第35話 稀子達と始める生活 その1

 俺が稀子達の町に着いたのは、14時を過ぎた位の時間だった。

 稀子達の住んでいる町の名前は『波津音市はずねし』と言う町に住んでいる。


 俺が何も無い駅に到着した時には誰も迎えには来てくれて無くて、仕方が無いので山本さんに電話をしたら『駅から、富橋とみはし駅行きのバスに乗って、中町のバス停で降りて! その後、電話してくれれば、迎えに行くから』の事だった。


 あの何も無い町の駅名は、大石十色おおいしといろ駅と言うみたいだ。

 あの時来た時は駅名なんて覚える気が無かったし、良くもまぁ『大石十色』行きなんて言う電車に乗ったもんだ。

 駅の名前の印象も残りそうだが、それよりも何も無かった駅の方がインパクトが強かったため、俺の頭の中では、何も無い駅で登録されてしまった。


 富橋駅行きのバスが来たので、バスに乗り込んで稀子達の町に向かう。

 バスは海沿いの道を走って行き、しばらくすると市街地に入って行く。これが波津音市の市街地なのか?

 市街地がバスの中を走って行くと『♪~次は中町です!』と機械音声が車内に流れる。

 俺は『次止まります』のボタンを押して、中町のバス停で降りる。駅から大体15分位の距離だった。

 バス停の名前からの感じがして、ここが町の中心部だと思うが地方都市の空気感が漂っていた。


 俺は心の中で『少し、下調べをすれば良かったかな…』と思ったが、もう突き進むしか無い。

 山本さんに電話を入れると、直ぐに迎えに来てくれるらしい。

 バス停目の前の道路は一応国道らしく、比較的交通量の多い道路だ。

 しばらくすると、徒歩で山本さんが現れる。


「ごめんね~。比叡君!」

「稀子ちゃん。学園の用事で抜けられなかったみたいで!」


「いえ、大丈夫です。山本さん」


「そっかぁ~。じゃあ、君の新しい家の案内と僕の家に案内するよ」

「僕の家には君の知っている通り、僕の母親と鈴音と稀子ちゃんが住んでいるから!」


「はい!」

「お願いします!!」


 俺は山本さんに付いていく。世間話を気軽にしやすい人でも無いから、ほぼ無言で付いて行く。

 国道から脇道に入り、5分位歩いて行くと古間ふるめかしい町が現れてくる。そうすると山本さんは立ち止まり、いきなり語り出す。


「本当は昔はここが、メインストリートだったけど時代の流れでね……、新しい道が整備されて、近くに大きなショッピングモールが出来てからは、すっかりさびれてしまったよ……」


 俺は山本さんの言葉を聞きながら周囲を見る。

 人は住んでいるようだが、歩いている人は居なくて、人の活気は全然見られない。

 道幅もそんなに広くは無くて、大型自動車トラックだとすれ違いは困難だろう…。お店屋さんと言うべきか、新聞屋さんと、後は和菓子屋さんが有る位だった。


「こんな町でも、僕はこの町が大好きでね。君も気に入ってくれると良いけどな…」

「なぁ、比叡君!!」


「……頑張ります」


「住めば良い町だぞ! 風情も有るし」


 山本さんは、そう言い終わると再び歩き出した。

 歩き出して、1~2分位で再び立ち止まる。 


「彼処に見えるのが……君の新しい家だ!」


 山本さんが指さす方向を見ると、また古間めかしい2階建て木造アパートが出て来た!?


「あれ、ですか……?」


「そうだけど、不満か…?」


 急に山本さんの口調が低くなる。


「いえ…、おもむきの有る住宅です…」


「まぁ、見た感じは悪いがな!」

「綺麗な住宅も紹介は出来たが、稀子ちゃんの行き往きいきゆきを考えたら成るべく僕の家から近い方が良いし、それに君も家賃を抑えたいだろう?」


「まぁ、その通りです…」


「今後、仮に稀子ちゃんと同棲とかの展開に成ったら、改めて良い物件を紹介するよ」

「しばらくは、ここで勉学に励みたまえ!」


「頑張ります…」


 俺はそう頷くしかなかった。

 俺の部屋は1階だが、一応角部屋だった。山本さんが鍵を開けて、俺も一緒に入る。

 部屋は1Kと言うべきなのか、6畳間の部屋が有って、玄関側に台所が有り、玄関側に面して風呂とトイレが有る。部屋の横の境目は、壁では無く押し入れに成っている。


 それでも、多少はリフォームをしてくれたのか、壁紙は真っ白な壁紙が貼られており、畳も新品の匂いが部屋中に香っていた。

 見た目はボロ屋だが、内装は意外にしっかりしていそうなので、俺は山本さんに感謝するしか無かった……

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