第34話 幸せを掴む準備 その2
「……稀子ちゃん。お願い出来るかな?」
「良いの!? 本当に?」
「私達の町に来て、そこで住んで、お仕事して、保育士養成学校に通うで…?」
「うん、決めたから…!」
そうすると、稀子の口調が急に優しくなる。
「少し成長したね、比叡君♪」
「えっ!?」
「言葉の感じからして比叡君……。諦めるのかなと思っていた!」
「もし、諦めたら……私は、比叡君との関わりを遠ざけようと思っていた!」
「でも、嬉しいよ!」
「比叡君が私の町に来てくれる事と、夢を追いかけてくれる事が!!」
「稀子……」
「じゃあ、さっきの事は山本さんに伝えておくね♪」
「引っ越しに関しても、山本さんから連絡が来るはずだから、何もしなくて大丈夫だよ」
「えっ、そうなの?」
「山本さんの知り合い方で、引っ越し業者さんが居るから、安く成るはずだよ!」
「私もそこで頼んだし♪」
「ああ、そうなんだ。それは助かる!!」
「じゃあ、伝えておくね!」
「うん、お願い~」
「じゃあ、バイバイ~~」
「ありがとう、稀子―――」
『プッ、ツー、ツー』
俺が『バイバイ』と言う前に通話は切られて終った。これで、良かったのだろうか?
また、これで親に背いてしまった……。
しかし、親の言う事聞いて実家に戻っても、口五月蠅い親の言い分を聞いて生活するのも真っ平だ!
仕事に関しては、どんな仕事を紹介されるのだろうか?
山本さんの雰囲気からして、土木関連なのは間違いなさそうだが、ブラック企業を紹介される事は無いと思う。そう信じたい……
……
約1ヶ月後……
ついに、このアパートを去る日がやって来た。
俺が向かう場所は実家では無くて稀子達が住む町……
稀子が住む町は、俺が稀子に出会った日に、出かけた町の隣町に当たるみたいだ。
俺が電車旅をした日。
山本さんの家を飛び出した稀子は、近くのバス停からバスに乗って、あの何も無い(大石十色)駅に到着して、駅から電車に乗ってその方角が偶々、俺の住んでいる町に向かう電車だった。
俺があの駅に向かっている時に、反対方向の電車には稀子が乗っていた事になる。
だから稀子は、刺身を美味しそうに食べていたし『海も山も近くに無さそうだし…』って言っていた訳か!
あの時……俺が電車旅をしなければ、稀子とは絶対に会わないし、稀子の運命もどうなっていたかは未知の世界だ。
そんな事を思いながら引っ越し業者を待っていると、引っ越し業者のトラックと、山本さんのハ〇エースがほぼ同時にアパートに到着する。
俺の引っ越し作業を山本さんが手伝ってくれる。
俺は引っ越し業者に挨拶をしていると、山本さんが声を掛けてくる。
「比叡君…。久しぶりだな!」
今までの威圧感は無くて、比較的フレンドリーに声を掛けてくれる。
「山本さん。こんにちは」
「今回とこれからは、色々とお世話に成ります!」
俺はそう言いながら、山本さんに頭を下げる。
「堅苦しい挨拶は良いよ…。しかし、君も思いきったね!」
「稀子ちゃんの言葉を鵜呑みしたのかどうかは分からないが、まさか君が僕たちの町に来るとはね」
「まぁ…君はまだ、僕より若そうだから、町にも仕事にも稀子ちゃんにも馴染めると思うが、まぁ頑張れよ!」
山本さんはそう言いながら俺の肩を『ポン、ポン』と叩く。
「あっ、あの……。稀子ちゃん達は、今日は一緒じゃ無いんですか?」
「ああ……あの子達は、今日は学園の日だ!」
「稀子ちゃんは『休んで会いに来たい!』と言っていたが、鈴音に制されていたよ」
「あはは。その光景が目に浮かびます」
「ああ……それと、鈴音からの伝言で今日の夜。君の歓迎パーティを行なってくれるそうだ!」
「この前のお礼も含めて、盛大にしてくれるそうだ。楽しみにしていてくれ」
「稀子ちゃんの料理も美味しいが、鈴音の料理はもっと美味しいぞ! 楽しみにしとれ!!」
山本さんは最後、和やかに笑う。少しは俺の事を認めてくれたのだろうか?
「すいません……青柳さん。作業初めても良いですか?」
引っ越し業者のスタッフが声を掛けてくる。
「あっ、すいません」
「お願いします。こちらです!」
引っ越し業者のスタッフを部屋に案内して、引っ越し作業が始まる。
有る程度の物は、時間は十分に有ったので荷造りは済ませており、引っ越し業者のスタッフと山本さんは荷物を運び出してくれる。
山本さんが手伝ってくれる理由は『僕が手伝えば、1人分の料金が安くなるだろう?』と言ってくれた。
どんな商売をしているかは、これから知れるはずだが、感じからして何かの職人だろうか?
1時間位で部屋の荷物を運び出して、俺はアパートの退去立ち会いの関係で、引っ越し業者と山本さんには先に出発して貰う。
山本さんが居れば、新しく住む部屋の荷物の搬入も済ませてくれるからだ。
今度、新しく住む部屋は今より部屋は狭くなるが、家賃は大分安くなって
食事とかも俺が望めば、有る程度の物は用意してくれるらしい。
山本さんを含めて本当に稀子、鈴音さんには頭が上がらない。
アパートの退去立ち会いも無事終了して、管理会社のご厚意に甘えて駅まで送って貰う。
もう……この町に来る事は無いだろうと感じながら、改札にICカードをタッチさせる。
ホームに上がり、しばらくすると、あの何も無い駅に向かう方向の電車がやってくる。
あの駅に着いたら、来れるようだったら山本さんか、若しくは稀子が迎えに来てくれるらしい。
俺は今まで住んでいた町に、最後の別れを惜しみつつ電車に乗り込んだ……
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