第2話

村は街道をさらに北上し、さらに足場の悪くなった脇道を歩いて30分程のところにあった。

そこまで大きくはないが、だからといって寂れているわけでもない。

木造の平屋が多いが作りは割としっかりしている、子供もそこそこいて駆けまわっておりそれなりに活気のある村だった。

アンリがこっちこっちと村の端に来るように手招きすると、横から勢いよく木の棒が飛んできて、見事にアンリにクリティカルヒットした。飛んできたほうを見ると、お腹の大きな少女が笑ってない笑顔で仁王立ちだしている。


「おかえり、アンリ。無事に帰ってきて嬉しいわ」

「コ、コ、コ、ココ!!あっ、いやその……!」

「あたしがどんだけ心配したと思ってるの!?魔狼は複数いるって話だったでしょ!あなたの実力じゃ勝てないから、教会が動くまでもう少し様子を見ようって話になったじゃない!!」


ココに胸倉を掴まれ目を泳がせるアンリ。

いまいち反省している様子が見えないせいか、ココはますます怒気を募らせている。

ルーカスはそれを面白そうにニタニタと見ているし、コルトはコルトで目の前で喧嘩されながら放置されるのが居たたまれない。

気まずすぎるので助け舟を出すことにした。


「あっ、あのこんにちは!僕たち、アンリのお陰で魔狼は何匹か倒せたんだ」


初めて気付きました、という感じでココが振り返る。

これ幸いとアンリが捲し立てた。


「この二人が魔狼退治を手伝ってくれる事になったんだ!!こっちはめっちゃ強くて魔狼5匹をあっという間に倒したんだぜ!二人とも、この子は友達のココ。近々子供が生まれるんだ」

「うわぁ、元気な子が生まれるといいね。こんにちは、僕はコルト、こっちはルーカス。歩いてたらアンリとあってね、魔狼の討伐をお手伝い出来ればと思って村にお邪魔しにきたんだ」


