第3話

村を出発して数刻。

特に魔物に出会う事もなく悪路をゆっくりと進む馬車の上でガタガタと揺られながら、荷馬車で御者を務めるアンリの隣に座ったコルトは色々と質問をしていた。


「街はなんて名前なの?」

「ネーテルだ。ここら辺だと一番大きくて色々揃ってるけど、村からだとちょっと遠いのが不便なんだよなぁ」

「じゃあアンリもあんまり行ったことなかったり?」

「実はそうなんだよね。1年ちょっと前に討伐員になってからはちょくちょく行ってるけど、それまではほとんど行ったことないよ」

「つい最近じゃないか、なんで討伐員になったの?」

「村の討伐員が全員死んだからだよ。見よう見真似で少し鍛えてたし、いるといないのとじゃ信用が全然違うからさ」

「信用?教会からの?」

「主にはそうだけど、あとは隊商かな。ちゃんと教会に貢献してる村って事で立ち寄ってもらいやすくなるんだよ」

「なんか基準が全部教会なんだね」

「そりゃそうだよ!教会が無かったらとっくの昔にみんな殺されてんだぞ。今も世界のために戦ってる教会が中心になるのは当たり前だろ?」


そういうアンリは嬉しそうだ。

色々と納得はいかないが今はそれを表には出せないし、何よりアンリとの関係を悪くしたいわけではないので、この話は置いておこう。

代わりに別角度の話題を振ってみた。


「神様ってどんな神様なの?」

「……どんな…か。大昔に魔族との戦争で負けそうだった私たちに魔力をくれて、魔族と戦う力をくれた。そんで立ち上がった人達が魔族を南の地に追いやったんだって」

「へぇー、凄いね」

「その戦った人達が神様に感謝を込めて作ったのが教会の始まりなんだってさ。魔族はそれが気に入らないから、今もちょくちょく大瀑布を超えて攻めてきてるんだと」

「ダイバクフ?」


それも知らないのかと胡乱な目を向けられた。

あいまいに笑って誤魔化す。捨て子だからしょうがない。

しょうがないなとため息をついたアンリは、前に向き直ると続きを語りだす。


「大瀑布は南にある巨大な滝だよ。見たことないが、落ちたら生きて帰ってこれない途轍もなく大きな滝が大地を割くように広がってて、それがあるから魔族の侵攻を食い止めてんだってさ」

