Kingdom-カゲロウ
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ブーブーブー__ブーブーブー__。
先程から十分毎に、隣の席に置きっぱなしにされた、携帯のバイブレーションが鳴っているが、その持ち主は現在不在である。
小さなディスプレイ画面には非通知、とだけ書いてある。
気にはなるけれど、人様の携帯を勝手に見るのも気が引ける話だ。
かれこれ、三回目の着信が始まった。
ブーブーブー__ブーブーブー__ブーブーブー__。
すると、教室のドアが開かれ、そちらを見ると、この振動する携帯の持ち主が現れた。今年の四月にドイツから引っ越してきた、目が悪くないのに丸眼鏡をかけている転校生、ハインリヒ・フォン・ケーニッヒ__異国からやってきたと言うことで、鳴神は彼を「王子」と呼んでいる。
それによくよく調べれば、彼の苗字である『ケーニッヒ』とは、王や王国などの意味があるらしい。つまり、妥当なあだ名ということだ。
まるで、映画のワンシーンのような__夢を追いかけて、それが叶うまで待ってくれ、と待たせていた婚約者に、ようやくその夢を叶えて会いに来る__といった二番煎じの感動のシーン__の、ような。
だけれど、遠慮という言葉を知らないのか、彼は無慈悲にも、通話終了ボタンを迷わず押した。
そして、鳴神の脳内で勝手に繰り広げられていた、ロマンスのシーンも見事に砕け散った。
「玉砕だ」
「……何か言いいましたか?
「ううん。三回も鳴っているのをじっと見ているとね、小刻みに振動しているのが、死にかけの魚みたいに見えてきてね。タイムリーな話、魚肉ソーセージ食べたくなってきていたところ」
「そうなんですね。うるさかったら切ってくれてもよかったんですよ? 割ってもいいし、ここから投げてくれても、全然問題ありませんでしたよ」
「いや、流石の鳴神でも故意にそんなことはしないよ……いや、流石のとか言う話ではないけれど。ドイツには携帯を壊す神さまでもいるの?」
「……うーんと、流石に携帯だけを壊す神はいないと思いますけど」
「間が気になるんだけれど……そうだよね。そんな神さま居るなら、是が非でも、会ってみたいところだけれど」
相手は玉砕した上、携帯も玉砕させろということなのか。
玉砕より粉砕かな?
それほど、相手を嫌悪しているのか__そもそもの相手が醜い人なのか。
憶測でしかないけれど。
憶測と言うか、鳴神がでっち上げた妄想でしかないけれど。
「ねぇ。ほんとうに出なくてよかったのかな? 三回もなったんだから、きっと大事な電話かもしれない」
「そんなことはないですよ」
「恋人だったかもしれないよ」
「それはあり得ないです」
「なぜ?」
「恋人とは限りませんよ。息子の携帯に、GPSアプリを入れるような母かもしれません。心配するふりをして、遺産目当ての家政婦かもしれないですし__普段誰とも話せないからって、連絡してくるガイストかもしれない__ですよ」
「ですよ、の応答としては共感しかねるのだよ」
モンスターペアレント、悪女、幽霊__からかかって来る電話なんて、確かに受けたくはないけれど。
けれども、最初の選択肢は最もあり得ないだろう。
何故なら、彼の母はすでに他界している。母だけではなく父もまた同じ日に事故で他界したとかまだしていないとか。詳しくは知り得ないけれど、逆に、その他界した両親の霊、と言う線が大いにある。
なんて不運な日なんだ、と鳴神は思っていたけれど、王子としてはそうでもなかいらしい。
彼が教壇の前に立ち、母国語かというくらい流暢に、日本語で自己紹介を始めた時。その時の、長ったらしい『ハインリヒ・フォン・ケーニッヒ』という名前には聞き覚えがあった。
主にシャルンホルストの姓に。
グルグルと思考を巡らせていると、ふと朝刊を読んでいたとき、たまたま目にした記事が『シャルンホルスト夫妻死去』という文字だった。
思ったことは、なんでも口に出してしまう性格である鳴神。良く言えば正直者。悪く言うのなら、世辞も言えない不躾なやつ。
そうだこれだ__とそう思った時には遅かった。
「今日の新聞で読んだのだけれど。ケーニッヒってことは、死んだあの
