第10話

ココは現在、赤子と一緒にわざわざ空にされた倉庫に収容されている。

入口には見張りが常時2人いて、一晩中見張るようだ。

そしてコルトたちの借家も同様に入口に見張りが置かれた。

赤子を庇ったという事実がある以上、全くいい気分はしないがどうしようもなかった。

ハウリルの取り計らいでなんとか明日早朝までの滞在が許可されただけマシだろう。

コルトは借家の食卓イスに座って夜遅くまでココを助ける方法を考えていた。

だが今のところ穏便な解決法が全く思いつかなかった。

真実を言おうかとも考えた。

だが信じてもらえる自信がなかった。

村には今ハウリルがいる。

真実を隠しているはずの教会所属の人間だ。

余計なことを喋れば、適当な理由でもつけて村人をけしかけてくる可能性がある。

そうすれば今度こそあの男は迷いなく一撃での皆殺しを選択するだろう。


「いつまでそうしてんだ、いい加減寝ろ」


突然声をかけられびっくりして顔をあげると、まさに今考えていた人物が立っていた。

他人事でお気楽なのかとっくに寝に入ったはずだ。


「……寝てたんじゃないのか」

「そのつもりだったんだが、外がうるせぇから寝れねぇんだよ」

「防音出来るだろ」

「音は防げるが気配がうるせぇ」


殺気だった気配がずっと動き回っているのが気になるのだろう。

ずっと村にいたはずのココが邪神に通じてしまったため、村人同士で疑心暗鬼になってしまったらしく、お互いを見張るためなのか、夜中になっても出歩いている村人が多い。


「……なんにも思いつかないんだ」

「………」

「なんとか、助けられないか考えたけど、どれも僕には無理だ」

「…俺に頼るって選択はどうだ?」


それは真っ先に選択肢から外した。

この男の救命方法なんて、対象以外を皆殺し以外に考えられない。

自分がほとんど戦えないばっかりに、人一人救えない状況に歯がみした。

一応コルトは3年前以降、軍人や警備隊を志望する以外の人間も最低限の逃避行動が取れるように、学校のカリキュラムが変更された。

結果はお粗末だった。

そこからさらに希望者は基礎戦闘教練もあったが、友人に強引に誘われて受けたため、やる気が起きず本当にスレスレの成績だった。

まさかそれがこんな結果として返ってくるとは思ってもみなかった。

自分にアンリとノーランを抑える力があれば、2人からココを奪える力があれば、ココを連れて逃げる力があれば……。

その時思ってしまった。

自分は果たしてあの二人に、アンリに手を上げられるだろうか、と。

無理だ。

見知った顔に手を上げるなんて出来ない、怖い、恐ろしい。

そして赤子を助けるためにアンリを魔法で弾き飛ばしたことも思い出した。

吐き気がする、口と頭を押さえて蹲った。

助けたい人がいるのに、助けるための行動を起こす勇気がなかった。


「お前、とことん向いてねぇな」


向いてない。

本当にそうだ、軽い気持ちでこちらに来ると言ってしまった。

何も出来ない、行動することすら出来ない。

何も分かってない子供だった。

泣いた。

そうやって考え込んで蹲っていると、いつの間にか鳥の鳴き声が聞こえてきた。

顔を上げると隙間から光が漏れている。

──朝になってしまった。

当然だがいつの間にかルーカスもいなくなっている。

のろのろと立ち上がり外への扉に近づいた。

そのとき、つんざくような悲鳴が上がった。

驚いて慌てて外に出ると、同じように驚いたらしい村人たちも悲鳴のほうに集まっている。

あそこはココが入れられているはずの倉庫だ。

嫌な予感がした。

恐る恐る近づくと倉庫の前で男が顔面をグチャグチャにしながら半狂乱で泣き叫んでいた。


「おっおお、お、俺が扉を開けたらすでにこうなってたんだよ!!俺は知らねぇ!やってねぇ!!」


別の男が宥めている間にアンリとノーランが倉庫の扉を開けた。






村は再び大騒ぎになった。