「……でもなんで魔物はこっちに来るんだろ」

「あいつらの一部は空を飛べる、ここら辺に出るのも飛べる奴らが運んできたのが繁殖した結果だとよ」

「迷惑だね」

「……ホントにな」

「巨大な滝って神様が作ったの?」

「そうらしい」

「神様って凄いね」

「すっごいよな、魔力くれたり滝作ったり。そのご神体は今もルンデンダックにあって、いつか一度行ってみたんだよなぁ」

「ご神体あるの!?」


学習したのでルンデンダックが何か聞くのをグッと堪える。

多分教会のある街か建物の名前だろう。


「あるぞ。つっても公開はされてないから見れないけどな」

「残念……」

「だからお前らもちゃんと教会に感謝して貢献しろよ。特にそっちのカラシ!」

「カラシって俺の事か!?」


荷台で魔狼の死骸に囲まれながら早々にふて寝を決めていたはずのルーカスが飛び起きた。

ちょっと臭うからあまり近寄らないで欲しい。


「赤くてタッパがあっていつもピリピリしててそっくりだろ?」

「はぁ!?俺のどこがピリピリしてんだ。こんなに温厚な色男どこ探したっていねぇよ!」

「自分で色男言うんじゃねぇよ!!お前ずっと警戒してピリピリしてんじゃねぇか!!」

「俺らを利用しようとしてる悪党を警戒して何が悪い」

「ちょっと二人とも……」


口を開けばこの二人は喧嘩をしているなとため息をつく。

ルーカスももうちょっと年齢相応に大人になって欲しい。

ギャアギャア騒ぐアンリと再びふて寝を決め込んだルーカスを見て、コルトは早く街に着かないかなぁと見知らぬ神に願うのだった。






そろそろ昼時という頃、城塞に囲まれた街が見えてきた。

ここまで来るとそれなりに街道が整備されているらしく、大分揺れが収まっている。

見晴らしのいい丘を利用して作られたその街は一番高いところに真っ白な建物が建っているのが見えた。

アンリがやっと着いたと少し馬車のスピードを上げると、揺れが大きくなったせいかルーカスが起き上がる。


「あそこがネーテルだ。先ずは丘の上の教会に行って死骸を引き渡したらカラシの登録を済ませよう」

「分かった」

「……コルト、お前は外で待ってろ」

「えっ、何で?君すぐアンリと喧嘩するじゃん」

「はぁ?してねぇよ、コイツが勝手に突っかかってくんだよ。そうじゃねぇ、登録するわけでもねぇお前が教会に入る必要ないだろ?街でも見て回ってろよ。なんだその目は」

「大丈夫だコルト、カラシはしっかり私が見とくよ」

「ガキのお守りは得意なんだよ、安心しな」


二人の間に火花が散った。

子供のお守りが得意とか初めて聞いたし、どう考えてもルーカスが余計な事を言うのが悪いと思う。

コルトは話題を逸らすべくおすすめの場所を聞くことにした。






街にはアンリが討伐員章を門番に見せるとあっさり中に入る事が出来た。

だが出来れば死骸には目隠しをするように注意された。さすがに街中で死骸をそのままで運ぶのは問題があるみたいだ。

いつもは袋に入る分だけだったので、気にした事がなかったらしい。今回は初犯との事で見逃され、ついでに布も貸してくれた。

そのまま寄り道せずに真っ直ぐ丘の上まで続くメインストリートを上がると、ちょっとした広場になっており、先ほど聞いた通り出店が立ち並んで賑わっていた。

肉を焼くいい匂いがして急にお腹が空いてくる。

アンリは広場の外側の道路を通って白い建物、教会の脇にまで馬車を進めるとそこは様々な物を検分する場所で、たくさんの人やモノが行き交って騒がしかった。


「討伐員章をお出しください」


近寄ってきた祭服を着た女にアンリが再び員章を見せると、それを確認した女は手元のボードに何かを書き込んだ。


「後ろのお二人は?」

「討伐を手伝ってもらった。赤いほうは新規で登録したい」

「承知致しました。中でお待ちください」


アンリについて教会の入口に戻る。


「悪いコルト。そんなに時間は掛からないと思ったけど、今日はちょっと混んでるみたいなんだよ」

「そっか、お昼はどうするの?」

「終わったらここの出店にしようかと思ったんだけど、時間掛かりそうだからなぁ。中に食堂あるからそっちで食べるつもりだ?やっぱりコルトも来るか?」

「…僕はいいや。街もちょっと見て回りたいから、出店も気になるし」


ちなみにお金は街に着く前に魔狼退治の前金という事で少しもらった。

宵越しの金は持たねぇとかかっこよく言うルーカスを黙らせ、人里に近寄らないから必要が無かったということで納得してもらう。


「じゃあここで一度別れよう。終わったらまたここに集合な」

「分かった、気を付けてね」


手を振って中に入るアンリと無言でついていくルーカスを見送ると、コルトはウキウキと人込みの中に入った。

出店を端から見ていくと、食べ物だけでなく装飾品や服、薬や薬草と思われるものなど様々なものを売っていた。1つ1つ丁寧に見ていきたいが、先ずは腹ごしらえだ。

食べたいものは肉だ。正直植物系は昨日の村を考えるとあまり味に期待が持てない。

肉のほうは種類が豊富で迷うが、一番たくさん人が並んでいるところの串焼きを買った。

なんかホールカウとかいう魔物の肉らしい。

肉厚でとても美味しいが、薄っすらと味付けしてある香辛料が肉の味に完全に負けていた。

香辛料ですら味が薄いことを考えると、この先に絶望を感じる。

お腹を満たしてからは各出店を冷やかしてみた。

装飾品はどれも出来が良く、服も生地の質が良いとは言えないが縫製がしっかりしていて中々に良い感じだ。

特に魔物の部位を使った鎧や武具は人気が高いらしく、討伐員と思われる武器を持った人達が真剣に吟味をしていた。

薬などもみてみたが、さすがに傍目からは効果が分からないし、買うお金も無いしすぐに隣の薬草に移った。薬草は数は揃っていたが1株の大きさが少し小さい気がするが、買うわけでもないのに触るわけにも行かず、結局それもそこそこ見てすぐに退避した。

