第9話

一晩寝てなんとか落ち着いたコルトは、村の畑の水やりを手伝っていた。

動いていないとまた考えてしまいそうになる。

単純な作業とはいえ貧弱なコルトでは井戸から水をくみ上げ、それを畑に捲くだけでも重労働のため良い感じで気がまぎれた。。

昼頃にはなんとか半分ほど終わっていたが、もうすでにヘロヘロだ。


「お疲れ、大丈夫かお前」


アンリに差し出された肉の野菜サンドを受け取りかぶりつく。

今は食べられるなら味なんてどうでも良かった。


「聞いたぞ、寝不足で倒れたらしいじゃないか」

「倒れてはいないけど、昨日たっぷり寝たからもう大丈夫だよ」

「ならいい」


アンリもコルトの隣に座り、同じものを食べ始めた。


「どのくらい終わった?」

「半分くらい」

「意外と進んだな!もっと少ないかと思った」

「僕もやれば出来るよ!?」


やれば出来たが大分限界が近い、ペース配分を間違えた気がしている。


「ホントは魔法で一気に片付けられたらいいんだが、討伐員になったからいざって時に魔力が使えないと困るだろ。だから控えてるんだ。他のやつは最近捲いたばっかだから、まだ全面賄えるほど回復してないしな」


それを聞いてカルチャーショックを受けた。

ラグゼルでは魔力による土壌への放水は重罰だ。

やむを得ない事情を除いて下手すると国家反逆罪が適用される可能性もある。

なので全くそんな考えが思いつかなかった。

とはいえ……


「……それ、今はルーカスがいるから気にしなくていいんじゃ………」


そう指摘すると今初めて気付きましたという感じで目を見開いた。


「そうじゃん!コルトたちいんなら関係ないじゃん!」


特に積極的に滞在中は守りますよとは言ってないが、食べ物も恵んでもらっているし、戸建の家も貸してもらっている。

これで襲われても守りませんよは筋が通らないだろう。


「いよーし!飯食ってちょっと休憩したらパパッと水撒き終わらせるか!」

「一応半分は手伝うよ、僕たちがいるって言ってもいつまでいるか分からないし」

「気が利くな!助かる!」


ということで午後は二人で水撒きをする事になったのだが、案の定コルトが足手まといで結局残りの半分近くをアンリにやってもらうのだった。

己の不甲斐なさにしょぼくれ、アンリにはこれから頑張ろうなと情けないフォローをされ、さらに凹む。

なんとかしなければ。

という事で夕飯まで特訓するためルーカスに剣を貸してもらおうと探してみるが、村の中で見つからない。

タイミングよくどこぞの民家から出てきたハウリルに所在を聞くと、子供たちに捕まり村外れに剣を教えに行ったようだ。

逃げ切れなかったとは珍しい、めんどくさがっているのは口だけなのだろうか。

ハウリルは何をしていたのか聞いてみると、家を一件一件訪ねて近況や不足がないかなどを聞いて回っていたようだ。

今日はこれで終わりとの事で一緒に探しに行くことになった。


「昨日はよく眠れましたか?」

「はい、眠れました。すいません、途中だったのに」

「お気になさらず。体調が悪い事を見抜けなかった私の不徳の致すところ、今は元気そうで何よりです」

「………はい」


少しだけ後ろめたさを感じる。

二人っきりな事が落ち着かなくて、少し歩く速度を早めた。

村はずれにつくとルーカスはいいように子供たちに遊ばれていた。

みんな思い思いの木の棒を持って寄ってたかってルーカスに殴りかかっている。

ルーカスはげっそりとしてしゃがんではいるが、片手に持った同じく木の棒で上手くあしらっているのは流石である。


「体力バカだと思ってたけど、君って疲れることあるんだ」

「……人はな、心が疲れると体力も減るんだよ」


子供たちがコルトたちに気が付くと、司教さま!とハウリルに駆け寄っていった。


「今日は兄ちゃんといっぱいたたかったんだぜ!」

「でも一回もあたらなかったの!ぜーんぶバーン!って!」

「ずるい!」

「狡くねぇよ!?いてぇの分かってるのに当たりたくねぇからな!?」


それから子供たちはずるーい!の大合唱でルーカスの周りを回り始めた。

子供の体力は底なしか。


「たくさん遊んでもらったようで良かったですね。ですが、今日は終わりにしましょう。みなさん帰ってご飯の準備を手伝うのですよ」


それを聞いて声を揃えてはーい!と元気よく返事をすると、みんなキャーキャー騒ぎなら村に戻っていった。

素直なのは良い事だ。

対してルーカスは地面と同化している。


「コルト、今夜村を出るぞ」

「ダメだよ、約束したんだ。それに嫌なら逃げれば良かったじゃないか」

「逃げたよ!?木の上に逃げたんだよ!見つかっても登ってこれねぇし諦めると思ったら、あのクソガキども斧持ち出して切り倒しにきやがった!頭おかしいのか!?」


さすがに乾いた笑いがでた。

林業が盛んなこの村の子供ならそういう発想にもなるのは分かるが、ホントにやるとは思わないだろう。

そもそも危なすぎると思うが大人たちは何をしているのだろうか。


「さすがにそれは危ないですね。村の大人たちに注意しておきましょう。事故が起きてからでは遅いです」


ハウリルも厳しい顔をしている。


「私からのお詫びというのも変な話ですが、明日1日は勘弁して頂けるように取り計らいましょう」

「いやっ、ずっと取り計らってくれ」

「それは承知しかねますね。腕の良い討伐員が増えるのは教会に取っても喜ばしいことなので、これからも期待していますよ」


有無を言わさぬハウリルの笑顔に、絶叫が響き渡った。






ココが産気づいたのはそれから5日程たったときだった。

朝から子供たちに混じってルーカスに鞘付きの剣を振り降ろしては、強めに弾き返され、そのたびに地面を転がっていると、急に村が騒がしくなったのだ。

女たちがココの家に集まり、ノーランも息を切らしながら戻って来た。

コルトも何か出来ないかと思ったが、邪魔と言われてしまったので、ココの家から少し離れた場所に大人しく座っていた。


「思ったより出来ることなかった」

「そりゃそうだろ」

「知識だけじゃやっぱりダメだなぁ」

「……あーうん、お前気付いてないな」

「なにが?」

「いやっまぁなんつーか、お前はあいつらのこと少し見下してんじゃねぇか?」


とんでもないことを言われた。

見下している?誰が、誰を?


「分からなくはねぇけど、無意識なんだろ。俺もそうだったし。あいつらが知らないことを知ってるってのが、優位に感じて無意識に見下してんだろうな。だから根拠の無い自信が湧いてくんだろ」

「えっ、なに言ってるの?」

「分かんねぇのかよ」

「だってそんな思ってない事言われても分かるわけないよ」


深いため息を吐かれた。

そして目線を合わされ、子供にするように言い聞かせるように口を開いた。


「お前やたら手伝いたがるが、あいつらじゃ出来ないだろうから俺が手伝ってやるぞって気持ちがあるんじゃないか?」

「ふざけるな!そんなわけない!いくらなんでも言っていいことと悪い事がある!」

「悪かったよ。でも俺からはそう見えるんだよ。あいつらはずっとここで生きてきてるんだ、だからこっちでの生活の知恵ってのはお前よりはずっとあるだろ。なんでもかんでも手伝おうとするな」

