第68話 打倒山本 その1

 俺と稀子は今、山本さんの家に向かっている。


「比叡君はどうやって、通信講座を見つけ出したの?」


 稀子は俺が、通信講座を見つけ出した方法を知りたい様だ。


「稀子。あれを見て」


「んっ……」


 先ほど通った時に有った、束ねて有る雑誌類に指をさす。


「丁度、通信講座のチラシが目に入って、そう言えばと思って調べたら、保育士講座が有った訳!」


「成る程!」

「比叡君にとっては偶然だったんだ!」


「そう言う事……」

「解決の道は、偶然だったんだ…」


「……」


 俺がそう言うと稀子が黙ってしまうが……、直ぐに明るい声で言ってくれる。


「偶然でも、解決は解決だよ!!」

「比叡君の頑張りを神様がちゃんと見ていたんだよ!!」

「気にしない!!」


 稀子は少し大きめな声で俺を励ます。

 俺はてっきり、愛想をつかれたと思ったが違った。


「稀子……」


「さぁ、比叡君!」

「いよいよ、戦いの始まりだよ!!」


 稀子はまるで、今からボスを倒しに行く様な口調で言う。

 稀子の中で、山本さんに対する好意は、完全に無くなったのかも知れない。


 鈴音さんと山本さんが口論した時、山本さんは鈴音さんに対して、かなりの非道い事を言って鈴音さんを傷付けた。

 鈴音さんは山本さんを許したが、稀子はあの時の山本さんに対して、かなりの不信感を持っていた。


 今回の件で、山本さんは俺に罵声を浴びせた。更に山本さんは、俺と稀子の仲を引き裂こうとしている。

 それで稀子は山本さんに対する、好意を失ったのかも知れない……


 山本さんの家に到着する。りリビングに向かい、リビングの引き戸を開く。

 リビングには全員がソファーに座って俺と稀子を待っていた。

 最初に声を掛けたのは鈴音さんだった。


「お二人とも、寒かったでしょ!」

「温かいお茶を用意してありますよ!!」


 鈴音さんは天使の笑顔で出迎えてくれる。

 この笑顔を見ると、稀子が居るのに愛おしく感じてしまう。


「比叡君……鈴ちゃん見ている…」


 稀子に痛い言葉を言われたので、俺は太ももをつねって平常心を戻す。

 俺は鈴音さんに案内されてソファーに座ると、踏ん反り返った山本さんと対面する。

 山本さんは何も言わずに無言で俺を見ている。戦いの始まりだ!!


 俺と稀子がソファーに座ると、鈴音さんはお茶を湯飲みに注いで出してくれる。


「あっ、ありがとうございます」


りんちゃん。ありがと~~」


「いえ、いえ」


「……」


 山本さんは踏ん反り返ったまま、何も言わずに無言で俺を見ている。

 鈴音さんもお茶を入れ終わって、スカートを正しながらソファーに座る。

 しばらく無言が続くが、山本さんが口を開く。


「……まずは、茶でも飲んでくれ」

「鈴音が入れてくれた茶を、冷ます訳にはいかん…」


「あっ、はい」

「いただきます…」


 俺は『いただきます』を言ってお茶を飲むが、稀子は普通に飲む。

 俺は客だが、稀子は客では無い。


(うん。俺が入れるより遙かに旨い茶だ!)


 鈴音さんが入れてくれたお茶を飲んで、少し気分が和らいだ所に、緊張が走る、低い低音口調が耳に入ってくる!


「……まさか、君が舞い戻って来るとは、思ってなかったよ…」

「稀子ちゃんも、あいつの味方か?」


「山本さん!」

「そんな言い方無いよ!!」

「比叡君は、対応策を見つけたんだよ!!」


 俺が言葉を発する前に、稀子は先手を掛ける。

 本当にボス戦の様だ。そうすると鈴音さんは敵側!?

 山本さんが、稀子に反撃をする!


「稀子ちゃん……。これは、比叡君と僕の話だ!」

「稀子ちゃんが比叡君を思いやる気持ちも分かるが…、これ以上は口を出さないでくれ」


『ビクッ~~』


 稀子の対しては少し優しい口調で話すが、眼力だけは緩めないので、稀子はここで萎縮してしまう。

 稀子も攻撃対象にしたのに、稀子を場外に飛ばしてしまう!!


「比叡君。ファイトだよ!」


 稀子は俺の耳元でささやいて、山本さんの方に向きを戻すが喋ろうとはしない。稀子は後方支援に回る様だ。

 鈴音さん、山本さんのお母さんも何も発言をせずに、この場を見守っていた……


「鈴音から話は聞かせて貰ったよ……。通信講座で勉強を始めると…」

「僕だって……この商売をやっているから、保育士に成るのは大変だと知っている」

「大変だからこそ、僕は君を手助けした。保育士養成学校なら、保育士には確実に成れるからな…」


「俺だって、本当は保育士養成学校に通いたかったです!」

「しかし、不合格に成った以上、来年の4月を待っても入学出来る保証は無いし、通信講座なら数日後には、勉強を始める事が出来ます……」


「……そうだな」

「縛りの無い通信講座だからな!」


 山本さんは語尾を強く言い、お茶を飲んで話を続ける。


「比叡君…。知識の方は何とか成るとして、実技はどうするのだ?」

「君は不器用みたいだし、話し方も上手の方では無い?」

「実技試験をクリア出来るのか…?」


「実技試験対策にしましては、山本さんのお力を助けて貰えると…」


 俺がそう答えると、呆れ口調で山本さんは言う。


「……何だ、また僕を頼るのか?」

「僕は君を見限った。見限った人間が君を助けると思うか…?」


「!!!」


「僕だって……この町で商売をしているから、保育所・幼稚園・小学校に繋がりは有る」

「いずれは紹介するつもりだったが…、あくまでそれは、保育士養成学校に通った場合だ!」

「通信講座生の君を紹介しても、君が絶対に保育士に成る保証が無い!」


 全く、山本さんの言う通りだった。

 俺は山本さんに頼めば、また協力してくれると甘く見ていた部分も有ったが、其処を見透かれてしまった……

 しかし、山本さんの協力が無ければ、絶対に俺は、保育士の実技試験には合格は出来ない!


 絶体絶命の状態で有った……

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