倉庫には見張りを置いていたし、村人も何人か自主的に村中を巡回していた。

それなのにココと赤子は殺された。

ハウリルが少し調べたが、内側から弾けたとしかいえない状態だったらしい。

ほぼ人の形を留めておらず、一部残った骨から辛うじて元人間であることが分かる程度だったそうだ。

どう考えても人間の仕業ではない。

村では邪神か悪魔の証拠隠滅だの、神の裁きだの様々な憶測が飛び交った。

そして倉庫は死体ごと燃やされることになった。

アンリとノーランはそれを無言で眺めていた。

声を掛けることが出来なかった。

遠くからそれを眺めることしか出来なかった。

何もせずぼーっと立っていると、目の前に己の鞄が差し出された。


「出るぞ」

「………」


コルトが見上げると真顔で真っ直ぐに倉庫を見ている。

この男でも凄惨な死に方をした他種族を思う事があるのだろうか。

無言で受け取って背負うと、村の出口を目指した。

西に行く予定のはずだが、一度南下すると言われ大人しく従う。

それから無心で歩き続けた。

ルーカスもそんなコルトに合わせて、無言で隣を歩いている。

それから数時間ほど経ったとき、ルーカスを口を開いた。


「…ココのことだが……」


だがすぐに閉じられた。

背後から馬の駆ける音が聞こえてきたからだ。

端に避けて振り返ると、乗っている人物の顔が見える距離まで近づいていた。

なんとハウリルだ。


「やはり南で正解でしたね!」

「気持ち悪いなお前、何の用だよ」

「一緒に行くと決めたではないですか」

「決めてねぇよ!?お前が勝手に言っただけだろ!?」


そのとき、コルトはハウリルの背後にいる存在に気付いた。

少し体をずらして後ろをみると、なんとアンリが乗っている。

だが顔を背けられて視線が合わない。

ハウリルもコルトの視線に気付いたらしい。


「あのまま村に置いておくよりは良いと思いまして、一緒に来ないかお誘いしたのです」

「……村の討伐員はどうすんだよ。そいつ一人だろ?」

「ご安心ください。わたしの一存で村の討伐員を連れて行くので、計らうように書状を送りました」


馬上から輝く笑顔が降ってきた。

なんでこの人、あれを見てすぐにこんなに笑顔になれるんだ。


「めんどくせぇなぁ」

「そう言わないでくださいよ」


それからハウリルは朗々と己の有用さを語り始めた。

それを無視してルーカスの服を引っ張る。

ん?という感じだが、すぐに思い出したらしい。


「あー、また今度な」


目線をハウリルに向けた。

無言でうなずく。

それからしばらく、同行を拒否するルーカスとハウリルの自分語りを長々と聞かされることになるのだった。






それから数日、未だに街らしきものにはついていなかった。

まさか村や街のお互いの距離がこんなに離れているとは想定外だ、アンリの村とネーテルは東側ではかなり珍しいほど近いらしい。

そして、南下するほど魔物の遭遇率が上がった。

こちらから積極的に探しにいかないが、襲われた場合はアンリとルーカスが迎撃し、ハウリルの指示で有用な部位は剥ぎ取り、肉は食べる分だけ確保し、残りはその場で燃やした。

その間、アンリはほとんど喋らなかった。

視線も相変わらず合わない。

一応聞けば返答が返ってくるので、それだけが救いだった。

ちなみにハウリルとアンリが乗ってきた馬は、途中すれ違った隊商に預け村に返してもらえる事になったので、今は4人とも徒歩だ。

そして今日もまた夜を迎えた。


「やはり次の街、アウレポトラについたらしばらく滞在しましょう」


野営のために敷設した焚き火の周りを囲み、食事をしているときにハウリルが切り出した。

すでに誰もハウリルが方針を決めることに突っ込まなくなっている。


「アンリさんは少々経験不足が目立ちます、北方出身とはいえこれからが心配です。アウレポトラは一応南部の魔物討伐の拠点街の1つでもあります、丁度いいのでそこでしばらく仕事を受けながら経験を積みましょう」

