第183話 試験結果発表 その2

「……比叡さん」

「今から2人で…、今後の話し合いをしましょう」


 鈴音さんは、ゆっくりとした口調で言う。

 真理江さんは鈴音さんを『ちらっ』とは見るが、直ぐに新聞に目線を戻す。


「分かりました。何処でしましょうか…」


「比叡さんの部屋で良いです…」


 鈴音さんは静かに立ち上がり、居間から出て行く。

 俺もそれに付いて行くように俺の部屋に向かい。鈴音さんと共に部屋に入る。

 俺は直ぐにクッションを用意して、鈴音さんに其処に座って貰う。


「……」


「……」


 お互い、クッションに座るが言葉を発しようとはしない。

 部屋の中に響くのは、時々聞こえてくる、雀の鳴き声だけで有った。


 俺としても、何を話し合えば良いのか分からなかった。

 ハローワークに行くや、求人サイトで職を探すと言えば良いのだろうか?

 けど……そんな話をしたくて、鈴音さんは俺の元に来た訳では無いだろう。


「……比叡さんは、私のことが好きですか?」


 突然、鈴音さんが言葉を発する。


「勿論、大好きですよ……鈴音さん」


「私のことが好きなのに、簡単に夢を諦めてしまいましたね」

「比叡さんは……」


 鈴音さんは生気の無い表情で言う。


「鈴音さん……。俺は鈴音さんが好きだからこそ、保育士の夢を捨てたのです!」

「俺の本当の夢は、保育士に成ることでは無い!」

「鈴音さんと家庭を作ることが夢なんです!!」


 俺はとっさに思いついた事を鈴音さんに言う。

 これが……稀子なら、笑顔で抱きついて来ると思うが……


「其処までして……私と性行為がしたいのですか?」


 やはり鈴音さんは、単純な思考では無かった。

 それに、何故か睨み付けてきた!?


(俺の事が好きなら、そっちの意識をしないの? 鈴音さんは!?)


 俺はそれに対して、苛立ちを覚えてしまう。


「じゃあ、聞きますけど、鈴音さん!」

「無謀な夢を追いかけている姿が、鈴音さんにとっては濡れるのですか!?」

「それを見て、するんですか!」


「鈴音さんは『S』 何ですか!?」

「変態ですね!!」


「!//////」


 俺は腹立ち紛れに、言ってはいけない事を鈴音さんに言ってしまう!

 こんな事は言いたくは無かったが、俺に無謀な夢を追いかけさせるのは勘弁して欲しい。


「……比叡さんは試験に落ちた事で、心まで乱暴に成ってしまいました…」

「もう人を思いやる職業に就く必要が無いから、そんな酷い事を言えるのですね!!」

「私は純粋に応援をしていました……。私はそんな人間では有りません!」


 鈴音さんは俺を睨み付けながら言うが……顔は真っ赤で有り涙顔で有った!!

 俺はそれを見て『しまった!?』と感じるがもう遅かった……


「……私は比叡さんを信じていました」

「多少の迷惑は覚悟でも、最低でも次回の試験までは頑張ると、私の中では思っていました」


「稀子さんも……比叡さんに気がまだ有るようですし、良い機会ですからりを戻したらどうですか?」


 鈴音さんはそう言うと無言で席を立ち上がり、部屋から出て行く。

 俺をはそれを引き留めようとはしなかった……


(最悪な展開だ…)

(鈴音さんを怒らしたのは今回が初めてだ…。あんな事を言うべきでは無かった)


 今更後悔をしても遅い……

 鈴音さんが、どれだけ怒っているかは不明だが、俺がきちんとした道筋を鈴音さんに提示して、それを納得しない限り鈴音さんは俺を許さないだろう……


(冗談抜きで、稀子と縒りを戻すか…)

(けど……それをしたら、鈴音さんは自○するかも知れないな…)


 保育士養成学校の時は山本さんが怒り、今回は鈴音さんを怒らせてしまった。

 俺はろくに考えていない将来の事を考えながら、晩ご飯までの時間を過ごした…


 ……


 晩ご飯の時間は誰もが見ても、俺と鈴音さんは喧嘩をしている状態で有った。

 鈴音さんは一切俺に話し掛けないし、俺が話し掛けても返事すらしない。

 真理江さんや稀子も様子を見ながら食事を取っているが、俺と鈴音さんの仲を修復させようとはしなかった……


 この家に来て、初めてムードの悪い晩ご飯の時間も終わり、今晩は団らんをする気分では無かったので、俺は後片付けを手伝った後、直ぐにお風呂に入りに行き自室に戻る。

 お腹は膨れたが……心は空っぽの状態で有った。


(俺は今後、どうすれば良いのだろうか…?)

(職を探すと言っても、直ぐに見つかるだろうか?)

(車の免許は持っているが、自動車は保有していない)


(この家は駐車場が無い家だから、車を買うとしても駐車場の確保も必要と成ってくる)

(職を探すと言っても、前途多難だな…)


『コン、コン♪』


 俺が今後の事を考えていると、誰かが部屋のドアをノックする。

 ノックの感じから、稀子で有るようだが……


(冗談抜きで、稀子が俺を誘惑しに来たか!?)


 今がチャンスと言えばチャンスだが、稀子が俺を心配して来た可能性も大きい。

 俺は返事をして、稀子の出方を伺う事にした……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る