信長が来た。

綴木しおり

信長が来た。

これは、僕と織田信長の奇妙な物語である。





僕の名前は安土大河、京都に住んでいる普通の高校生だ。


文系の日本史専攻、といってもただ数学や物理が苦手で、歴史なら少しは興味があるからいけるだろうと思っただけだ。



そんな僕はある日、学校から帰って来て家の中に入ろうとしていた。


その日もいつも通り学校に行って、いつも通り家に帰ってきた。


だから今日もまた何もないまま一日が終わるんだろうな、と思いながら玄関のドアに手をかけたその時だった。



家の中から今まで聞いたことのないような轟音が響いたのだ。




僕は一人っ子で、この時間は両親は共働きに出ているため家には誰もいないはずだった。


それなのになぜ僕の家の中から轟音がしたのだろうか。



少し怖かったけどとにかく状況を確かめるため、僕は家の中に入った。


一階は特に異常はなかった。


つまり轟音の発生場所は二階だ。


二階には僕の部屋と両親の寝室がある。



僕はなんとなく嫌な予感がした。


おそらく異常が起きているのは僕の部屋だ。


そうでないことを願って僕はまず寝室を確認してみたが、やはり何もなかった。



観念して僕は自分の部屋を確認することにした。



僕の部屋のドアを少し開けて中を覗くと、部屋の中にはなぜか煙が立ち込んでいた。


煙の発生源を探そうとして目を細めて部屋の中をよく見ると、僕は見つけた、


煙の中に人影があるのを。



本当ならすぐに警察に通報した方が良いのだろうが、その時の僕はなぜか恐怖よりも好奇心が勝っていた。



僕が部屋の中にいる人の容貌を確認しようとじっと見ていると、やがて煙は晴れていって姿が浮かび上がってきた。


うっすら見えるその姿から察するに中にいるのは男だった。



そして煙が完全に晴れたその時、



僕は中にいる男と目があった。



それは相手を射殺すような鋭い目つきだった。


彼の目から放たれる威圧感に僕は圧倒されそうになったが、勇気を振り絞って男の全体を見渡した。




男は緑色の着物を着ていて、下も同じく緑色の袴、髪型は…『ちょんまげ』だった。



いやいやいや、明らかにヤバイ人でしょ。


僕の頭はそう言っていた。



しかし、ヤバイ人には変わりはないのだが、僕はなぜか彼のその姿に既視感を感じていた。



この人、どこかで見たことがあるような…



そう思い僕はもう一度彼の全身を見通した。



あ。



そして気づいた。




彼のその姿は、日本史の授業で習った『織田信長』そのものだったのである。




あ〜織田信長か、…ってそうはならんだろ!


なんで僕の家の僕の部屋に織田信長がいるんだ。



それになんで彼はずっと黙ったままなんだろう。



僕から話しかけるのを待っているのではないだろうか、そう思い僕は恐る恐る織田信長?に話しかけてみた。



「あの〜…」


男がこっちを見る。


「なんじゃ?」



とにかく迫力がすごい。


背丈は僕と同じかそれより小さいくらいなのに、『覇気』とでもいうのだろうか、そういったものが彼からは感じられた。



「あなたは、織田信長ですよね?」



「…いかにも、ワシが織田信長じゃが、それがどうかしたか?」



「どうかしたかと言われましても、ここ…僕の家なんですが」



「そのようじゃな」



知らない人の家にいきなり来たのに、彼はなぜこんなに堂々としているのだろうか。


とにかく、僕は彼がここに来た理由を聞くことにした。



「それで、信長様はいったい何用でこの家にこられたのでしょうか?」



はあ。と彼はため息をつき、僕に問いかけた。



「小僧、今の年号は」



「年号ですか?今の年号は令和です」



「そうか」


彼は全く気が動転している様子もなく、ただそこに立っていた。



そして、それはまるで今のような状況に慣れているような風貌だった。



「令和か…分かった。小僧、しばらくぞ」



ん?



聞き間違いだろうか、彼は今『世話になる』といったのか?



「…と言いますと?」



「その言葉の通りじゃ、しばらくこの家に住まわせてもらうぞ」



ええ…


ダメだ、急な展開すぎて頭が追いつかない。



でも、このままでは厄介なことになることは間違いないので、どうにかして他の所へ行ってもらおうと試みた。



「あの〜、大変申し訳ないのですが、この家に住むのはちょっと」



彼は僕をギロリと睨んだ。



「何?お主はワシをこの家に住まわせられないと申すのか?」



「ええと…はい」


僕がそう言うと、彼はニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべて言った。



「ほう、では聞くが、ワシは、お主はワシを受け入れられないと、そう申すのか?」



彼の言っていることが最初はよく分からなかったが、やがて気がついた。


まさか…



「もしかして信長様、既にそちらの時代にタイムリープして来た人がいるのですか?」



「ああ、それも何人もな。」


「…左様ですか」


マジか。



このままではヤバイ、と思っていると彼が止めを刺して来た。


「もう一度聞くぞ。ワシはこれまでタイムリープして来た者どもを受け入れて、もてなしてやったのに、お前はワシを受け入れないと申すのか?」



返す言葉が見つからない。


そう言われてしまったら受け入れざるをえないじゃないか、現代人代表として。



「…我が家へようこそ」



「うむ、しばらくの間よろしく頼む」





こうして、僕と織田信長の奇妙な同居生活が始まった。

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