「私と読者とVROの仲間たち」ep6
arm1475
「私と読者とVROの仲間たち」
史上類を見ない疫病渦に翻弄された世界。
この世知辛いご時世でも、仕事に没頭しつつ僅かな時間で自分らしさを取り戻そうと趣味に走る社畜もいる。
ただし社畜故に限度というモノを知らず、睡眠時間を削ってまで趣味に没頭する者も少なくない。大抵は身体を壊して選択を迫られ、仕事と趣味のどちらかをリタイアするのだが、中には神に選ばれた規格外のバケモノもいる。
「……同人活動もやってて良く身体保つな」
『イヤミか兄貴。あたしから見たら兄貴の社畜ぶりのほうが心配よ』
「今はVROでかなり楽だからなあ、通勤時間とか」
『うちはテレワークだから自室で仕事出来るけど、VROかあ、いいなあ』
「そうは言うが大変だぞ、最近ようやく部下たちがちゃんと仕事してくれるようになったし」
『そうじゃなくて』
「?」
『メイドさん傍らで仕事出来るじゃん』
「うぉいっ!」
妹がその横に立っていた巨乳メガネメイドを指して言うと、兄は驚いてそのメイドを画面の横に押し出した。
「ご主人様なんですいきなり……」
「お前の姿見えてるぞ、どういうことだ!」
「私の姿が見えないのはVRO内部の話であって、ワークギアを介した外部通信まではサポート外です……」
「あーもう……兎に角画面の外にいてくれ」
『兄貴、今の何なの』
「て、テスト中のUIスキンだ。彼女とかそんなんじゃないからな」
『ハイハイ、社畜は恋愛している暇も無いもんねぇ』
「何かムカツク……」
手にしているスマホの画面内でため息をつく、年の離れた兄の姿を見て妹は苦笑いした。
「で、今日は何の愚痴だ?」
『愚痴って言うか……色々あるけどさぁ、同人即売会が滅多に開催されなくなって、印刷所も専門店も次々と廃業してさぁ……おかげでOLの仕事に張り合いがないのよねぇ』
「もうさぁ、これを機に同人活動辞めてOL業に専念したらどうだ?」
『それだけは嫌』
「なんで」
『兄貴みたいな仕事漬け人生の社畜で終わりたくないのよ。それにあたしにはあたしの作品の読者がいる、作品を待ってる読者さんたちがいるのよ!』
「BLモノの……」
『BL描きにはBL描きのプライドはあるのよ!』
そういって社畜兄の妹は先ほどまで描いていた原稿をスマホのカメラに突きつけた。清々しいほどのチャンバラ絵(やんわり表現)で社畜兄はちょっと引いた。
「今時珍しい手書きの無修正ですね」
「だからお前は出てくるな!!」
『兄貴何その面白いメイドさん』
「お前もキニスンナ!……まぁ中学生の頃から同人活動頑張ってたお前知ってるから、例えエロ同性愛漫画描きになっても真面目に向き合ってるから俺は応援してるけどな……つか相談事あったんじゃ無いのか」
『あーそうだった。話戻すけどさぁ、同人活動しづらい環境にみんな音を上げてんのよね……VROはいいよねぇ人が沢山集まっても感染しないし』
「何、VROで同人即売会でもやりたいの?」
『それが出来たら苦労しないわよ……兄貴に相談したいのは似たような事が出来る人脈を……』
「VROの運営にコネあるけどな」
『はい?』
「あすこの管理長が大学の後輩でな。うちの社にVROのベータテスト持ち込んできたの彼女だし」
『なんですとぉっ?!』
妹の驚愕する顔が画面一杯に広がったので社畜兄苦笑い。
「オチツケ。VROは色々トライアル・アンド・エラー中でな。前にいくつか企画書貰った時のサンプルで電子書籍書籍フェアってのがあった」
『……あー』
「?」
顔を戻した妹が、気の抜けた声を発して浮かない顔をするのが社畜兄は少し気になった。
『いや……あー……そうだよねぇ……電子書籍だよなあ……』
「何か問題がある?」
『その……いいや、もし出来るならその後輩さんにお願い出来る?』
「いいですよ! 私はむしろウェルカムです!」
即答だった。VROの管理長の反応は良くて二つ返事だと思っていたから、社畜兄はこれには困惑せざるを得なかった。
「しかしまさか先輩があの先生のお兄様だったなんて!!」
ヤバイ。俺ヤバイスイッチいれてしまったかもしれない、と社畜兄は焦ってしまった。妹と会話する時にも同じような経験があったスイッチであった。
予感は的中し、インテリと思っていた後輩がBLについて熱く語り始めてしまい、この電脳仮想空間から今すぐ逃げ出したい気分になってしまった。