愛想よく挨拶をすれば、まぁとココは手を合わせニコニコとしてくれた。

モノは言い様だなと隣でルーカスがボヤいてるが無視だ。


「ホントに!助かるわ。まだ被害も少ないし、教会も今は人員の空きが無いって言われてどうしようって思ってたの」

「でも被害は出てるんだよね?」

「うん、でも村はまだ襲われてないの。隊商がちょっと襲われたけど、それもすぐに逃げたみたいでね。でも、頻度は上がってきてるのよ。…それでちょっと心配でね」


そういってココはゆっくりとお腹を撫でた。

出産が控えているなら、近場に危険があるのは確かに気が気じゃないだろう。


「絶対ぜったい出産までには駆除するし、司祭さまも絶対村に呼んできてやるからな」

「そればっかり!ホント無茶しないでよ!ノーランの代わりもいないけど、あなたの代わりもいないのよ」

「……分かってるよ。大丈夫、もう一人では行かない、約束する」


アンリが優しい顔でココに告げると、あっという顔をしてコルトも戦えるよな?と聞いてきた。

気楽に構えていたせいで突然戦力になるのかを問われて焦る。


「僕はその…雷系の魔法が使えるけど、正面からはちょっと……」


剣でバチバチ戦えって言われたら1分で撃沈する自信がある。

討伐を引き受けといてなんだが、ぶっちゃけ魔物との正面戦闘は全部ルーカスに任せて後ろから応援したり、付近の調査をしたりで前に出る気はなかった。

今もそのつもりなのだが、ダメだろうか…。

……ダメだろうなぁ。


「男のくせにだっせぇな、身長あんなに見た目だけか?」


非常に申し訳ないが頭脳労働が生活の中心だったので戦いはさっぱりだ。


「俺がいれば十分だろ」

「それもそうだな。ココ、爺さんどこにいるか知らない?」

「村長なら畑のほうにいると思う。この間柵が壊れたでしょ、ノーラン達と修理に行ったわ」

「分かった、ありがとう」


ココと分かれ村のさらに奥に入ると広い畑が広がっていた。

村の広さから考えるとかなり広い。

ルーカスも少し関心したようで畑を見渡していた。


「うわぁ凄い広い、何植えてるの?」

「食えるもんならなんでも」

「…こんなに必要?」

「これでも少し減らしたんだ、口と働き手が減ったからな」

「……そっか。なんかごめんね」

「なんで謝るんだ?」


そうだね、と軽く笑って畑を見渡した。

ざっと見た感じ生育が少し悪いような感じがある。

もっとよく調べたいが今はやめておいたほうがいいだろう。

畑の入口から反対側の柵まで歩くと、一部を囲うように人だかりがあった。

アンリが爺さんと声をかけると一番歳のいった男が振り返る。おそらくこの男が村長だろう。

老人は無言で近寄ってくると容赦なくアンリに拳骨を落とした。


「バカ孫め、無事に帰ってきおったか。ココが怒っていたぞ」

「うっ………、さっき会ってきたよ」

「アンリが不安がると身体に障るからあんまり怒らせて欲しくないんだが」


次いで緑髪の男が腕組みをしてアンリを睨んだ。


「悪かったよノーラン、反省してる」

「後ろの二人はなんだ、討伐員か?」

「そんなようなもん。それでしばらく村に泊まってもらうんだけど、爺さん、どの空き家なら使っていい?」

「全くお前はそんな事を勝手に決めおって!」

「いやだってしょうがないだろ!!それに腕は確かなんだよ。木こりの屋根からもうちょっと南東ほうに群れの死体が転がってるから、あとで一緒に回収に行ってくれないか?」

「倒したのか!」

「全部じゃない、2匹取り逃がした。巣も見つけたからそっちにもまだ何匹か残ってるかもしれない」


魔狼の群れを倒したと聞いて柵の修繕をしていた他の男達もざわざわと作業を止めてこちらに来た。

ジロジロ見られてちょっと恥ずかしい。


「見せ物じゃないんだが?」

「あぁ悪いな兄ちゃん。兄ちゃん達は中級か?」

「それが野良らしいんだよ」

「あ゛ぁ!?教会に所属してないのか?」

「ナガレなんだと」


珍獣を見るような目で見られた。

それから村長と思われる爺さんを中心に男たちが輪になる。

突然来たコルト達にどう対応するか話合うらしい。

その間に少し畑を見ていいかと聞くと、作物に触らない事と見えるところならいいとのことで村人から少し離れた畑を観察してみる事にした。

しゃがんで土を弄ると、ルーカスも隣にやってきた。


「碌でもない事考えてるぞあいつら」

「なんですぐ人を疑うんだよ」

「お前はちょっとは人を疑え。普通はよそ者は疑うんだよ。あのガキはバカだから魔物退治ってんで受け入れてるが、これからどうなるか分かんねぇぞ。俺たちは西から来た捨て子になっちまったし」

「でも悪い人達には見えないから大丈夫じゃないかなぁ」

「お前のその根拠のない自信はどっから来るんだ」


納得がいかない様子でしばらくブツブツ文句を言われるが、人の信頼を得るにはまず自分から歩み寄るのが大切だと思う。

それにもう接触してしまったし、今は目の前の畑の状態だ。

土を手に取ってじっくり観察してみる。


「どんな感じなんだ?」

「魔力感知は僕より出来るんじゃないの?まぁいいけどさ、状態は良くないかなぁ。こんなに広い畑が必要なのも、ここまで広くしないと必要な量が採れないんだと思う。……あと多分味も美味しくないと思う」

「ふーん……」

「専門じゃないから詳しくは分からないけど、聞いた話だと数十年は放置しないとダメなんじゃないかな」


立ち上がって畑全体を見渡してみる。

アンリは減らしたと言っていたが、この生育の状態だとまたすぐ元の面積に戻すことになるだろう。それから森のほうに視線をやるが、ここからでは状態がよく分からない。

あと気になるのはたい肥が無さそうなところだ。この土の状態だとあまり効果は期待出来ないかもしれないが…。


「ここの人達の魔力量って大体どのくらい?」

「あー、ざっとお前と同じくらいかちょっと高いくらいだな」

「そっか、やっぱり平均値高いね」

「属性は全員単一みたいだがな」


ざっとみても、どの村人も髪の色に魔力属性の色がはっきりと出ている。

おそらくその気になればどの人もそこそこいい威力の魔法が打てるだろう。

それなのに魔狼の討伐を自分達で行わないのは何故だろうか。

アンリの言い方から考えると、それなりに戦える人は多そうだが。


「こんな田舎でもお前より魔力が多いやつのほうがいるから、教会の中心地はもっと底が高そうだな」

「……そうだね」


姿は同じなのに遠くにいるような感じがして少し寂しい。

感傷に浸っていると、話合いが終わったらしい村人達に声をかけられた。

魔狼の討伐が終わるまでは空き家を1件好きに使っていいらしい。2年前まで人が住んでいたが、例の戦いでそこの主の男が死んでしまい、残された妻と子は村にある実家に戻ったとの事だ。