「僕は純粋に力になれればって思ってるだけだ。なんでも疑ってくるのやめろ、一緒にしないでくれ!」

「……分かったよ」


語気を荒げて言い返すと分かってるのか分かってないのか分からない返事をされた。

分かってるとは言ってるが表情が全然分かってない。

なんでここの人たちを見下しているなんて考えになるのか。

騙しているのは事実だ。だからこそその分せめて友好的でありたい、力になりたいと思って今まで行動している。

それを勝手に見下しているなんて決めつけて説教してくるとか、そっちこそなに様のつもりなのか。

魔族には他人を思いやるという感情がないのか。

忘れたころに敵対種族であることを思い出させるようなことをしてくるのを止めて欲しい。

しばらく顔もみたくない。

場所を移そうと思い立ち上がった時だった。

強烈な悲鳴と何かが落ちる音や倒れるが響いた。

音のほうをみるとココの家だ。

反射的に駆け、そして勢いよく扉を開けた。

信じられない光景が広がっていた。

鬼の形相のノーランはココの頭を押さえて床に縛り付け、女たちは怯えて壁際に蹲り、アンリは斧を振り上げている。

アンリの足元に落ちているのは生まれたばかりの赤子だった。


「アンリ!?」


アンリが振り下そうとした瞬間になんとか斧を持つ手を押さえることに成功した。

だがこのままでは赤子を踏みかねない、コルトは雷を発生させると自分に当たるのも構わず弾けさせると、両者別々に吹き飛んだ。

悲鳴が上がる。

コルトは壁に叩きつけられたが気合で立ち上がると、急いで赤子に近づき抱き上げた。

だが状態が分からない。

心臓は動いているようだ。

その時横から魔法の気配を感じて振り向くと、ノーランがコルトに向かって魔法を放っていた。

咄嗟に背中を向けて衝撃を覚悟するが、直前に見知った影が立ちはだかり、魔力のこもった剣を振り降ろすと、放たれたかまいたちが霧散した。

ルーカスは余裕たっぷりに肩に剣を構え、背後にコルトを隠した。


「穏やかじゃねぇな」

「クソ野郎が」

「おいおい、それお前が言うか」

「あぁ!?悪魔の仲間の分際でなんだてめぇ!クソッ、コイツら村に入れた私の責任だ」

「待ってよ、アンリ!違うの、ホントに違うんだって」


ココがなんとか声をあげるが、途中でノーランが頭部を殴りつけて黙らせてしまった。

涙を流して違うと零すココは顔に殴られた跡があった。

直前まで、本当に出産が始まる直前までみんな仲がよさそうだった。

それなのにどうして今こんな状況になってしまっているのか。


「なんで…、なんでこんなことするんだよ。ココさんが何をしたって」

「知らないふりか、嘘くせぇな。それがなんのか知らないつもりか?」


そう言って示された腕の中の赤子を改めてみると、うっすらと生えた髪が黒かった。

間違いない、無魔の子だ。


「魔力がねぇな」

「そうだ、子に魔力がねぇのは親が邪神を崇拝してる証だ。ココは私たちを裏切った、邪神に魂を売りやがった!!」


悲鳴のような叫びだった。


「だから殺さなきゃならねぇ、それを邪魔するお前らも殺す」

「そんな、違う、だって…!」


──その子は先祖返りしただけだ。

続きを言う前にルーカスが思いっきりコルトの足を踏んだ。

警戒しているような動きだが、明らかに意図的だ。

そこから先を言えば、どうなるか分かってるよなという警告だ。

そのままグイグイ押されてココの家の外に出てしまった。

その時、騒ぎを聞きつけた仕事途中の村人たちがやってきた。

助かったと思い口を開くが、


「ココが邪神の子を産みやがった!!こいつの腕の中だ!!」


アンリが叫びながら、ルーカスに斧を振り降ろした。

