書き出せ! 文芸部

元とろろ

 俺の所属する文芸部は二つの勢力に分かれている。

 即ち執筆者と読み宣。俺と部長だ。他の部員はいない。

 入部してから月に一つは自作の小説を見て貰っている。

 ただ読むだけではなく全ての作品に感想や助言を言ってくれるのはありがたく、最初は何も考えずに書いていた文章も今ではそれなりに書けるようになってきたと思う。

 純粋に語彙や構成の力が上がっただけでなく、部長が喜びそうだとか俺自身が真摯に書けそうなテーマ選びというのも分かるようになったのが大きい。

 ただ、少し思うところがあり、今回書いたのはそういう褒められそうなものではなかった。あえてそういう物を書く理由があった。


「結構楽しめたよ」

「マジかよ」


 だから、その評価はものすごく意外だった。思わず真顔になる。


「いや、すみません、ありがとうございます。でも本当ですか? 本当に面白かったですか?」

「うん。面白い部分はあったよ。変な所も多かったけど。総体としては好きな方だな」


 部長はそこで言葉を切った。

 いつもならば具体的にはこの部分がこういう理由でこういう風に感じて、と続くのだが。

 今は黙ってコピー紙の束を再びめくり始めている。


「これはエンタメ志向の作品ってことでいいのかな。だとしたらまず感想として言いたいのは楽しめたっていうことだよ」


 再び沈黙。数秒の間を空けて。


「動機を聞いてもいいかい?」

「動機ですか?」

「うん、例えばこの前の小説は人間の傲慢さ、というより君自身の自尊心について書いていただろう。一概に欠点とも長所とも言えない、一言では表せないものを小説という形で書き出す意義があったし、出発点は個人的な事柄であっても共感性も十分あった。今回は特にメッセージを込めたわけじゃなくて純粋に人を楽しませようということなのかな? いや『自分はこういうの好きだから同じ趣味の人に見てもらえればいいなあ』という風なメッセージとも取れるかな」

「人の為っていうのでもないですね」


 自分の為だ。俺以外は誰も得しない。

 ううんと唸り、部長は額に手を当てた。


「読んだ印象としてはね、ライトノベル、いや、むしろ児童書のようだと思ったんだよ。弟のために作ったと言われれば納得できるのだけど」

「俺には弟も妹もいないんですよ。見せる相手も今は部長だけですし」

「君自身が書きたかったから書いたということだろう」

「ええ、そうです」


 また沈黙。部長は俺の言葉を待っている。あまり言いたくないのだが。恥ずかしいし。

 しかし、恥ずかしいというならば、見せた小説自体が恥ずかしいのだ。


「そのですね、俺は文芸部に入って、最近は部長からも褒められるようなものを書いていましたけれど、そもそもそういうのじゃなかったんですよ。小さい頃から話を考えるのが好きで、俺は面白いアイデアがあるから人に見せてやってもいいぜ、みたいな。それで入部して最初に書いたやつはそういうのだったんですけど。あれはつまらなかったでしょう」

「うん。なかなかの酷評をした覚えがあるよ」

「ええ、でもその時言われたのは正しいなって納得はしたんですよ。もっと俺自身も真剣に書ける題材で作りこんで書こうって思って、そういう風に書いたやつの方が面白いって自分でも思ってるんです。でもちょっと怖くなってしまって」


 息を継ぐ。鼓動が速くなっているのがわかる。本当に恥ずかしいのだけれど。


「そういう新しい物を書いてるうちに、昔考えていた空想を形にする気がなくなるような気がしたんですよ。確かに大した中身はないんですけど、そこから始まったんですよ」

「うん。つまり今回の小説は――」

「小さい頃の妄想をもとに書いたんです。俺の部屋の天井、白い紙に黄ばんだ染みがあって、それが知らない世界の地図みたいに見えて、それがどんなところだろうっていう、どんな人がいて、そこを旅するとしたらどんなことになるだろうって。もう言いたくねえなこれ」


 限界だ。顔を両手で覆う。手のひらが熱い。


「大事なことだと思うよ」


 今度は間を空けずに部長の声が聞こえた。


「うん、そうだな。そういうのでも書いていいんだよ」


 指の隙間から見た部長の顔はこちらを気遣っている風な優し気な笑顔でなく、真面目に考え込んでいるような、なんというか、神妙にしているという感じだった。


「そういうのでもいいんだよな」


 部長は繰り返した。


「この作品だけど、楽しめた以外の感想もあってね」


 部長はコピー紙の束を手にしたまま、こちらをまっすぐ見ている。指の隙間越しに目が合った。


「自分も何かこういうの書いて見ようかな、とそんな風に思ったんだよ」


 なるほど。それは。部長もになるということか。


「いいと思います」


 俺が顔から手を離すと、今度は部長が自分の顔を袖で隠した。

 俺はなるべく軽薄にへらへらと笑った。


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