それから広場を少し出て街の中に入ってみるが、やはり一番賑わっているのは広場のようだ。街中にも色々と店があり人もそこそこ入っているが、陳列されている商品を見ると出店よりも質が高いようで、客も広場より身なりの良い人が多い気がする。

店舗のほうは高級志向なのだろうか。

さらに下っていくと、地元の人向けといった感じになった。

酒場があり遠目でみると、武器を持った人達が何かを飲んで食べて喋ってと騒いでいる。

こういうところはどこも変わらないらしい。

一通りみて満足したコルトは振り返ってメインストリートの坂にげっそりとしたが、諦めて来た道を戻る。

それなりに見て回ったので時間も結構経っていると思ったが、集合場所に二人はまだいなかった。長引いているようだ。

たまたま近くのベンチが開いたので、座って広場を見渡す。

道行く人を眺めるとどの人も髪色が明るくはっきりとしており、そこそこ魔力を持っていると思われる人ばかりだった。

教会の方針を考えると恐らく魔力の低い人は切り捨てられるか、それか低い人が生まれなくなっているかのどちらかだろう。

出店を見た感じ魔物の肉も常食されているみたいなので、後者の可能性が高い。

少し寂しさを感じた。

見上げた空の色は故郷から見た空と全く変わらないのに、その下に住む人達はお互いにいがみ合っている。

コルトが郷愁の念を感じていると突然視界が暗くなり、陰になったほうをみれば少し装飾の凝った祭服を着た男が立っていた。

男がにっこりと人の良さそうな笑みを浮かべる。


「こんにちは」

「…こんにちは」

「隣に座っても?」

「…どうぞ」


少し横にずれて場所を開けると男は綺麗な所作で隣に腰かけた。


「……あの、僕になにか?」

「本日討伐員の登録にきた……ルーカスさんと言いましたか、あなたは彼のご友人ですよね?」

「…そうですけど、彼が何かしましたか?」


見た目の割に理性的なので注目されるような事はしてないと思うが……。

少し身構えてしまう。


「したかと言われたらしましたが、悪い事ではないですよ。実戦の試験官をわたしが務めたのですが、中々良い腕をお持ちでした。一朝一夕で身に付くような技術ではありません。さぞ苦労されたのでは?」

「……えっとそれは…僕が戦いが全然ダメなせいで、全部彼に押し付けてるから……、多分そのせいです」

「なるほど、ルーカスさんが登録するのにあなたがいなかったので不思議に思いましたが、納得出来ました。実はあなたがたが魔狼の死骸を持ち込まれた時にわたしもいたのですよ、少し離れたところでしたが。突然の不躾に申し訳ありません、ご不快に思われましたか?」

「……いえっ、ちょっと身構えましたが、大丈夫です」

「それは良かった。でもおひとりで待っているのは寂しくないですか?」

「登録しないのに中に入るのは邪魔かなって」

「邪魔なんて言わないで下さい、教会は全ての人に等しく開かれています、そして神は等しく我々を見守ってくださいます。遠慮することはありません」

「……ありがとうございます」


礼を言うとタイミングよくアンリとルーカスが教会から出てくるのが見えた。

立ち上がり男に告げると、もう少し話したかったがそれは残念だと言われる。


「お答えいただきありがとうございます。わたしの名前はハウリルと申します。またの機会にお話し出来ると嬉しいですね」

「僕はコルトです、こちらこそ」


ハウリルはにっこりと笑うとあなたに神のご加護があらんことをと礼を返された。

コルトも会釈で返すとルーカス達に歩み寄る。

物腰の柔らかい人だなと思った。

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