「……と言うワケでぇ、VROを利用した同人誌即売会のトライアル……可能になったぞい」
『……兄貴酷く疲れてない?』
「ああいうのはもうお前で慣れ……って妹よ、何だその浮かない顔は。相談受けた時もそんな顔したなあ」
『兄貴に振っておいてなんだけどね……サンプルの発表の場程度にしか考えてなかったけどさ、よく考えると読むのは電子書籍だよねー』
「当然だろ、こっちは量子化された仮想空間だから紙媒体なんて持ち込めないぞ」
『だからさぁー……ねぇ兄貴、そちらで漫画か雑誌のグラビア読んだ事ある?』
「まあ昼休みに休憩所でたまに」
『でさぁ、見開きページどう読んでる?』
「そりゃあ、
『それぇぇぇそれぇぇぇ』
妹はこの世に絶望したような顔をする。
『見開きってさぁ、どどーんと読者に魅せる一番ウリなページなんよ? 描き手はそれ分かってるから力入れるわけ。
でもさ、
折角全力で描いてもさぁ、画面ちっちゃくされたり、半分こにされて見づらくなっりして、読み手萎えるわけよ、中折れもいいところよ、萎えるわー』
「お前漫画の話となるとマジおっさんになるから自重しろ」
『てへぺろ』
身内贔屓を抜きにもしても美人の部類に入るとは思っている妹が未だに彼氏いた歴無しなのはこの残念な性格だろうなあ、と社畜兄はしみじみ思ったが口にはしなかった。というかなんて自分の周りの女性は残念な人間ばかりなんだろうと嘆く方が先だった。
『でもまぁこのご時世、贅沢は言ってらんないわよねぇ。とにかくVROで電子書籍のサンプル使った即売会が出来るなら、リアルでやってる即売会運営の人と相談して……』
「ちょっと宜しいでしょうか」
そこへ突然、今まで大人しく沈黙していたスマホメイドが割って入ってきた。
『あ、メイドちゃんだ、やっほー』
「なんだよ?」
「ご主人様の妹様にご進言したい提案があります」
『へ?』
妹はきょとんとした。
「見開きページを横向きにする件ですが、私の
スマホメイドはそういうと手元にバインダー型のサブウインドウを起動させた。
「これは書籍を管理するVR専用ウインドウです。これに電子書籍を……えっとご主人様、このカタログ開いても宜しいでしょうか」
「カタログ……ああ、午後の会議で使った奴か。社外秘じゃないから構わんよ」
「では」
そういうとスマホメイドは件のVR専用ウインドウを開いてみせた。
『あれ……? それって!?』
スマホメイドが社畜兄妹に提示したそれは、左右のページがウインドウのサイズのまま並んでいて、まるで雑誌を開いているようであった。
「確かに現実の電子書籍ではこのような事は無理ですが、ここは量子化された仮想空間です。現実と同じ表現はいくらでも可能です」
『その手があったかぁぁぁぁぁぁぁ』
妹、ハイテンションで喜ぶ。
『
「お前そこまで言うか」
『しようが無いじゃん、ずうっと悩まされていた問題あっさり解決出来たんだから! 兄貴のメイドさん凄いよ!』
「凄いのは先見の明があった
スマホメイドは慇懃にお辞儀する。その姿に社畜兄は彼女を構築したSEに少し興味が湧いたが、子細を訊くほどの関心はまだこのときは無かった。
『兎に角それ採用! 即売会運営にも提示したいんであとでそのVR専用ウインドウの資料送って! 出来ればサンプルみたいなものが……』
「VROのログを使用して今のやりとりを再現したデータから動画に起こす事が可能です」
『凄い! メイドさんも凄い! VRO凄い! 私もそっち住みたい!』
「住む言うな」
社畜兄思わず苦笑い。
「俺は今のVR専用ウインドウは良く理解していないからあとはこいつに任せるわ。勝手に出来るよな?」
「お任せください」
「オーケー。俺明日早いからもう寝るわ、お前もさっさと寝ろよ?」
『うちの会社はテレワークだからギリギリまで大丈夫よ。兄貴のVROには負けるけどね、兄貴はもう無茶しないでよ?』
妹の言葉に苦笑しながら社畜兄はログオフした。
兄の姿が消えたスマホを妹は頬ずりしながらニコニコしていたが、やがてその表情に寂しさに満ちた昏い色が去来していた。
「……住む、か。もう自分の身体がどうなったのか覚えていないんだろうな兄貴は」
そう言ってため息をつくと、妹は大きくのびをして寂しそうな横顔を机の上の原稿に向けた。
おわり
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