を聞かない日がなかった。父上から君の管理を任された私の立場を少しだけでもいい、思いやるなり、理解するなりしてくれないだろうか」


 名目上では、私はまだ公爵家の奴隷だそうで、ここの大農場の地主さんに貸与たいよされてるらしい。そんで、その公爵家の奴隷を管理してるのが、地主の長男であるロゼルハルト様ってわけ。


 頑張れ、ロゼルハルト様。私は草場の影から応援してるから。


「なるべく迷惑を掛けないようにしてるんですよ。これでも……」


 レベルが上がった【魔力波動】をぱなすのをしなかっただけでも、大分成長したと思うんだけど。レベルの上がった【魔力波動】スキルの威力をまだ試してないから、ナキベソおじちゃんには使わなかった。そのスキルを使ってたら、多分ナキベソおじちゃんはあの世まで飛んでいってたと思うよ。


「それでこのザマか。もういい。この件に関しては直接問い詰めたほうが手っ取り早い。シルア、君は朝礼に参加しなくてもよい。私が許可しよう。オセリア、訓練棟にシルアを連行していけ。私も用が済み次第向かう。直接本人に話したい件があるからな」


 ロゼルハルト様は警備隊の人に命令すると、 


「了解です、シルア、さあ行くぞ」


 流れるような銀の長髪が素敵なオセリアさんが私の前に近づいてくる。

 オセリアさんの表情は少し赤くなってる。さてはロゼルハルト様にほの時だな。


「う~、ロゼルハルト様、また今度にしませんか」

「駄目だ。大人しく言う事を聞くんだ」


 私がロゼルハルト様と最後の交渉をしてる間に、オセリアさんに両手を縄で縛ってる。

 縛り終えたら交渉タイムが時間切れとなり、敢え無く連行されていく。


「手は大丈夫か?痛かったら言え」


 オセリアさんは、私をいたわって声を掛けたんじゃないのは、すぐにわかる。

 目線がロゼルハルト様をチラチラ見てるから、自分は気遣いが出来る女だと分からせたいのだろう。



「大丈夫です」

(は─、結局こうなるのね)

 縄で縛られるのは、これで5度目。怯える感情はまだあるけど、怖くて歩けないほどじゃない。しっかり前を向いて歩いていける。この状況に慣れてきたのか、怖い感情も前より感じない。


 だけど、このままでいいの?、と自分の将来に不安を感じた。


 連行されていく私は、次男ブランガスト様の真横を通り過ぎていく。


 次男のブランガスト様は、長男よりも背は少し低いけど、体格は凄くゴツくて肉食獣のような体付きをしている。


 年齢はおそらく20代前半だと思うけど、日焼けした顔が威圧的な表情になってみえるから、長男よりも上の年齢に見えてしまう。


 まず、見た目が怖いので、お近づきになりたくない人であるのは、間違いない。


 ブランガスト様は、獲物を見つけた猛獣のような目付きで私をにらむと、無言のまま、連行される私の後ろからのっそのっそと獲物を追うように付いてきた。


 私は美味しそうなヒヨコじゃないよ。ピヨピヨ。


 ブランガスト様を背後に従えたわたしの視線は、3男エルラドフ様の姿も捉えた。 


 3男のエルラドフ様は、他の3兄弟と同じく緑の髪と緑の瞳で、少年の面影がいまだ色濃く残る笑顔が可愛い男の子。たしか今年成人したばかりの15歳で、その甘い笑顔と優しい性格で農奴の女性陣のアイドル的存在として見られている。


 そのエルラドフ様は、私なんかには一切目を合わせることなく、猫隊員達に関心を寄せていて、猫人ニャダル達を撫で回していた。


 エルラドフ様のモフモフ地獄を体験し終えた猫隊員達は、トロンとした目を向けてゴロゴロと甘えてる。


「エル様、そこが気持ちいいのニャ~」

「次はニャ~の番だニャ~」

「ミャ~は、エル様とずっと一緒にいたいのニャ~」

「僕もミャ~と一緒にいたいな」


 すっかりエルラドフ様に首ったけになったらしい。


 にっこり笑い合う両者。アハハ、ウフフと楽しそうな声がする。


(何それ、そこだけ、空気が違ってない?)

(どういうこと?)


 連行されていく私が、猫人ニャダル達の真横を通り抜けたのに、誰もこちらに振り向かろうとしない。


 創造主の私に気遣う素振りが全くないんだけど……。


(──なんてこと!!)

(私達の間の絆ってそんなもろかったの?)

(創造主である私の目の前で、積極的に敵に寝返る裏工作をしてるって何なのよ!)


 ニャンニャンマスターズが初出動の初っ端から、結成崩壊しそうな予感がする。


(猫って可愛いからいいよねって安易に決めるんじゃなかった) 


 普通に犬人ワンガルにしとけば良かったと後悔の念を覚えてしまう。


(まあ、今更後悔しても遅いけどね)

(でもさ、このまま引き下がっては、女がすたる)


 猫人ニャダル達を生み出したのは私だ。私が最後まで責任を持つべきだろう。

 足の歩みを止めない私は、歩きながら、今後の対処方針を考えてみる。


(──そうだ、次は犬人ワンガル達を育てよう)

(そんでさ、ワンワンバスターズを結成するんだ)

(ワンワンバスターズと一緒になって、弛みきったニャンニャンマスターズに恐怖を植え付けてやろう)

(こうなったら、しっかりしつけ直してやるんだから)

 

(覚悟しなさい、ニャンニャンマスターズ──)


 そんな硬い決意をした私。

 ニャンニャンマスターズの猫人ニャダル達は、私の心の内など知る由もない。


「じゃ~、ロゼルハルト兄さんから、僕らも付いて行くように言われたから、手をつないで行こうか」

「それじゃあ、ニャ~と手を繋ぐニャ」

「ロゼルハルト様、お願いがあるのニャ~」


 連行されていく私の背後から、和やかな話し声が聞こえてるけど。


「ニャ~達のご主人様になってほしいのニャ~」

「お願いなのニャ~」「しっかり働くニャ」


 背後から突然、爆弾発言をして、私の思考の上をいくニャンニャンマスターズ。

 驚いた私は、足を止めて後ろに振り返る。


「本当に!!嬉しいな、それならシルアに後で頼んでみるよ」

「嬉しいニャ~」「やったニャ~」


 向こうからは、そんな歓喜に満ちた話し声が聞こえた。

 ついさっき建てた計画は、計画を実行に移す前に早くも破綻はたんしたようだ。

 

「キ──ッ悔しい」

「馬鹿!!もう、猫人ニャダルなんか大嫌い!!」


 猫人ニャダル達との絆を引き裂く発言をした私。


「シルア、立ち止まるな、黙って歩け」


 怒った顔をしたオセリアさんから手縄を引っ張られると、仕方なく、歩き続けるしかなかった。


 その後、裏切り者の猫人ニャダルなんか最初から居ないものと振る舞い、そのまま訓練棟の一室に連れ込まれると、一日中ほぼ缶詰の状態で、取り調べが行われた。

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