勉強、であるか。
僕は今、高校の課題に取り組んでいる、
そして、そんな僕の横には、
織田信長がいる。
いつもは彼は僕が勉強している間、僕のスマホを使ってネットサーフィンやスマホゲームをしているのだが、今日はなぜか僕が勉強している様子をじっと見ている。
気まずい。
なぜ彼はずっと見ているのだろうか。
言いようの無い気まずさにムズムズしていると、彼が僕に言った。
「のう大河、勉強は楽しいか?」
「楽しいか、ですか。…普通、ですかね。」
「そうか。」
勉強が楽しいか、か。
正直なことをいうと、僕は勉強を楽しいと感じたことは一度もなかった。
ただなんとなくやらなきゃいけない気がするからやっているだけだ。
信長様はどうなのだろうか。
歴史に名を残す程の人物なのだから、やはり勉強もできたのだろうか。
「あの、信長様は勉強ってどれくらいやっていたのですか?」
彼は一瞬気まずそうな顔をした。
「勉強、であるか。」
「はい。」
「…」
するとなぜか彼は黙ってしまった。
何やら険しい顔をしていたが、しばらくしてその重そうな口を開いた。
「…ない。」
「…ない?」
「ない。」
「ない。」
「…」
「え、ないって、勉強したことないってことですか?」
「…うむ。」
予想外の答えに僕は驚いた。
「お主も知っておるじゃろ。ワシが若い頃なんと呼ばれていたか。」
「若い頃…あ。」
「そうじゃ、
尾張大うつけ、尾張とは彼が治めていた国である『尾張』のことで、大うつけとは『大馬鹿者』という意味だ。
つまり彼は若い頃『尾張の大馬鹿者』と呼ばれていたのだ。
「でもそれって、他の国の敵を欺くための演技だと聞いたことがありますけど…」
「そうなのか?じゃあそれは嘘じゃ。」
「そうなのですか?」
「ああ、普通に勉強はできなかった。毎日遊び歩いていたからの。」
しかし、馬鹿だったならなぜ天下のすぐ近くまで辿り着くことができたのだろうか。
「けれど信長様はどんなに不利な戦も勝ってきましたよね?」
「確かにワシはどんな不利な戦にも勝ってきたが、真面目に勉強というものをしたことはないぞ。」
それでは織田信長は本当に馬鹿だったのに歴史に名を残したのとでもいうのか。
じゃあ、今僕がやっているこの勉強には意味がないのだろうか。
「…僕がやっているこの勉強には意味はないのですか?」
「ん?」
「信長様みたいに勉強しなくても天下に迫ることができたなら、勉強なんか必要ないのですか?」
彼は少し考え込んでいた。
そして僕に言う。
「いや、そういうわけでもないじゃろ。」
「…どういうことですか?」
「確かにワシは勉強と呼べるものはしたことがなかったが、何も考えずに毎日遊び歩いていたわけではないぞ。親父が持ってき
た火縄銃の使い方を教わったり、兵法は読んだりしておったからな。それに遊び歩いていたおかげで民の生活を知ることができた。」
「…それは勉強ですよ。」
「そうか?言われてみれば確かにそうかもしれんな。」
「やっぱり勉強してるじゃないですか。」
「ワッハッハ!すまんすまん!」
それを聞いて僕は少し安心した。
もし彼がそれすらもしないで本当に運だけで天下の目前まで辿り着いたのだとしたら、僕の今までの勉強が全否定されるところだったからだ。
「まあ、そうだな。お主が勉強する意味はワシらの時代とは少し違うかもな。」
「それはどういう…」
「知っていると思うが、ワシらの時代では、生まれたその瞬間から人生においてやる仕事が決まっていた。ワシの場合は織田家の当主、作物を作る家の子どもは作物を作る。
「なるほど。」
「だからワシは織田家とその家臣や民を守るために戦について多くのことを知る必要があったし、戦のことだけを知っておればよかった。じゃがお主たちは違うじゃろ?」
「…はい。」
「お主たちは自分で仕事を選ぶことができる。だから、お主がやりたいことのために、勉強すればよいのではないか?」
彼の考え方には納得できるものがあった。
やりたいことのために勉強する、か。
「そうですね。」
「うむ。」
「…それはそうとして。」
「ん、なんじゃ。」
「どうして今日は僕が勉強している様子を見ていたのですか?」
「ああ。なに、よく机に向かってそんなに長い間勉強できるな、と思っていただけじゃよ。ワシはそういったことは苦手じゃからな。」
「…そうだったんですか。」
これといって深い意味は無かったのか。
「して、お主が勉強していたのはなんじゃ?」
「ああ、日本史です。」
「日本史?」
「歴史の中の日本に着目した教科です。」
「日本に着目、ということは世界に着目したものもあるのか?」
「はい、世界史というものが。」
「そうか。やはり今の時代はワシらの頃より世界が広がっておるな。」
「そうですね。」
「その日本史の中にワシは出てくるのか?」
「ええ、もちろん。」
「
僕はその言葉にドキッとした。
なぜ彼が本能寺という言葉を知っているのだろうか。
いや、本能寺という言葉自体を知っているのは何も不思議なことではない。
なぜ
けれど、そこまで知っているのなら隠しても仕方がないと思い、僕は正直に答えることにした。
「はい。」
「…そうか。」
この会話を最後に、この日は終わりを迎えた。
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