無意識に、条件反射で、問いかけていたのだ。
その時は放課後で、帰りがけだったため、隣にいた不知火くんには「おまえばかなの」と、凄まれた。
デリカシーがないだとか野暮だとか言われればそうかもしれない。無粋だなと指摘されれば「そうだよ」と肯定する他ない。
しかしながら王子は、全くと言っていいほど鳴神の発言に動じていなかった。
両親の死を、心中御察し申し上げなければいけないところなのに、馬鹿な鳴神の発言に、彼の感情が揺らぐことはなかった。隣からの刺さるような視線と、初対面だから、という理由で謝ろうかと思ったが、あろうことか彼はこう言った。
「別にいいですよ。事実ですからね」
逆に察せられた鳴神の心境。これが、王子との最初の会話だった。
「つまり、王子にとってこの電話には何かしらの、嫌がらせということかな? 意図しない嫌がらせか__それとも故意なのかな?」
「……そうですね。意図か故意かと言われれば、恐らく後者です。そのことでお話があるんですけど」
表情はメガネで見えにくいけれど、王子はお困りの様子。
「ほうほう! 『ナントデモ成(鳴)相談所』をご存知なんだね!?」
「すみません。それは知らないです」
「即答だよ」
「すみません。まだまだ新参者ですね、わたしは__。でも、少し訂正します。ほんとうは、知らなかったと言う方が正しいですね。噂で聞きました。そう言うことをやっているって、噂を」
「へぇ、噂かぁ。なるほどねぇ__。まぁ、この事業は最近始めたばっかりだし、知らなくても当然だよ。個人情報皆無な鳴神に、相談しようなんて普通は思わないだろうね。賢い人間ならば__ああ、君が馬鹿だとか言っているわけではないんだよ? 決して」
「? はい? 蟲生津さんが暴言を吐くような方だなんて、思っていませんから」
「全く、美しいね」
「わたしより、蟲生津さんや
「教楽来の二人に比べたら鳴神なんて、月とスッポンなんだけれど__」
高校二年生と神さまを兼業している、
正確に、専門的な用語でいうと、
蟲生津家は少し複雑な家庭環境で、鳴神と不知火の母は同じで、父が違う。つまり、下品な言い方になるけれど竿違い、とも言う。一方、百合くんはと言うと、不知火くんと腹違いの生まれ。鳴神とは従兄弟。百合くんの母は鳴神の母の妹、と言うことになる。
とまぁ、異常に、複雑な、カオスな、血縁関係であるのだけれど__だからと言って、普通の家族が羨ましい、だなんて思ったことはない。兄弟の仲が悪いわけでもないし、家庭の
そんなこんなで、愛も秩序もない家系に生まれた彼らは、強く育った。
強く。
物理的にも、精神的にも。
「鳴神をも、美しいと言ってくれるのは嬉しい限りなのだけれど__そう言うことじゃなくってだよ。外見的ではなくて、内面が、という意味で」
「そうですかね?」
「平和主義はいいことだと思うよ。争わないで済むならそれが一番だよ」
「進んで、修羅の道には行きたくありませんね」
「蛇の道はヘビーとも言うしね」
「蛇の道はヘビー……素晴らしい語呂ですね」
ダジャレだというのに、その言葉を素晴らしいと褒め称え、常に持っているのか、胸ポケットから出した小さな革手帳に書き留めている。どんなに流暢に日本語を話していても、まだまだ学ぶことが多いのだ、と以前彼は言っていた。
するとチャイムが鳴った。昼休みが終わって、掃除を終えて、午後の授業が10分後に始まるよ、の合図。
「それはそうと、用件を聞こうかな? 鳴神は午後授業入っていないけれど、王子はあるんだよね?」
「そうですね。ですが、話すと長くなるかもしれないので、明日、あらためて、お話したいと思っていますから__聞くより見たほうが早いので。これも、依頼の一部として請け負ってくれるとありがたいです。お金ならいくらでもありますから」
「いや、報酬はお金じゃなくてもいいんだよ。ともかく、今は報酬の話は、また後ほどってことで__ナントデモ成(鳴)代表、蟲生津鳴神、依頼を受注したよ! 明日のことはまた、連絡してくれるかな? 開けておくから」
「わかりました」
鳴神の提案に頷いて、彼は教室を後にした。
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