「それ俺ら関係ねぇじゃん」

「そんなことはありません。言ったでしょう、あなたたちはそもそも軽装過ぎると!」


国単位で引きこもっている弊害というのか、一応旅行というのはあるのだが、基本的に衣食住に困ることはないので、細かいことを気にしていなかった。

人がいるなら街もある、大丈夫だろうくらいの認識だった。

上の人たちもその辺が抜けていたらしく、かなり前のものだが地形情報と予想される教会情報ばかり教えられた。

ルーカスも食事はそのへんの獣を狩ればいいし、寝るのは襲われても本人が強いので野宿でも心配ないし、服についてはそもそも考慮していなかった。

洗って乾燥まで1人で完結するし、短時間全裸でもなんとも思わないタイプだと言っていた。

とはいえ、それらは他に人がいないときのみ使用可能なので、それを知らないハウリルがあまりに軽装備のコルトたちに大激怒したのだ。


「こんな頭空っぽの移動がありますか!水も食料もないとは死にたいんですか!?」


ということで、次の街で仕事を受けてまともな装備を整えろとの事だ。

正論すぎて何も言い返せなかった。

ルーカスは未だに納得がいってないようだが、移動時の危険性についてこんこんと語られてしまえば、となりに軟弱者がいる以上は従うしかない。

だが終わりの見えない旅なのでいい機会だ、ここで少し色々と学んで置くのはいいかもしれない。


「予想では明日にはつけるはずです。いいですか、逃亡は許しませんよ!」


特にあなたですとルーカスは杖でグリグリされている。

ここ数日の出来事でハウリルから遠慮がすっかり消えていた。






翌日の昼過ぎ頃、ようやくアウレポトラに着いた。

堀と2重の壁に囲まれた城郭都市で、ネーテルとは比べ物にならないほど大きな街だ。

魔物の進行の最前線のため、長年かけてここまで立派になったらしい。

堀には跳ね橋かかけられており、1つ目の門をくぐると多くの討伐員や行商人で賑わっていた。

ネーテルの広場の出店も凄いと思ったが、ここは比べ物にならない。

多くのテントや屋台が並んでおり、食べ物などは売ってないが雑貨などの品揃えは圧倒的だった。

何に使うのかよく分からないものまで売っている。

思わず歓声をあげた。。


「うわぁ、いろんな物があります」

「そうですね。討伐拠点は人が集まるので、商隊などの行商人も自然と集まるのですよ」

「ここに来たことあるんですか?」

「ありますよ。大体の大きな街は回りました。そんなことより今は先に宿を確保いたしましょう、あとで回る時間はたっぷりとありますからね」


急かすハウリルに名残惜しいが先導されて街中に入ると、中は中で非常に賑わっていた。

明らかにネーテルとは人口が違う。

建物も大小様々で数え切れない程だ。

その中にはひときわ大きな建物があり、通り過ぎるときに開け放たれた扉からちらっと覗くと、中は鍛冶場となっており多くの人が働いていた。

初めて見る建築群に首が上に向きっぱなしで、完全に足元が疎かになってしまったので、何度かつまずきそうになってしまった。

一度だけアンリが直前に腕を掴んでくれたので事なきを得た。お礼を言うと小さく返答があったが、相変わらず視線は合わなかった。

そんなコルトたちに構わずハウリルは街中をズンズン進んでいる。

コルトたちもなれない場所もあり、ついていくのが大変だった。

やがて1件の大きな建物の前が見えてきた。

凝った装飾に外壁もとても綺麗でいかにも高級そうだ。

入り口もとても綺麗に整備された庭が広がっており、同じ制服をきた男が2名立っている。

そしてやっぱり


「この街で最上級の宿です。先ずはここで部屋があるか聞いてみましょう」

「俺ら金はないんだが?」

「ご安心を。南部の魔物は活きが良いですよ」


つまり働いて払えという事だ。

魔狼の金額を考えると、魔物1匹がここの1日分に足りるとは思えないが大丈夫だろうか。


「ここ最近また魔物の襲撃が活発化しております。現在東は人手不足なので頑張りましょうね」


笑顔でとんでも発言をするハウリルに3人は無言になった。

そしてその笑顔のままハウリルは行きますよと宿の中に入ってしまう。

取り残された3人は微妙な空気の中、誰が最初に行くか無言の駆け引きをする。

先に諦めたのはルーカスだ。

歩き出すルーカスについていくと、やっぱりというか案の定入り口で制服の男たちに止められてしまった。

曰く、当宿に相応しくないものを入れるわけにはいかないという事だ。

見た目貧乏そうだし、そもそも数日お風呂に入ってなくて汚いし、気持ちはわかる。

入り口で止められているとハウリルが戻ってきた。


「あぁすいません、その3人は私の連れです。道中色々ありまして、身ぎれいにする時間がありませんでした。」


