異世界転生者の老後

真偽ゆらり

漫画の父と呼ばれた男

 私がこの世界に転生してはや五十年……いや六十年だったかな? まぁ、だいたいそれくらいの歳月が過ぎた。転生する前の世界であれば、まだ働ける歳だがこっちだとそうはいかない……事もない。

 冒険者の様な身体が資本な仕事ではとっくに引退している歳だ。私の場合は実力が皆無だったので、一年ばかし冒険者をやって何度か転職した後に今の仕事を立ち上げて現在に至る。


 冒険者になって得たスキルが【両手保護ハンドケア】では、荒事は向かなかった。生まれ持った体格も細身な上鍛えても筋肉が付きにくい体質だったのもあるが、スキルのせいでいくら厳しい修練を積んでも綺麗な御手手おててでは舐められてしかたない。


 冒険者引退後は冒険者組合の事務方へ。

 絵を描くのが得意だったので、主に冒険者向けの資料に魔物の挿絵を描いたりする仕事をしていた。

 この時、ようやく【両手保護】の価値に気付く。

 結構な数の絵を描いていても腱鞘炎にならない。

 そして一つ目の転機が訪れる。


 文化都市カルシアの小説出版社から挿絵依頼。


 軽くこの異世界について説明しておこう。

 この世界は陸・海・空の三世界に分かれており、私がいるのは陸の世界『大陸域アース・グランデ』。大陸域には国が存在しない。大昔にはあったらしいが、今は都市へと形を変えている。

 文明レベルは地域によってまちまちで、カルシアは都市と称されるだけあって高い方だ。


 当時いた街では輸入品以外の書物は全て手書きであり延々と同じ絵ばかり描かされていた為、依頼に二つ返事でカルシアへと上京した。


 当時の娯楽としての書物は文字だけの小説だけな事もあり、私が挿絵・表紙絵を描いた本は飛ぶ様に売れる。一年間だけだが冒険者をやっていたおかげか魔物の絵が後身の同業者の追随を許さなかった。


 しかし流行が冒険譚から恋愛小説へと変遷するにつれ回ってくる仕事も減少。当時婚約中だった印刷会社の令嬢と駆け落ちする選択肢が頭の中に渦巻いていた頃、第二の転機が訪れる。


 婚約者の父親である印刷会社の社長が婚約の解消を告げようと私の元を訪れた時、私が手慰みに描いた短いが偶然彼の目に止まった。


 この異世界に漫画が認知された瞬間である。


 冒険譚の冒頭へ挿絵代わりに短い漫画を載せると減少を続けていた売り上げが回復。しかし、最盛期ほどの勢いにはならなかった。


 そこで私はある決断をする。

 それが第三の転機……いや、人生の分岐点。

 妻となった令嬢と知人数人を巻き込んで漫画家にとなり、今の私がマスターを務めるギルドの前身となった『スタジオ・テンセイ』を立ち上げた。


 ペンネームは私以外の転生者へ伝わるように願いを込めて『イシヤ・テンセイ』とし、前世で私が大好きだったニチアサ——戦隊・騎手・魔法少女を混ぜた作品『ブルーム・ファイブ』は異世界に新しい文化が根付く切っ掛けとなる。

 ちなみにスクリーントーンはお義父さんに相談をしたら開発してくれた。印刷技術の応用でどうにかなるかは知らないが、社長の伝手を使ってでも用意してくれたのは今でも感謝している。


 漫画が真新しかった事、新文化に寛容である文化都市であった事が幸いし多くの都市や街、村郷へと書籍となった漫画は輸出され漫画家としての大成功を収める。


 その後もヒット作を飛ばし、時にはサイン会を開催して『私と仲間達』と『読者』の交流の機会を設ける事もあった。漫画を描いてみたいと言う人間を発掘する為に。


 『スタジオ・テンセイ』は多くの漫画家志望者を受け入れ、アシスタントを任せる傍ら新人漫画家として独立させるべく教育を施す。


 やがて、多くの漫画家が『スタジオ・テンセイ』から輩出され文化都市カルシア娯楽書物区画に漫画特区が設立される。

 そして私は後進に道を譲るていで一旦漫画家を休止して『スタジオ・テンセイ』をたたみ、現ギルドの『イシヤ・プロダクション』を立ち上げた。


 理由は漫画のネタが尽きた事もあるが、どっちかと言えば漫画は読む側でいたいから。それと、私は特撮が見たかったから。しかし、特撮は異世界には存在しない……なら自分で生み出すしかない。


 『イシヤ・プロダクション』の仕事は漫画家育成と特撮実現へ向けたプロジェクトとした。

 土壌は送り出した漫画作品で作ってある。

 映像撮影の技術は異世界には無かったので特撮の『撮』は諦め、特殊演出演劇略して『特劇』と言う新文化を異世界に生み出す。

 

 私個人としては特撮の舞台が目の前で繰り広げられる劇となり大いに満足した。

 他にもギルドに入ってきた私以外の転生者がアイドルをプロデュースしたりとか色々あってギルドは大ギルドへと成長していく。


 やりたい事をやり尽くし、私はギルドマスターを引退しようとした。しかし、文化都市カルシアにて私が新文化を複数生み出していた事で授かった勲章が原因で引退を止められた。ギルドマスターは勲章持ちである方が箔がつくらしい。

 私は終身名誉ギルドマスターと名乗る事にして、息子達や長寿種族の仲間達にギルド運営を委ねる。


 老後は妻と一緒に孫と戯れて過ごしたいので。




 その願い叶って孫と戯れていられたのは数年。


 孫娘は大きくなり、我が漫画の影響故か息子同様冒険者となって若くして旅に出てしまった。


 それなら屋敷の縁側で膝に猫でも乗せのんびりとした余生を過ごすだけのこと。


 そうして一年が過ぎ、己の人生を振り返る。

 

「これも、ある意味知識チートって奴かのう?」


「何言ってるっすか、爺ちゃん? そんな事より私も漫画家になるっす! 私が先頭になって女漫画家を増やしていきたいから力を貸して欲しいっすよ」


 ……孫が帰ってきた。

 私と違って冒険者の才能があるのに漫画家になるのかと問えば、「兼業するっす」とのたまう。


「これは『スタジオ・テンセイ』再始動かのう?」


 私と読者兼仲間の孫と手始めに私の処女作である『ブルーム・ファイブ』をフルリメイクすることにした。


 孫に行かせた取材先に転生者らしき人材がいて、特撮『光の巨人』を思い出す事になったりと私にはどうやら静かな老後は似合わないらしい。


 私には一緒に漫画を作る仲間達がいて、私の作品を楽しみにしている読者がいるとあっては立ち止まってはいられない。


「なに黄昏てるっすか、爺ちゃん! 私達の漫画はこれからっすよ!」


「うむ、孫よ。

 その表現は縁起が悪いからやめような?」

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