第121話 何気ない日常 その1

 時は……9月に入り、鈴音さん、稀子には二学期がスタートする。

 食事は従来通りの当番制で有り、今までは晩ご飯のみだったが、朝食も担当する事に成る。今朝は俺の担当だ。


 海が近い町だけ有って、海産物が比較的安く買える。その所為か、食卓に並ぶおかずも肉料理より、魚料理の方が多く成った。健康を考えれば、魚料理の方が良い。

 俺は今まで……魚なんて焼いたこと無かったが、稀子がさりげなく朝食のおかずに、干物を要求してくるから俺は朝から干物を焼いている。


「稀子ったら朝から干物なんて食べて、手が生臭くなるぞ!」


 魚料理を食べる時、真理江さんや鈴音さんは口内に有る骨を、箸で上手に取り出すが稀子は手で摘まむ。


「稀子の体は大人の癖に……では無いか!」


 お子ちゃまの稀子だから仕方無いと思い、朝食の準備を進める。

 今日のメニューは干物、ミニパックの豆腐、ワカメと油揚げの味噌汁。キュウリの漬物で有る。

 この漬物は近隣農家さんの手作りで有り、近くの直売所で買える事が出来る。魚も美味しくて本当に良い場所で有る。

 保育士の道は諦めて、この土地で農業をしてみるのも悪くない!?


「お早うございます。比叡さん!」


 鈴音さんが挨拶をしながら、台所キッチンに入ってくる。

 この家の台所は昔ながらの台所で有る。

 鈴音さんの着替えは済んでおり、見慣れた制服姿だった!


「何か……手伝える事は有りますか?」


「じゃあ、鈴音さん」

「ミニパックの豆腐を小鉢に出して下さい!」


「はい♪」


 鈴音さんは微笑みながら返事をして、ミニ豆腐を小鉢に出し始める。後は、おろし生姜と刻みネギを乗せれば完成で有る。

 俺は鈴音さんに手伝いされながら、朝食の作りを進めていく。


 真理江さん、稀子は、俺が朝食・晩ご飯当番の時は極力手伝いには来ない。

 鈴音さんが必ず手伝いに来るし、逆もそのパターンで有る。

 2人は、俺と鈴音さんの時間を提供してくれているのだ!


「鈴音さん!」

「味見をお願いします!!」


 味噌汁を小皿に少し入れて、味見をして貰う。

 本当は自分で既にしているが、スキンシップの為に行っている。


「私は厳しいですよ~~~♪」


『こくっ!』


「はい!」

「今日も美味しいです~~♪」


 稀子見たいな口調で鈴音さんは言う。

 最近の鈴音さんは大人の雰囲気よりも、子どもの様な雰囲気を感じる時が多い。

 やはりと言うか……、今までの鈴音さんは美作家の一員としての自覚を持っていた。その影響力が無くなった所為なのか?


「ありがとうございます」

「鈴音さん!!」


「はい♪」


 俺はお椀に味噌汁を注いだり、調味料の準備等を進めていると……何かを食べる音が聞こえてきた!!


『ポリ、ポリ♪』


「うん!」

「やっぱり、熊谷さんの所のお漬物は美味しいです♪」


 今までは考えられない事だが、鈴音さんが摘まみ食いをしている!?

 稀子は、手を叩き成る位の摘まみ食い好きだが、鈴音さんがするのは初めて見てしまった!!


「鈴音さん。まだ、をしていませんよ!」


 俺はそれを怒る訳で無く、笑顔で注意をする。


「余りにも…、美味しいそうな漬物だったのでつい//////」


 鈴音さんも少し恥ずかしそうに言うが、今までの鈴音さんとは本当に大違いで有った。


(美作家の呪縛が解き離れたのか……山本さんが、鈴音さんを押さえつけて居たかは解らないけど、これが本来の鈴音さん姿なのか??)


 鈴音さんの両親は、やはりと言うべきか離婚するそうだ。

 ジュニアの親権は父親が取って、鈴音さんの親権は涼子さんが取るそうだ。

 これで…、鈴音さんは普通の人に戻ると、言って良いのか解らないが、その様な状況で有った。


 美作家も本家からの分家に成るが、山本家見たいに店を持っていたり、本家のような大地主でも無い。

 鈴音さんの父親が立ち上げた輸入業が成功して、美作家の影響力を一気に増大させた。


(まぁ……俺に関係無いか?)

(これで……鈴音さんもお嬢様(?)で無く、普通の女の子だ)


(そんな事実が有ったとは聞いて無かったし、鈴音さんの父親を押さえ込んでいた山本(孝明)さんも、かなりの実力者だったんだな……)


 俺にとっての運命の始まりは稀子だった。

 俺は稀子に声を掛け、稀子の説得で保育士に成る事を決め、鈴音さんと出会い、波津音市はずねしに引っ越した。

 その後……運命の悪戯で、俺は鈴音さんと関係を持ち今に至る……


(人生良く分からないな…。ゲームみたいにリセット出来たら、別の選択肢も見てみたい気はするが……)


 俺がそう考えていると、鈴音さんが先ほどの漬物を、小鉢から手で摘まんで俺の口元に持ってくる。


「比叡さんも、共犯者に成りましょう~♪」


 鈴音さんは、俺にも摘まみ食いをする様に言ってくる。

 俺はもちろん!!


『ぱくっ』


 鈴音さんの摘まんでいた漬物を口で取るが、同時に鈴音さんの指も咥えて、鈴音さんの指と漬物を舌でねぶる。


「もぅ~//////」

「比叡さんったら~~~///」


『ポリ、ポリ♪』


「うん!」

「漬物も美味しいけど、鈴音さんも美味しい!!」


「比叡さん! 朝からエッチ過ぎます///」


 鈴音さんは少し頬を膨らませるが、以前程……嫌がっている感じではなかった。

 鈴音さんの中で、俺に対する愛情に変化が起きている証だろう。


「本当は指より、鈴音さんの―――」


 俺はその変化が嬉しくて、朝から惚気のろけようとした所……


『ゴッ、ゴホン、……』


「!!!」


 何時の間にか、真理江さんが台所に来ていた!


「二人共、お早うございます…」

「お互い恋人関係ですから、何も言いませんが……私達の前では少し…」


「あっ、ごっ、ごめんなさい。真理江さん///」


「すいません。お母様///」


 俺と鈴音さんは直ぐに謝る。

 真理江さんは『私達』と言ったが、それは稀子を含んで居るのだろう。

 鈴音さんと真理江(山本母)さんの関係は、この様な形で続いている。

 鈴音さんは第二のお母さんとして見ているし、真理江さんも娘の様に見ている。


「そろそろ、稀子さんも来る筈ですわ!」

「仕上げましょう」


 真理江さんのそう言い、3人で朝食最後の仕上げに入る。

 鈴音さんの行動にはびっくりしたが…、この家には俺と鈴音さん以外に、2人が居る事も忘れてはいけなかった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る