第64話 選考結果…… その1

 ……


 プレゼントを稀子に贈って以来、稀子との距離が少し縮まった様な気がする。

 前よりもRailの回数も増えて、お茶に誘われる回数も多くなった。

 しかし、俺の家には依然遊びには来てくれないが、大きな1歩は踏み出せたと思っている。


 ☆


 5月もゴールデンウィークを過ぎて中旬に入る。

 この時期に成ってくると、日中は汗をかく事が多くなってきた。

 体がまだ慣れない暑さと、慣れない仕事を一生懸命行うので、家に帰る頃には疲れも著しく溜まっていた。


 今日もアルバイト後……。俺は家に戻って、玄関に付いている郵便受けを確認すると、長方形型の郵便物に気付く。

 俺はそれを気なしに取ると、保育士養成学校からだった……


 俺はまさかと思いながら、急いで郵便の封を切る。

 俺は嫌な予感がした。合格ならA4サイズの郵便物で来るからだ。


(まさかの、不合格…)

(そんな訳無いと願いたいが……)


 俺は『何かの間違いで有ってくれ!!』と願いながら、中身を取り出して確認すると……


「……」


 広げたA4用紙をしばらく見続ける。

 見続けていても……何も変化は起きる事は無い。


「……」


 俺は思わず、A4用紙を破りたくなるが、破っても何も解決はしない。


「稀子に報告だけは、するべきか……」


 嬉しい報告なら、今直ぐにでもしたいが、不幸の報告等したくない!

 俺は、今後どうすれば良いのだろうか……?


 他の学校を探す?

 他の学校で、秋(10月)入学の学校は有るのか?

 それとも、来年入学の準備を進める?


 その前に稀子や鈴音さん、山本さんはどう言ってくるのだろうか?

 温かい目で見守ってくれるのだろうか?

 それとも……


「晩ご飯の時間に遅れる訳には行かないし、シャワーを浴びて準備しなくては…」


 俺は重い足取りでシャワーを浴びて、晩ご飯を食べるために山本さんの家に向かった。


 ……


 山本さんの家に入り、引き戸を開きリビングに入る。


「こんばんは…」


「あっ、比叡君。こんばんは!」


 今日は、稀子1人で料理を作っている様だ。

 稀子以外は誰も居ない。有る意味、話し掛けられないので助かる。


「鈴音さんは…?」


りんちゃん?」

「山本さんの所だよ!」

工場こうばでお手伝いしている!!」


「そうか……」


「?」


 稀子は俺の表情を見て、勘づいたのか『あれ?』の表情をする。


「…何か有った? 比叡君?」


「えっ、何も無いよ!」

「1人では大変でしょう! 早速手伝うよ!!」

「あっ、このサラダ、マヨネーズでえれば良い?」


「えっ!?」

「あっ……うん…」


 俺は稀子に悟られる前に、稀子の手伝いを始める。

 稀子は何か言いたそうな表情をしていたが、俺が普通に準備を手伝うので、それ以上は何も言って来なかった」


 ……


 晩ご飯の時間。

 今日の晩ご飯は、ハンバーグで有った。

 ハンバーグは俺の大好物で有るし、ハンバーグを作ったのは稀子だった。

 稀子もハンバーグは大好きだから、稀子の作るハンバーグはボリューム有るし、アレンジを加えて有る。今日のハンバーグはチーズインハンバーグだ!


 付け合わせもレタス、ゆで卵とロースハムの入ったポテトサラダで有って、最高の組み合わせだった。

 これを、保育士養成学校合格の報告をして食べたら、最高の幸せだった筈が……


 みんなで『いただきます』をして食事が始まる。

 この時期なら、美味しいはずのビールが、今日はやけに苦く感じる。

 ハンバーグの方も美味しいが、美味しさが共鳴きょうめいしない。

 俺は不合格の事がバレない様に装い、普段通りの仕草、喋り方をしているが、何処かで表情に出ているのだろう。


「比叡君…。やっぱり……何か有った?」


 それを見抜いたのは稀子だった。


「え……えっ…?」


「何となくだけど、調子悪い…?」

「お酒の進み具合も悪いし、何時もなら喜んで食べているハンバーグ……。比叡君、箸の進み方も遅いし…」


 稀子がそう言うと、飲んでいたビールのコップをテーブルに置いて、山本さんが聞いてくる。


「比叡君! どうした?」

「仕事で嫌な事でも有ったか?」


「虐めとかだったら、俺に言ってくれ!」

「社長に了解貰って、苛めた奴は処分するから!!」


(そんな物騒な事、しなくても大丈夫です……)


 相変わらず、恐ろしい人だ。


「比叡さん……体調悪いのですか?」

「無理して……食べなくて良いですし、消化が良い物を作りましょうか?」


 稀子が口切りに、周りが俺を心配し出す。


「あっ、いや、その大丈夫です!」


「そんな、喋り方で大丈夫じゃないよ!!」

「何が有ったの!!」


 稀子は完全に俺の異変に気付いて、強く発言してくる。

 これはもう隠し通せない……。俺は観念して白状する事にした。


 俺は箸を置いて、改まった口調で話し始める。


「実は報告したい事が有ります……」


「……比叡君。それは良くない報告だな?」


 お酒を飲んで、陽気気味だった山本さんの顔も素に戻る。


「比叡君。何か悪い事でもしたの?」


 稀子はまだ『ピン!』ときていない様だ。


「……」


 鈴音さんも真面目な表情をして、俺の言葉を待っている。

 俺はみんなの視線を感じながら、保育士養成学校の選考結果を言おうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る