第179話 待望の卒園!? その3

 真理江さんの家に戻った後は順番にお風呂に入っていき、鈴音さん達は居間で団らんの時間を過ごす中、俺はその後を自室で過ごす。

 季節も3月に入ったので、雪が降った時の様に無理をして、全員で居間に居る必要も無いと俺は感じた。


 本当は学科試験対策の勉強をしなくては成らないが、俺はどうもやる気が出なかった……

 今回の学科試験では絶対に合格は出来ないし、先ほどの真理江さんの言葉や妹夫婦男性の言葉も有る。


(明日もアルバイトが有るし、今日は早めに寝るか…)


 俺はそう思い、布団を敷いていると……


『コン、コン♪』


 誰かが部屋のドアをノックする。


(この音は鈴音さんだな……)


「鈴音さんですよね。どうぞ!」


 俺がドア向こうに声を掛けると、ドアが開いて鈴音さんが入ってきた。

 表情も普通に戻っていた。


「……今晩は、もうお休みする所でしたか?」


 鈴音さんは布団を見ながら言う。


「はい。今日は色々有って、早めに寝ようかなと思いまして…」


「そうですか…」

「比叡さん。寝る前に少しお話よろしいですか?」


「はい。大丈夫です」


 俺は敷いていた布団を半分に折りたたんで場所を作る。

 押し入れからクッションを取り出して、鈴音さんの座る場所を用意する。


「では……失礼します」


 鈴音さんは俺が用意したクッションに座ると……


「比叡さん……」

「先ほどの事ですが、比叡さんは万が一の事を本当に考えていますか?」


(やっぱり、気になるよな。結婚を意識した恋人関係だし…)


「それは、試験不合格時の事ですよね」


「はい。そうです」


「一応、考えていますが……」


 俺は口ではそう言うが、実際は全く考えてなかった。


「それはどの様な事ですか?」

「分かる範囲で良いので、教えてください」


(面接官の様な質問をするな。涼子すずこさんの時を思い出すよ…)


「えっと……それは、普通の会社員として働く事です」

「俺は学が無いし、若い内にサラリーマンに戻った方が得策と考えています」


 俺はそう答えると……鈴音さんは落ち込んでしまった!!


「……やはり、厳しそうですか。保育士さんの道へは…?」


「はい……鈴音さんの前だから正直に言いますけど、独学では厳しいです」


「ふぅ…」

「お母様の言う通り諦めるのは、早めの方が良いかも知れませんね…」


 鈴音さんは、本当に残念そうに言う。

 俺は鈴音さんの期待を裏切ってしまった……


「もし、そう成りましたら、私のお母さんには何て言いましょう…?」

「お母さんの比叡さんに対する、信頼は完全に失うでしょうし困りましたね……」


 鈴音さんも、俺が夢を諦めた時の道を模索している様だ。

 まさか、別れるとは言わないよね!?


「でも……比叡さん。ベストは尽くしてください!」

「私は比叡さんを信じて此処まで来たのです。私をさせる事だけはしないでください!!」


 鈴音さんは俺を見て、真剣な表情で言う。


「ベストは尽くします! 鈴音さん!!」


「……その言葉、信じています」

「では……」


 鈴音さんは言葉を終えると静かに立ち上がり、ドアの方へ向かい出す。

 これが良いムードだったら、鈴音さんとラブラブタイムが発生する訳だが、今晩はそんな気分では無かった……


「……今日は、求めて来ないのですね」


 鈴音さんが、ドアノブに手を掛けながら言う。


「本当は鈴音さんを抱きしめたいです!」

「もう、学園を卒園したのだから、鈴音さんと肉体的に結ばれたいですが……」


「はぁ~~」


 今日一番のため息をつく鈴音さん!?


「比叡さん……。3月31日までは、私は卒園しても学園生です!」

「確かに卒園をしたら、比叡さんとの性行為も考えていましたが、こんな不安の状態で比叡さんとまじわりたいとは思いませんし、これで新しい生命が誕生したら私達だけで無く、お母様や稀子さんも巻き込んでしまいます!!」


「比叡さんも……少しは、理性が成長したようですね」

「嬉しい事ですが、夢を叶える人としても私は望んでいました」

「……お休みなさい」


「あっ、鈴音さん。おやすみ―――」


『パタン!』


 鈴音さんは俺が声を掛ける前に、部屋から出て行ってしまった。

 嘘でも良いから『まず、合格できます!』と言えば良かっただろうか?

 どこかの政治家や、人を平気で騙せる人は本当に凄いと感じる。


 けど、そんな事言っても鈴音さんは信用しないだろう。あの人は疑り深い人だ。

 稀子の様に心がでは無い。


(やはり鈴音さんは、俺が保育士を目指す姿に惚れ込んでいた様だ)

(それがほぼ無くなった今。鈴音さんは今後も俺の事を意識してくれるのだろうか?)


 俺は布団を敷き直し、部屋の照明を消して布団に潜り込む。

 今晩は素直に、寝られそうな夜には成らないだろう……

 俺はそう思いつつも目を閉じた……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る