だが何てことないように軽く弾いたルーカスに開いた腹を思いっきり蹴り飛ばされ、別の民家に叩きつけられて動きが止まった。

村人たちは突然のことに一瞬動きが止まるが、すぐに目の色を変えると手に持っていた農具や斧を振り上げて襲ってきた。

ルーカスの雰囲気が変わった。

殺す気だ。

この状況を打開するために、コルトを守るために。

どうしてこんなことになった。

やめてくれ。

殺さないでくれ。

──ソノヒトタチハ


「何事ですか?」


声が響くと同時に村人が宙を舞い、そのまま落下した。

ハウリルは杖を構えたまま村人を見渡す。


「どういう状況ですか、誰か説明を!」

「ココが邪神の子を産んだ。俺の子を邪神に売りやがった」


ノーランがココの髪を掴んで引きずりながら出てきた。

ココは抵抗する気力も無いのかされるがままだ。


「子供はどこですか?」

「そいつが持ってる」


コルトはルーカスの背中に隠れた。。

ふむ、とハウリルが近づくとルーカスが警戒して剣を構える。


「抵抗するのは邪神の仲間であるからですか」

「ちげぇよ、親の罪を生まれた子が被るのは納得出来ねぇ」

「…そうですね、あなたの言っていることは正しい」

「司教さま!?」


まさかの肯定に村人が色めきだつ。


「この状況では仕方ありません。まだ確実ではないため非公開だったのですが、最近教会の中枢では邪神の子として生まれた者をなんとか救えないかという話があるのです」

「……どういう…ことです、司教さま」

「奪われたものを取り返したいと思いませんか?」


どよめきが生まれた。


「そういうわけで子供はわたしが預かります、あなたたちは一度解散なさい。ココさんについては、明日教会に連れて行くのでそれまでは村のどこかにお願いします」


解散を告げられた村人はココを縛り上げ始めた。

意識のないアンリもどこかに連れていかれる。


「赤子を見せていただけませんか?」


ハウリルの要求にコルトは拒否を示す。

ルーカスもまだ警戒を解いていない。


「何もしません、それにこれ以上はあなたたちを擁護できませんよ?」


邪神の子を庇えば庇うほど立場が悪くなる。

だが、そうは言われても簡単には手放せない。


「そのまま抱いているだけでは死んでしまいますよ」

「……コルト」


苦渋の選択だ、コルトは赤子を見せた。

ハウリルが優しく赤子に振れる。


「幸いにも命に別状は無さそうですね、」

「ホントですか!?」

「えぇ。ですが何も食べられなければいずれ死にます。今日だけはココさんの元にいられるようにしましょう、明日以降は教会がなんとかします」

「……ココさんはどうなるのですか?」

「当然処刑です、邪神に自らを売ったのです」

「そんな……」


なんとか助けられないだろうか……。

コルトは考えを巡らせるが妙案が浮かんでこない。

しかも隣の無慈悲な男は理不尽な理由で殺される者よりも自分達の保身が心配なようだった。


「それで、俺らはどうなるんだ?」

「何もありませんよ」

「……ほぉ」

「その心で奇しくも教会の未来と重なりました。このような偶然を起こせるものを捕まえたりしませんよ」

「はっ、まぁいい。じゃ、俺らはこれで行くぜ」

「おやっもう行かれるのですか?」

「もともとココの出産までって話だったんだよ」

「一日くらい待ってもいいではないですか、もうすぐ日が沈みますよ。さすがに暗い中行くのは大変でしょう?」


ルーカスがこちらを見た。

出来ればもう1日泊まって欲しい、ギリギリまで考えたい。

そして思いは通じた。


「明日は早いぞ」


それだけ言うと借家に向けて歩き出した。

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