第32話 一時の別れ

「あなたが比叡さんですよね!」


 小柄な女性が俺に声を掛ける。この人が鈴音さんだろうか?


「はい。そうです!」


「会うのは初めてですね! 美作鈴音です」


「これは、ご丁寧に……俺は、青柳比叡と言います」


「……」


 鈴音さんは、俺の事をじっと見ている。


「うふふ……。稀子さんが好きに成りそうな人ですわ!」


「はぁ…」


「あっ、比叡さん。お気になさらないで、私の個人的な主観ですわ!」


「成る程…。そうですか」


 鈴音さんは稀子より少し高めの身長だが、言葉遣いや雰囲気からして、大人の女性観が漂っていた。

 たしかにこの人なら、関係を積極的に持ちたいと思ってしまう自分が居る。


「比叡君…。僕の鈴音に手を出したら分かるよね…」


「だっ、大丈夫ですよ。そんな事しませんから……」


「なら……良いが」


「こら。孝明たかあきさん」

「人を脅し掛けるような言葉を使ってはいけません!」

「比叡さんに謝りなさい!!」


「うっ」

「済まなかったな…」


「あっ、大丈夫です…」


「比叡さん。ごめんなさい!」

「もう少し…、優しい口調で話しなさいと、何時も言っているのですけど…」

「家なら良いのですけど…、外では怖がる人も居ますから」


「大丈夫です。鈴音さん!」


「そうですか」

「なら、よろしいですけど」


 やはりと言うか、あの山本さんでさえ、鈴音さんにはいちじるしく弱いみたいだ……

 鈴音さんは稀子の方に話し掛けている。

 さっきから、山本さんの姿に異変を感じていたが……、冷静見てみると山本さんの頭には毛糸の帽子が被せられていた。


「山本さん…。今日は帽子被っているのですね?」


「あぁ、これ?」

「僕は被りたくないんだが、鈴音が五月蠅くてね」


「『人が怖がるからせめて、帽子を被って』と言われてね」

「俺を見ると怖がる人が居るらしい…」


 そう言いながら『あはは』と笑いながら言う山本さん。

 山本さんと話しながら俺は横目で見ると、稀子と鈴音さんは何かを話しているようだった。


「あっ、これ、稀子ちゃんからのお土産です」


 本当は稀子の手から渡すのが良いが、俺が持っていたので、お土産の袋を山本さんに渡す。


「おぉ、稀子ちゃんからか!」

「鈴音から聞いたよ。昨日、みなと水族館に行ったらしいな」


「あっ、はい」


「……まあ、野暮な事は聞かないが、稀子ちゃんが君と楽しんだのならそれで良い」

「君が、今後どんな人生を歩むかは知らないがしっかりやれよ!」


「あっ、はい。ありがとうございます」

「その辺の事も近いうちに、稀子経由で報告させて貰います」


「ほぅ……。この数日で、何かを決めたのかね…?」

「稀子と呼ぶから、稀子ちゃん絡みか……成る程ね」

「まぁ、楽しみにしているよ…」


 山本さんと俺の会話は、普通の会話に成って無い気がする。

 当たり前だが、俺の事をまだ信用していないのだろう。

 稀子と鈴音さんの会話が終わって、2人が俺と山本さんの方に来る。


「比叡さん。本当に今回は有り難う御座いました!」

「稀子さんも無事で、元気そうで何よりです」


「もし、私達の町に来る時は連絡して下さい!」

「今日のお礼をしますから!!」


「あっ、お礼なんて大丈夫ですから……」


「いえ、いえ、そんな事おっしゃらずに!」


「そうですか……では、その時に」


「はい!」


 鈴音さんは笑顔でそう言ってくれる。

 その笑顔で思わず胸が『ドキッ』としてしまう?!


「比叡君~~。鼻が伸びてるよ~~」


 それを見ていたらしく、低い口調で稀子に言われる。


「あっ、稀子ちゃん///」


 稀子は少々、不機嫌な顔で俺を見つめていた。


「もう!」

「男は直ぐに女の子に褒められると『デレッ』とするんだから…」


「ごめん、ごめん。稀子ちゃん」

「俺が好きなのは、稀子ちゃんだけだから!」


「全く…。もう、しょうがないな……。比叡君だから許して上げよう!」


 稀子は機嫌を直すが、同時に改まった表情をする。

 

「えっと、比叡君……短い間だったけど、本当にありがとう!」

「男の人の家にお泊まり出来たり、水族館デートも楽しかったよ。」


「今後のお付き合いは……どうなるかは比叡君次第だからね!!」

「待ってるよ。比叡君♪」


『チュッ』


「あら、あら」


「あいつら…あそこまで進んでいたんか…!」


「///」


 稀子は俺の頬にキスをする。

 俺は思わず、周りの目が有る所為か恥ずかしくなる。


「こらぁ~」

「何で、比叡君が真っ赤かなの!?」

「普通は私でしょ~~」


「うふふ」


「あははは~~」


 鈴音さんと山本さんの笑い声がコンビニの駐車場に響く。別れの時間のはずなのに全然寂しく感じない……


「比叡さん。本当に有り難う御座いました!」


「じゃぁね~比叡君。連絡待っているからね♪」


「稀子ちゃんの期待に応えてやれよ。……それが男だからな!」


「あっ、はい!」

「みなさん。こちらこそ、ありがとうございます」

「道中。お気を付けて!」


 俺がそう言うと、ハ○エースはゆっくりと低音のマフラー音を鳴らしながら、駐車場のコンビニから出て行った……

 短い間だったけど、稀子との生活に終止符ピリオドが打たれた瞬間だった。


 初めのうちは本当にどうなるかは判らなかったけど、いざ終わってしまうと、やり残した部分も沢山出てくる。

 稀子とは初めのAは達成できたが、BとCが俺の今後の課題と成っている……。しかし、この課題は俺1人では解決は出来ない。

 ここからが、人生の再スタートの起点と成る場所でも有った。

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