第220話 稀子の提案 その1

 ……


 季節も秋の時期に入り、実りの季節を迎える。

 水田の稲穂も黄金色に成っており、これから収穫時に入るので、俺の仕事先も日曜日以外の休みは無く成るし、その日曜日も最悪、出勤に成る恐れも有る。

 美味しい物が沢山食べられる時期でも有るが、農家さんやそれに携わる人達も、忙しい時期を向かえる。


 有る土曜日の週末。

 土曜日でも出勤で有る俺は帰宅後、クタクタに成った体を夕食時にビールで癒やして、明日は日曜日で休日だが……疲れも溜まっていたので、後片付けを手伝った後、早々と自室に戻ろうとした時……


「比叡君…。少し、お話良いかな?」


 稀子が声を掛けてきた。今日の食事当番は稀子で有った。

 俺が農業法人で働き出してからは食事当番が免除されたが、後片付け等は手伝う。

 改まって言うのだから、俺に何かの相談事か?


「良いけど…。何……?」


 俺は稀子の話を聞こうとするが……


「此処では、お話しにくいから比叡君の部屋で良い?」


「話しにくい事?」

「鈴音さんと喧嘩でもしたか?」


「えっ!?」

「……うん、まぁそう」


 鈴音さんは真理江さんと居間に戻っている。

 今晩は少し肌寒いの夜なので、居間の戸は閉まっている。

 この状態なら、俺の部屋に稀子と向かっても気付かれないだろう。


(鈴音さん絡みなら断る訳にもいかんし、稀子とこうやって話をするのも久し振りだな)


 鈴音さんとの関係は微妙だが、恋人関係は解消していない。

 そんな時に、稀子と仲良く話をしている場面を鈴音さんに見られたら、鈴音さんは俺に別れを告げるだろう……


 俺はこんな状態だが、鈴音さんの事は大好きだ!

 世の中、星の数ほど女性がいると良く言うが、鈴音さんと別れてしまったら今後、鈴音さんの様な人と関係が出来る事は無いだろう……

 そのため、俺は稀子との関係を極力発展させない様にしていた。


「……しょうが無いな」

「なら、俺の部屋に行くか…」


「うん…。ごめんね……」


 稀子は申し訳なさそうに言う。


(けど、鈴音さんと喧嘩をしている雰囲気なんて、感じなかったがな?)


 俺はそう考えながら、稀子を俺の部屋に入れる。

 押し入れからクッションを準備して、そこに稀子が座る。


「それで、喧嘩の原因は何だ?」

「晩ご飯時にそんな感じは、しなかったのだが…」


 稀子が座った直後に、俺は話し掛ける。


「えっ!? 喧嘩!」


 少し驚いた表情をする稀子。


「鈴音さんと喧嘩をしたのだろ…?」


「あ~~、あれは


「嘘!?」


(何を考えて居るのだ稀子は!)

(最近、電話で良く話している子に振られたから、俺の所に舞い戻って来たのか!!)


「あれは……比叡君と話す口実」

りんちゃんには聞かれたく無いから、そう言っただけ……」


「……」


(本当に稀子は……何考えて居るのだ)

(鈴音さんと仲が悪くても、恋人関係なのは嫌と言うほど理解しているだろ、稀子)


「じゃあ……比叡君」

「本題を言うよ!」


「鈴音さん絡みでは無い話を……俺が聞いても意味は無いぞ」

「俺と関係を持ちたいとか言いだしたら、流石に怒るからな……」


「そっ、そんな事は言わないよ。比叡君!!」

「そんな事をしたら、鈴ちゃんに絶交されるよ!!」


「えっと、以前の話の事だけど…、比叡君は就農を今でも望んで居るのだよね」


 稀子が俺と話したい事は以前話をした、稀子の地区での就農に関する話だった。


(あの話は流れた思っていたが、稀子の中では続いていたのか)


「なんだ…。そっちの話か」

「それに関しては、俺が一人前に成るまでの間は、俺の中で封印して有るんだ」


 稀子は其処で話を止めるかと思ったが、話を続ける。


「でね、比叡君…。実はその事を両親に相談してみたんだ。比叡君の気持ちや鈴ちゃんの事を……」


「稀子の両親に俺達の事を相談したのか…」

「態々、俺にそんな事を言うのだから、収穫が有った訳?」


「うん…」

「比叡君にとっては嬉しいニュースに成るけど、鈴ちゃんには辛いニュースに成るかな?」


「まさかだが……俺に農地を貸してくれる、奇特な人が居たのか!?」


 稀子が俺と鈴音さんに内緒で、稀子の両親に相談していた事はよろしくは無いが、俺にとっては待望の事で有った……

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