ある程度家財は残っているが、手入れがされていないのであとで埃だけは払ってもらえる事になった。

細かい掃除は自分達でやる必要があるが、しばらくは屋根のあるところで寝れそうである。

その夜、村の食べ物が振舞われたが、やはり美味しくなかった。






「今日は街に行って魔狼の換金をするのと、お前たちの討伐員登録をしたいと思う」


翌朝さっそくアンリに呼び出された二人は、荷馬車に乗せられた5匹の魔狼の死体の前でそう告げられた。

固いベットで身体の節々が痛い上に早朝から叩き起こされてルーカスなんかはもう明らかに不機嫌だ、全く隠す気が無い。

コルトもなんとか笑顔を取り繕うが、上手く行ってる気がしない。

案の定バレた。


「ここから街まで少し距離があるし、しょうがないだろ。それに登録の手続きも時間掛かるし、朝からいかないと帰る頃には日が暮れるんだよ」

「待て、なんで俺らが討伐員になる事前提で話を進めてるんだ」

「逆になんでならないって話になるんだよ」

「俺らは今まで自由に生きてきたんだ、何かに使われるなんて堪ったもんじゃねぇ」

「はぁ!?お前らが生きてるのも魔法が使えるのも全ては教会とその神様のお陰なのに何言ってんの!?」

「教会も神も知らん」


アンリが見ちゃいけないものを見たような顔でドン引いてルーカスを見ている。

申し訳ないがコルトもルーカスとはどう意見なので静観する。

というか、突然言われてこちらが驚いてるくらいだ。

言わなくても大丈夫なくらい、その辺りは共通認識になっているのだろうか。


「お前ら、普通なら異端者って殺されるぞ。ホントよく今まで生きてこれたな」


なんとか気を取り直したアンリが二人の背中を押すと物陰に押し込んだ。


「お前らが今までどんだけ運が良かったかは知らないが、教会の教えは守らなきゃダメだ」

「よく分からん」

「何でだよ!!」


あぁもうとアンリが頭を抱えるが、こちらもさっぱりなので困る。


「ごめんね、まずは教会について色々教えてくれない?討伐員になるかはそれから決めるよ」

「はぁ!?なんでならないって選択肢があるんだよ!それに、討伐員にならないと魔物の報酬でないんだぞ!」

「でもアンリには出るでしょ?そこから手伝いの報酬としていくらかもらえれば何も問題はないよ」

「いやっ、まぁそうなんだけどさぁ……。実力に合わない成果報告すると、その後でさらにヤバイ依頼を出されるんだよ……。断れないし、断ると教会に虚偽報告したのかって罰せられるんだ」

「……なるほど」


どうする?とルーカスを見れば、知ったこっちゃねぇという感じでどうでもいいような顔をしていたので、軽く蹴りつける。

抗議の顔をされたが睨み返すと諦めたのか、腕を組んで考え始めた。


「討伐員になると具体的に何をやらされる」

「下級討伐員は住んでる地域に入った魔物の調査や駆除、あと教会からの魔物の駆除の仕事の義務だな」

「めんどくせー」

「下級だとそんな感じだけど、中級以上だと地域の縛りがなくなるから割と自由に移動出来るぞ。上級だとさらに聖水の支給があったり、その他物資や宿泊の支援まで受けられるようになる。自由に移動とは言っても、強いやつらは大体高額報酬求めて南にいる事がおおいけどな」

「教会の仕事ってサボれねぇの?」

「無理つうかダメに決まってんだろ!」


がっくりとルーカスは項垂れた、全身で拒否を示している。

コルトは気になった事を確認した。


「なんで魔狼退治を先にしないの?」

「死体を長時間村に置いておきたくない。それでもっとヤバイもんが寄ってきたら困る」

「なるほど。多分僕は下級になると思うんだけど、その場合中級と一緒に行動しても地域の制限って出るの?というか、住んでる地域って事はそこから出ちゃいけないの?」

「あー、どうなんだろ。そこは聞かなきゃ分からない。ごめん」

「いやっ、いいよ、大丈夫。でも制限掛かるなら困ったなぁ」

「んなもんお前は討伐員にならなきゃいいだけだろ。戦うつもりだったのか、お前。それともなんだ、どこまでも俺と一緒にいたいのか?」


思いっきり蹴り上げた。

なんでそういう発想になるんだ。


「ルーカス、君は今後の活動のために討伐員になるんだ。中級以上は絶対だよ」

「やだ」

「アンリ、村はいつ出発する?なるべく早いほうが良いと思うんだ」

「ココが朝食を作ってくれるから、それが出来次第出ようと思ってる」


コルトたちは嫌がるルーカスを引きずって荷馬車に戻った。

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