それを聞いた男たちの態度が急に変わった。


「失礼致しました!司教様のお連れ様とは知らず、申し訳ありません」

「いえいえ、こちらこそ紛らわしい格好で来てしまい申し訳ないです。3人とも早くこちらに」


いつの間に連れになったのだろう。

勝手について来たのはそちらではなかろうか。

隣のルーカスも目が据わっている。

そんな視線を軽く受け流したハウリルがカウンターに向かうと、部屋をいくつ取るかという話になり、コルトとルーカスは同室で良いかという話になった。

元々二人で行動していて何となくセットなのは分かるのだが、別にしてほしいと言った。

自分だって子供ではない。安全が確保されている場所でまで同じにされるのは堪ったものではない。

のだが、お金のあては?と聞かれて全く無い事に気付いた。

そんなわけで悲しいことにルーカスと同室になってしまった。

なんとかして稼ぎ方法を考えたほうが良いかもしれないが、討伐員以外の方法が思い浮かばなかった。

部屋割が決まってからは各自自由行動となる。

とはいえ明日から忙しいので早めに休めと言われたし、街の外にも出るなと言われた。

なにより無一文である、となれば出来る事は少ない。

そもそも宿の外に出て戻ったときにまた入り口で止められるのもごめんである。

ということで、そうそうに部屋にあがったコルトは、早速備え付けのベッドに思いっきりダイブした。

ふかふかのベッドだった、柔らかく体を包む布団が冷たくてとても気持ちが良い。

これでさらに毎朝体の節々が痛くなる心配をせずに済むと思うと最高だった。

そしてそのままウトウトとして意識を手放した。

それからしばらく。


「あー、やっとあのクソ司教さまと離れられたと思うと開放感が素晴らしいぜ!今なら魔力無しで飛べる気がする!」


遊んでくると言ってどっかに行っていたルーカスが戻ってきた。

せっかくのいい気持ちで寝ていたのに、台無しになった。

己の不甲斐なさのせいとはいえ、納得がいかない。


「なんだ、俺と一緒はいやか?」


逆になんで一緒が良いと思うのか。


「まぁ良いじゃねぇか、心置きなく密談出来るだろ」


そう言うと、ルーカスを中心に部屋中に魔力が一気に充満していくのを感じた。

防音のために魔力で空間を満たし、真空の層を壁との間に生み出すのだ。

さらに窓の付近では水を複雑に凍らせ、中を簡単には確認出来ないようにしていく。

複数属性を同時展開し、さらに複合させることで物質変化まで起こしている。

相変わらず魔族の魔法は意味が分からない。

そして本人は久々に色々魔法が使えたせいかご満悦だ。


「それで!道中サクッと殺すわけにも行かねぇからここまで来ちまったが」

「それは絶対やめろ」


簡単に人を殺すとか言わないで欲しい。


「はいはい、分かってるよ。話進めるぞ、あいつが何考えてんのか知らねぇが、下手な行動は取れなくなった」

「……僕たちのこと、どう思ってるのかな?」

「わっかんねぇんだよなぁ。普通悪魔と魔族がつるんでるなんて思わねぇだろ?」

「そうかもしれないけど、一応表向きは教会とは敵同士だし?敵の敵は味方とか、言ったりもするし」

「お前らは引きこもってるから知らねぇだろうが、俺ら……、あー、魔人はわざわざ東のほうには行かねぇよ。遠いからな」

「遠い?」

「大瀑布を越えられるような魔人の拠点は西側に集中してんだよ。東にいくにもこっちは端に近いから、わざわざこんなとこまでこねぇよ」

「なるほど」

「あいつらがそれを知ってるとは思わねぇが、俺の知ってる範囲でも東にいくやつはいねぇな」


前例がほとんどないから、予想しづらいという事か。

だが


「君、確か砦に捕まってたよね」

「………」


砦に捕まっていたところをついでに救助というか、戦利品扱いで持ち帰ったのがルーカスだ。

教会管轄の砦に捕まっていたのであれば、当然それを教会が把握していないとおかしい。

そんなに長い期間捕まっていたわけではないらしいので、どこまで情報が伝わったのかはわからないが、つい最近まで魔族の男が東で捕獲されたことは把握しててもおかしくない。


「いやっ、でもまだこっちで噂になってねぇ!」

「魔人を捕まえましたが逃げられました、なんて大騒ぎになると思うけど…」


騒ぎになっていないということは、逃げた事を伏せられているか、または捕まえたこと自体を伏せているかだ。

いずれにせよ、それをハウリルが知っているかという話になるが、警戒するに越したことはない。

ルーカスが頭を抱えて唸りだした。

それを見て、なんかちょっと気分が良かった。

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